第40話 雪ノ瀬瞬
『焔狼?』
泪は不思議そうな顔をして聞き返した。
『うん!カッコいいでしょ!?それがあたしたちのチーム名♪』
瞬は得意気になって答えた。
『なんか男くさっ!もうちょっと可愛らしい女の子っぽいのにしようよ~』
泪はとても不満そうだ。
『あのね、あたしたちアイドルとかになるんじゃないんだよ?それ分かってんの?泪』
『分かってますー。暴走族ですよねー。』
瞬はほほを膨らませ目を細める。
『だ、か、ら、走り屋だって言ってんじゃん!暴走族とはまた違うの。これ何回目?』
『だぁって、何が違うかなんて全然分かんないよ。バイク乗って、チーム名の入った服着て、みんなで走ってたらさ、普通の人が見たらどっからどう見ても暴走族じゃん。瞬も琉花も千歌もガラ悪いしさ』
『またすぐそうやって…しょうがないじゃん。琉花はボクサーだし、千歌は兄弟がヤンチャだからそういう風に見えちゃうのは仕方ないよ。2人がいい子なのは泪だって知ってるでしょ?』
『まぁ、そりゃぁ知ってるけどさ』
『でしょ!?あたしたちがどこの誰かなんて、自分たちが分かってればいいことじゃん。たった4人のチームなんだからさ、楽しくやろうよ!納得した?』
泪は納得してない訳じゃない。瞬とのこのやり取りが単純に好きだった。
雪ノ瀬瞬と都河泪(とがわるい)は親友だった。それに七条琉花と龍千歌を合わせた4人は東京の中学の同級生だった。
雪ノ瀬は今とは違い、明るくてよく笑い誰からも好かれるタイプで、クラスと言わず学年でも中心的人物だった。
七条はボクシングにとことんはげみ、この頃もうすでに同年代では相手になる者がいなかった。だが純粋にボクシングが好きで、誰かに暴力なんて振るわなかったし、本気でプロになることを目指していた。
龍の親は父が中国人で母が日本人。兄2人と弟が1人いて、みな日本生まれ日本育ちだ。だが兄たちは中国系のマフィアに属しており、自然と影響を受け似たようなファッションを覚え兄たちの素行を見て覚えた。
だから千歌のことをよく知らない子が、その見た目だけであの子は不良だのなんだのと陰口を叩いていたことがあり、本人はそれをよく気にしていた。そんな時も雪ノ瀬と都河泪がよく元気づけたものだった。
何より、1番ヤンチャだったのは七条と龍より、雪ノ瀬とこの都河泪だったのだ。
「焔狼」というのは中学の時、高校に入ったら免許を取って走り屋になろうと話していた頃、雪ノ瀬が考えたチームの名前だった。
『4人でバイクに乗って、色んな景色を見に行ったり、いっぱい楽しいとこに遊びに行こうね!』
という雪ノ瀬瞬の気持ちから形になった4人の絆だったのだ。
『暴走族ってゆーのは、特攻服とか着て、いかにも暴走族!みたいな単車に乗ってブンブンやりながら走ってる人たちのことでしょ?あたしたちはお揃いの服とかジャンパー作ってチーム名とかさりげなく入れるけど、単車はあんな派手なのにはしないから。走り屋だから。は、し、り、や!』
そんな風に、いつまでも一緒にいたい。雪ノ瀬瞬は誰よりもそう思っていた。
『はいはい。総長殿!この泪ちゃんが命の限りお守りしますぜぇー!』
『だから総長とかないんだって!』
『あはは。分かった分かった~』
2人はいつも一緒だった。ずっと一緒のはずだった。
あんなことがあるまでは…
『お願い…もうやめて…』
体中をいためつけられボロボロの瞬が泣きながら言った。琉花も千歌もすでに気を失っている。
今でこそ雪ノ瀬瞬のチームと言われる東京連合だが、今から2年前のこの日、その牙は瞬たち4人に向けられていた。
高校に上がって間もなく、4人で作ったお揃いの「焔狼」とチーム名が施されたつなぎを着て走っていた所を、当時の東京連合に止められてしまったのだ。さすがに何十人もに囲まれて手も足も出せず、まずは琉花と千歌が袋叩きにされあっという間にやられてしまった。
その後瞬と泪も何時間にも渡って暴行を受け、もはや2人も立っていることもままならなかったが、そんな中都河泪だけは最後まで抗っていた。
『…だから、何回言わせんのよ。あたしたちは暴走族じゃないの。走り屋だって言ってんでしょ!』
チーム名を背中に背負って走れば暴走族だろうと言われても
『違う。あたしたちは走り屋なの!』
と言いはり、ケンカ売ってんのかと言われれば
『あたしたちはケンカなんて売らない!』
と言い返し、あくまで引き下がらなかった。
だが東京連合の少女たちは聞く耳など持たず、まるで死んだ虫に群がるアリのように泪に暴行を加えた。泪はそれでも引かなかった。
地元で有名な暴走族数十人に囲まれても、泪は瞬に言われたことを堂々と言ってのけた。
『あたしたちは4人で走り屋になるって決めたの!なんであんたたちみたいな暴走族にこんなことされなきゃいけないの?みんなに謝んなさいよ!絶対許さないから!』
それからどれだけ殴られても泪は1歩も引かず、それどころかついには反撃までしてしまう。もうすでに立つことさえできない瞬を更に足蹴にした女がいたからだ。
『瞬!』
泪は女につかみかかり放すことなく殴り続け、とうとうやっつけてしまった。
しかしそのせいで更にすさまじいリンチを受け、いつしか泪も気を失い、意識がなくなってからも執拗に暴行を受け続けた。
『お願いだからもうやめて…死んだらどうするの?泪が…死んじゃう…』
瞬は気を失う前、何度も泣きながら言ったが、東京連合の少女たちは狂ったように、まるで自分たちが人間であることを忘れてしまったかのように残虐なリンチを繰り返した。
その光景は今でも瞬の脳裏に焼きついている。
瞬が目覚めたのはそれから48時間後のこと、病院のベッドの上だった。
それより早く琉花と千歌も目を覚ましていたが、ただ1人泪だけは目を覚まさなかった。
3人共何日か入院することになったが、泪は結局それからも目を覚ますことはなかった。
3人は毎日泪の病室にいた。
最初はすぐに目を覚ますと思っていたが、日が経つに連れそれが難しい状態だということが分かってきた。
そして1ヶ月が過ぎた頃、泪の母親が口を開いた。
『…瞬ちゃん。あのね、泪、もう目が覚めないかもしれないんだって。ごめんね。毎日ありがとうね。でも、みんなもうここで待ってくれなくてもいいよ。あなたたちには、まだこれからがあるんだから』
泪の母親は泣きながらそう言った。
医者の診断では、おそらく意識の戻らない植物状態ということらしい。
『そんな…』
それから泪の戻らない日々を過ごし、瞬は少しずつ笑わなくなっていった。
泪が戻ってこないのは自分のせいだと思っていた。
泪は最後まで自分と話したことを守ってくれた。それ故に最後まで暴行を受け続けた。
泪の母親は「あなたたちにはまだこれからがあるんだから」と言っていたが、瞬にとって泪のいないこれからなど何1つの光も見えなかった。
「アナタタチニハマダコレカラガアルンダカラ」
『琉花…あたし、強くなりたい…』
瞬はボクシングチャンピオンの琉花直々に鍛えてもらうことになった。その為に琉花はボクシングをやめたのだ。
しかし瞬の目指すものは琉花や千歌の想像の内などにとどまらなかった。
『足りない…』
『え?』
『足りないよ。力も、時間も。誰にも負けない力で、泪を奪った奴らに復讐してやるんだ。じゃなきゃ泪は何の為にあたしを守ってくれたか分かんなくなる。ねぇ、琉花、千歌。一緒に何か方法を考えて。お願い…』
その時流れた瞬の涙から全ては始まっていった。
今、世界で流通している主なステロイド。そのおよそ20倍の効果をもたらすと言われる、まだ開発中の新型ステロイドを、琉花のかなり踏みこんだ情報からその存在を知り手に入れることができた。開発中が故、まだ表どころか裏でも出回っていないような代物だが、大金持ちの琉花が親に黙って大金をはたいて仕入れた。
更に千歌が中国から極秘で取り寄せたのは、鎮痛剤と言う名の中国製の麻酔だった。医療用ではない。軍やテロリストなどが戦争の場で負傷してもひるまずに使命を遂げられるように作られた物だ。たとえ地雷を踏んで足が吹っ飛ぼうとも、それさえあれば痛みを感じることはない。痛みがなければ恐怖も麻痺する。死に損ないが最後にちゃんと自爆できる為に使うような薬なのだ。
その2つを使用して地下格闘技という腕を試すには丁度いい大会に常に参加し、薬の使い方に慣れ人の倒し方を学んだ。
琉花直々のボクシングと、子供の頃から泪と一緒に続けてきたトリッキングというアクロバットと武術を融合させた競技から培った身体能力を合わせて雪ノ瀬瞬のスタイルが完成し、それは今の東京の伝説へとなっていった。
3人は東京連合を片っ端から潰していった。だがいきなり頭を取るようなことはしない。
あの日自分たちを囲んだ人間を狩る為に、下っ端の人間から潰し仲間を裏切らせ、狩りの準備を進めていった。
力を手にした雪ノ瀬瞬は相手が何人いようと物ともせず、暴力に暴力を重ね少女たちを従わせた。
瞬たちが東京連合を潰しきるのにそう時間はかからなかった。事実、半月もせずたった3人の狼に東京連合は壊滅させられてしまったのだ。
『東京連合は今日からあたしたちがもらう。お前たちは破門。半殺しの後追放。分かった?』
圧倒的な力を見せつけ、泣いて謝る者を更にいためつけ東京連合を吸収すると「焔狼」「闇大蛇」「飛怒裸」の3つのチームからなる連合軍に作り直した。
その勢いは止まらず、次々に周辺の暴走族や不良グループを狩っては吸収を繰り返し、関東最大と歌われる超大型組織にまで成長した。
それでも泪は目覚めなかった。
そんなことは分かっていた。仇を取ったからといって泪が戻ってくる訳じゃないことは。
だが分かっていながらも瞬は止まれなかった。
そしてもう振り返ることはないと心に誓ったが、その胸の更に奥では今も忘れられずにいた。
(泪…)
雪ノ瀬は愛羽と向かい合い、いつもは考えたりしない泪のことを思い出してしまっていた。
彼女が愛羽たちに目をつけたのは、かつての自分たちと重なるものがあったからかもしれない。
だが愛羽は仲間を狩られ、ボロボロになっても向かってきた。まるであの日の泪のように。
そんな愛羽を守る為に、仲間も敵でさえも自分に向かってくる。
この最強東京連合雪ノ瀬瞬に。
(泪…)
自分に力があれば泪を守れたと思っていた。
でもこんな風に集ってくれる仲間がいたら、泪にも明日はあったんだろうか?
愛羽を見てそんなことを思ってしまう自分にイラ立ちながら首を振った。
『そんなの、許さない…』
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