第39話 合わない

 戦っている時の豹那は微かにだが楽しそうに笑っている。長い銀の髪を振り回し、まるで踊っているようで、殴り合うその姿すら美しかった。


 世の女性たち誰もがうらやむ、その魅力的なスタイルのどこからあんな力が出てくるのかは謎だが、最強東京連合の雪ノ瀬瞬とほぼ互角の戦いをしている。


 その雪ノ瀬も見た目はそれこそ可愛い感じの女の子だ。だがその外見とは釣り合わない不自然とも言える強さで、この豹那と当たり前のようにやり合っている。


 2人の闘いは少女同士のタイマンではなく、実力者と実力者の命のやり取りと言えた。


『あんた、一体何がしたいんだい?』


 殴り合う中で豹那は口を開いていた。


『は?』


『総員1000人はいようかってチームが隣の県の小さなチーム目の敵にして、危うく死なせる一歩手前のとこまで追いやって何が楽しいのかと思ってさ。理解できないんだよ。あんたは何と戦ってるんだい?』


『…うるさい。黙れ!』


 雪ノ瀬は感情をむき出しにして向かっていき、また渾身の1発を叩きこんだ。だが豹那は踏んばって耐える。


『あたしたち神奈川の他のどのチームでもよかったはずさ。どのチームだって潰せたはずだよね。ふっ、それがこんなことになっちまって、あと1歩で負けるかもしれない所まできてる。なんだかさ、かわいそうになってきたよ。たった6人のチームを最初に標的にしたばっかりに、結局今日、神奈川全部と戦うはめになっちまった。あたしだってこうなるとは思いもしなかったよ。でもね、あんたはそれを引いちまったのさ』


 豹那は哀れみの目を向けニッコリと微笑んだ。


『ほざくな。どうせ全部潰すつもりだったんだ。手間が省けただけだよ』


 雪ノ瀬は豹那の腹めがけてパンチを打った。だが豹那は両手でその拳を受け止めた。


『悪いけど、あたしは今日負けるつもりはないよ。そういう日は人間誰しもあるもんだ。そしてね、それがお前にとって1番気の毒なのさ!』


 豹那は手を払いのけるとここぞとばかりに押し始めた。回転しながら蹴り、回し蹴りと連続で命中させていく。


 怒涛の蹴りのお次はその回転の勢いで宙に浮かび上がり、体重と遠心力を乗せた拳を雪ノ瀬にヒットさせ、今日自分が好調であることを確認するとそのまま手をゆるめなかった。


『お前があの子たちにしたことや奪ったものはこんなもんじゃないよ?身体中でおもいしりな!お前だけは、あたしがこの手でぶっ殺す!』


 豹那が押している。少なくとも愛羽と玲璃にはこの時そう見えていた。


『やっぱ、あいつバケモンだな。両方バケモンとは思うけど雪ノ瀬はドーピングだとして、豹那は本物だな。ここまでくると…』


『玲ちゃん』


『あん?』


『あたしたち、何やってんだろうね』


『そりゃお前、蘭菜と蓮華の仇討ちに決まってんだろ?何言ってんだよ今更』


『そうなんだけどね、なんかあたし帰りたくなってきちゃった』


『は?お前何言ってんの?』


 愛羽は殴り合う豹那と雪ノ瀬を見て、なんとも言えない悲しそうな顔をしていた。


『こんなとこでこんなことしてる位なら、蘭ちゃんと蓮ちゃんの側にいてあげたいよ。早く良くなって、目覚めてほしいって祈りながら手つないであげてたい。みんなで鶴とか折ったりしてあげたい。なんか、あの人たち見てたら、こんなことしてる場合じゃないって思えてきちゃったの。今週結局ずっと側にいてあげられなかったし、なんか2人に申し訳なくって…』


 こうしてる間も2人は苦しんでいる。もしかしたら容態が悪化するかもしれないし、目を覚ましてくれるかもしれない。本当ならその場にいてあげるのが1番なのは玲璃も心の奥では思っていた。


『ごめんね。あたし、おかしいのかな?仇を討たなきゃいけないのは分かってるんだけどさ。どうしてだろうね』


 玲璃は何を言えばいいか分からず、黙って愛羽と手をつないであげた。






(これは…どういうことだよ、くそったれ!)


 愛羽や玲璃は豹那が雪ノ瀬と互角の戦いをしているように見えていたが、当の本人は違和感を感じ焦りを覚え始めていた。


 豹那は先程から全ての攻撃を確実に当てている。そのほとんどが「もろ」という言葉を付け足してもいい程にだ。たった今も顔面に全力の拳を叩きこむと、すかさずひざ蹴りを腹にぶちこみ肘で背中を打った。そこからのソバットで雪ノ瀬はふっ飛び倒れこんだ。


 だがそれが全く無意味だったかのように雪ノ瀬は跳ね起き平然としている。


 豹那の調子は自分で感じていた通り好調ではあったが、相手は絶好調ということだろうか?


 そういう問題ではない。人1人を「ぶっとばす」ということに対しておそらく十分すぎるダメージを与えたはずだった。


 ただ合わないのだ。雪ノ瀬の目で見えるダメージと、その様子やリアクションが。


 どんなに強かろうとタフだろうといい加減見えていいはずだ。なのに雪ノ瀬からは痛そうな表情も苦しそうな素振りも見受けられない。豹那は理解ができずにいた。


 そして豹那が考えひるんだ一瞬を敵は見逃さなかった。1歩反応が遅れ、気がついた時には左のこめかみ辺りに非常に重い拳の一撃を叩きこまれていた。


『ぐっ!』


 この戦いで初めて豹那が殴り飛ばされた。


『くそっ!』


(ヤバい、油断した…この野郎、あれだけ攻撃を受けといてこの重さかよ…)


 数秒間、頭の中の揺れが治まらず、まだひざと手を着く豹那に雪ノ瀬は何度も蹴りを浴びせた。


『さっきはあんなに偉そうなこと言ってたのに、もう終わりかな?』


 完全に見下した目でそう言うと、サッカーのフリーキックのように助走をつけ更に蹴り飛ばした。


『うっ!』


 そのまま何度も蹴り続け豹那が起き上がることを許さなかった。


『おい、愛羽。豹那の奴、手ぇ抜いてねぇよな?』


 突然形勢が逆転してしまったのを愛羽も玲璃もしばらく見てしまっていたが、豹那の演出でないことは明らかだった。


『うん。そんな風には見えないし、やっぱり雪ノ瀬はなんか変だよ』


『やべぇぞ。このままじゃ、あいつやられちまう。そしたら次はあたしらの番だ。愛羽、ここはあいつに手を貸すぞ!』


『うん!』


 2人は走って雪ノ瀬に向かっていった。しかし雪ノ瀬は戦いながらも2人からマークを外していなかった。


『待ってれば順番に死ねるのに』


 愛羽と玲璃の2人同時飛び蹴りも訳なくかわされ即反撃を受ける。愛羽も玲璃も殴り飛ばされ、再び豹那に蹴りをくらわせにいく雪ノ瀬だったが、その体が急に浮かび上がると次の瞬間一気に地面に背中から叩きつけられていった。


『生きてるかしら?緋薙』


 東京連合の大軍の中を一直線に突っ切り、ついに伴がベイブリッジ中央にたどり着いた。ここに来るまでに1人で軽く100人を相手にしてきた伴は、すでに傷だらけの上疲れも目に見えるが、危機一髪の一本背負いで豹那のピンチを救うとパンパンと手の埃を払い微笑んでみせた。


『余計な真似しやがって』


 豹那は言うが、伴が来なければ今の状況は防げなかっただろう。


『あら、ひどい言い方ね。今のはファインプレーと言われてもよさそうなのに』


 伴が気づいた時には雪ノ瀬が目の前にいた。


『ようこそ、猫さん』


 伴の腹に拳を叩きこみ、ひざを着きそうになる前にフルスイングで殴り飛ばした。


『うぅっ!』


 投げられたことなど、まるでなんでもなかったかのような動きで伴を殴り倒すと、伴を足から持ち上げ一本背負いのようにして地面に叩きつけ返した。


 受け身が遅れ、ほぼ全身で衝撃を受けた伴は激痛に身をよじっている。雪ノ瀬はそれを見下ろし伴を踏みつけた。


『うぅ…』


 雪ノ瀬が踏みつける足に力を入れると伴が苦しそうな声をあげた。


『伴さん!』


 見てなどいられず愛羽が走って雪ノ瀬に向かっていくと、そう来ることを呼んでいたかのように助走をつけ逆に飛び蹴りで迎え撃った。


『てめぇ!』


 玲璃が続けて向かっていくも腹に1発くらうとひざを着き、まるでゴミのように蹴り飛ばされた。更に雪ノ瀬は玲璃の足を念入りに蹴りつけた。


『あぁぁっ!』


 豹那も伴もまだ立てずにいる。玲璃を蹴り飛ばすと雪ノ瀬は愛羽の上に馬乗りになった。


『もういいや。うざったいから君から死刑にするよ』


 雪ノ瀬は拳を振り上げた。


『愛羽ぁ!』


 玲璃が助けようと必死に体を引きずりながら叫ぶと、雪ノ瀬の狂暴な拳が振り落とされた。



 だが、その拳が愛羽に直撃することはなく、代わりに雪ノ瀬が急に顔を歪めて倒れこんでしまった。愛羽の隣で自分の体を抱えこむようにしてもがき、あえいでいる。


『…どういう、こと?』


 今まであれだけ愛羽、玲璃、豹那の攻撃をくらって平然としてたのに、何があったのか立っていられない程の痛み?に襲われている。


 愛羽はあまりにも相手の様子が苦しそうなので、どうしていいか分からず立ち尽くしている。


 だがそうしている間に雪ノ瀬は顔を歪めながらも立ち上がり、再び愛羽に拳を振るった。


 しかしここで更に愛羽は気づいた。その拳にはさっきまでのような重さが感じられなかったのである。弱っている?まさかドーピングの効果が切れてきてるんじゃ…


 もしそうだとしたら勝負を決めるチャンスだ。相手の様子は明らかにおかしい。愛羽こそ相当なダメージを受けてはいたが、今ならなんとかなるかもしれない。何より、今立てるのは自分だけだ。


 ここは覚悟を決める場面だ。


(あたしが、決着をつける)


 愛羽は力を振り絞った。

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