第35話 熱戦~因縁の対決~

 樹は麗桜を自分の後ろに退けると七条の方へ向かっていった。


『よぉ七条琉花。あたしのこと覚えてるか?』


 七条は数秒思い出すようなフリをしたがニヤついて樹を見た。


『覚えてるわよ。そのトサカみたいなダッサイ髪型。前にあたしが潰したジムの子だよね?へぇ~、あんた暴走族だったんだ』


『あれからずーっとお前を探してた。会えて嬉しいよ』


『何?逆恨み?ウケるんですけど。自分が弱かったから負けたのに?あ、そんでまたやられにきたの?怖いわ~』


『構えな。行くぜ』


 樹は挑発に耳を貸さず戦いに集中した。しかし七条もそれと同時に、あのすさまじい威圧感でかまえた。


 構えると七条は素早くパンチを繰り出し樹のボディ中心に狙っていった。樹は一切油断などしていないが、なんと言っても七条のパンチと動きは速い。さすがに全てを防ぐことはできなかったが上半身をガードしながらローキックを1発返した。


『あぁ、そういえばあんたはキックだったんだっけ?』


『そうだ。思い出してくれたか?』


『思い出した思い出した。あん時も全くあたしに歯が立たなかったよね』


 七条は明らかに挑発している。ムキになって打ってきた所をカウンターで叩くつもりなのだろう。だが今日に限って樹は冷静だった。


『あぁ、そうだったな』


 喋りながらも素早いパンチを打ってくる七条に対し、打たれながらもローキックをなんとか返していく。


『あはは、バカだね。あんたはドMなの?全然やり返してこれないじゃん』


 ボディ顔ボディ顔と強烈な拳を叩きこまれ全く打ち返せない樹だが、挑発には乗らない。


『そうだな。SかMなら、Mかもな』


 確実にダメージは受けているはずなのにまだ余裕を見せる樹に、七条の方が気に入らなそうな顔を見せ始め、それからしばらくの間そんな調子が続いた。


 七条が何発か打って樹が蹴り返す。それも決まって右のローキックだけ。麗桜はそれを見ながら思っていた。


 おかしい、相手が七条だとしても攻めなさすぎだ。樹の実力はこんなものじゃないはずだ。何より、打倒七条にどれ程闘志を燃やしていたのかだって知っている。こんなはずではない。


 何か考えている?


 まともにやり合ったら、こんな受け身ではまず勝ち目はない。それは樹だって分かってるはずだ。まるで勝つことなど意識してないようにさえ思える。


 先?先行と言っていたのか?まさか…


 麗桜が思いつくことは、つまるところ1つしかなかった。


 樹はヘラヘラしながらどれだけパンチを打たれようと、とにかくローキック1本に狙いを絞っていた。


 その中で今、一瞬麗桜の方を見た。


『まさか、樹さん…』


 こいつの戦い方をよく見とけ。長所、短所、クセ。こいつの得意なこと、苦手なこと、技。見れるだけ見て頭に叩きこんどけ。


 そういう目をしていた気がした。


『あんた、やる気あんの?バカみたいに足ばっか狙いやがってさ』


『…へへへ。さぁな』


 樹はもうずっとやられっぱなしで、いい加減ダメージも目に見える。だが尚もへーづらを装い続けた。


 顔は腫れ出血している所もあるのに全くツラそうな顔1つしない。そのしぶとさにさすがの七条もとうとう気味が悪くなってきた。


『あんた、本当にキモいよ。もう限界なんでしょ?さっさと倒れちゃえばいいのに』


『お前こそどうした?全然重くなくなってきたぞ?もう疲れたのか?』


 これには七条も頭にきた。


『は?上等だよテメー。殺すまでやってやるよ!』


 七条はここぞとばかりにラッシュをかけた。猛烈なパンチが容赦なく樹を襲っていく。


『樹さん!』


 麗桜はとても見ていられなかった。あの七条の全力攻撃をまともにくらい続け、樹は手も足も出ずサンドバッグ状態だ。


 勝負あった。決着はついた。樹の負けだ。そしてそう思ったのは麗桜だけではない。


(ここで叩く!今がその時!もう相手は打ち返す力なんて残ってない!)


 七条は最後のパンチを大きく振りかぶり打っていった。KOだ。さもなきゃTKOだ。それを見ていた誰もがそう思った瞬間。この七条の心の声を樹は、完全に捕らえていた。


(…てめぇ、今そう思ったろ?待ってたぜ!!)


 樹の渾身のローキックが再び七条の左足に炸裂した。


『うっ!!』


 この時七条は初めて顔を歪めた。樹はその表情を見て、腫れて傷だらけの顔でニヤリと今日初めて笑った。そしてひざを着くと倒れてしまった。


『樹さん!』


 麗桜は樹に駆け寄っていった。


『樹さん。あんた、なんで…』


 そう言いかけると樹は手で麗桜がそれ以上言うのを止めた。


『麗桜…あたしらは今日、夢守りに来たんだ。あたしはやれることはやった…後はお前が、てめぇで決着つけな』


 樹はあれだけリベンジマッチに賭けていたのに、それを捨てて麗桜に託した。おそらく最初からそのつもりだったのだ。樹はそんなこと言わないだろうが麗桜は熱い思いを感じていた。


『あんた…バカだろ』


『ははは!バカおめぇ、神奈川一カッコいい暴走族だぞ?あたしはよ』


『…あぁ。そうだね』


 麗桜はそのバトンをしっかりと受け取った。樹を座らせると真っ直ぐ七条の方に向かっていく。


『七条。次は俺が相手だ』


『2ROUNDならあたしに勝てるとでも?いいよ、おもしろい。あんたもすぐ沈めてあげるから』


 七条が言い終えるのも聞かず素早く間合いを詰めると真っ正面から速いパンチを打っていった。それを七条はよけれずまともにくらうとその時やっと自分が受けているダメージに気づいた。ひびでも入ったか左足はほぼほぼ使えないようだ。これでは素早い動きも踏みこむことも難しい。


『来いよ七条。あんたは確かに強いよ。それは認める。でも負けないから。絶対俺たちが勝ってみせる』


『生意気言ってんじゃないよ、くそが』


 七条は構え直すとパンチを打っていくが麗桜も負けずに打ち合っていく。パンチの速さや上手さはやはりそこまで変わらないが、重さや動き自体は確実に落ちている。


 ボクサーにとって足が使えないというのは致命的な状況だ。それでも七条は強い。ハンデなど思わせず堂々と麗桜と殴り合う。


 だが麗桜も何がなんでも負けられない。


 なんの勝負でもそうだが、たとえ実力に差があってもそういう気持ちが勝敗を左右することはある。


 樹が1回戦で築き上げたのは七条のダメージより、麗桜の気持ちだったのかもしれない。七条のパンチをもろにくらっても麗桜はひるまなかった。






『蘭菜はなんであいつらと暴走族なんてやろうと思ったんだ?』


 それはまだ麗桜が愛羽たちの仲間入りして間もない頃のことだった。


『私、あの2人が生まれて初めての友達なの。もちろんあなたもね、麗桜』


 最初の愛羽と同じように、だからといっていきなり暴走族になると決めてしまえたお嬢様の気持ちは分からなかった。


『私は別になんでもいいの。暴走族でもスポーツでも部活でも。友達と一緒にいれて素敵な時間を過ごせたら、それでいい。それが今すごく大切なの』


 蘭菜はその後、「私にできることがあったらなんでも言ってね」と優しく笑って言ってくれた。





『あの子が?』


 蓮華を初めて紹介された時、こっそり愛羽が伝えてくれた。


『うん!麗桜ちゃんの歌聴いて泣いてくれてた。ごまかしてたけど、多分好きになってくれたと思うよ』


『へぇ~、そういう子には見えなかったけどな』


『なんで?』


『なんか遊び歩いてそうだし、バンドよりはクラブとかが好きそうだったから…』


 だが蓮華は決まっていつも、愛羽と放課後バンドの練習を見に来てくれた。






 麗桜は殴られる度、そして体中が痛む度に2人のことを思い出していた。


 どれ位殴り合っただろうか。お互いダメージも疲れもピークにきているのはボコボコの顔や動きを見れば一目瞭然だ。


 七条はだいぶ息もあがっている。対する麗桜も呼吸が整うことはない。


 だが、まだお互い譲る気はなさそうだ。


 時間は1時45分を過ぎた。もうすぐ戦いが始まって2時間になる。


 周りではもうやり合って潰れてる者や座りこんでる者がほとんどだ。あれだけ数で有利だった東京連合はほぼ全滅。鬼音姫や覇女の人間が実質勝ったと言っていいだろう。


 みんなでまだ1年生の麗桜と天才七条琉花の殴り合いをじっと見守っていた。


 それはもはや女同士のタイマンとは思えない戦いだった。


 元ボクサー同士のタイトルマッチ。


 だがその殴り合いは、何故か寂しく、どこか悲しい色でにじんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る