第34話 1番強い女

 風雅は木刀を構え間合いを取った。


 対する龍は拳を構えたがその両手にはナイフが逆手に握られていた。


 おそらく脅しではないだろう。ナイフそれ自体は威嚇の意味もあるのかもしれないが、この女はおそらくためらうことなく斬りつけにくる。


 風雅はこの龍千歌からそういう危険な雰囲気を感じていた。気を抜けば躊躇せず刺しにくる。誰に言われるでもなく、そう思って戦うことにした。


(そして僕が負けたら、その刃が愛羽に向けられるんだ!)



「僕が負けちゃったらそれってさ、風雅が負けるってことになっちゃうから、僕ね、だからいつも自分の後ろに風雅がいるって思って試合してるんだ」



 龍が先にしかけてきた。パンチとナイフが同時に襲いかかってくる。



「でもさ、多分なんの為に戦うかって意外と大事だと思うよ」



 風雅の脳裏に双子の弟美雷の言葉がよぎっていく。


 龍の攻撃は強烈な上、ナイフとの2連撃。風雅は防ぐことに苦戦している。


(美雷、見てる?あたし、守りたいものの為に戦ってるよ。あんたが生きられなかった今を生きて、あんたのいない道を歩いて…)


 龍のナイフがだんだん速くなっていく。致命的なダメージは防ぐものの、風雅はあちこち斬りつけられ出血し打撃もしっかりくらっている。


(あれからずっと考えてた。あたしはあんたに何をしてあげればよかったのか。あんたに何をしてあげられたのか…)



「いいなぁ、風雅は。これからきっといっぱい楽しいことが待ってるよ。羨ましいな」



(あんたがいない世界なんて、ちっとも楽しくなかった。でも、やっと今変わってきてるんだ)


 龍が強く踏みこみ、風雅の喉めがけて刃を突き出してきた。風雅は目を見開くとナイフを弾き飛ばし、木刀の柄の方で龍のその手をおもいきり殴りつけた。


『うぅっ!』


 龍は顔を歪め、思わずもう片方のナイフも手放し打たれた手をかばった。


 好機だ。風雅は間合いを詰めていく。


『…いい気になるなよ?』


 龍が目で合図を送ると、東京連合の人間がいきなり2人がかりで後ろから風雅を羽交い締めにした。龍は不気味な笑みを見せた。


 風雅がつかまれると即座に猛烈なラッシュを叩きこんでいく。


『オラ!オラ!痛いか!?泣いてみな!うめいてみせろ!この前のあいつみたいに!痛いとかぎゃあとかさぁ!え!?ほら、どーなんだよ!言ってみろ!どーなんだよ!』


 風雅は屈することなく言った。


『あたしは守るんだ!あんたなんかには負けない!』


『いい度胸だ。望み通りあいつと同じ病院に送ってやる』


(お願い美雷。あたし、愛羽を守りたいの。力を貸して…)



「風雅、約束だよ?僕のこと、忘れないでね」



 風雅の目から一筋の涙がこぼれた。



 その時だった。


 どこからともなく、また単車の走る音が聞こえてくる。ゴゴゴというもはや地鳴りのような音はだんだん近づいてくると一気に大黒の周りを包囲した。四方八方から単車が次々に押し寄せる。


『どうなってやがる!』


 龍もあまりの台数にさすがに動揺していると、集合した単車たちのライトの光の逆光の中から1人の女がゆっくりと歩いてきた。


『おやおや、鬼音姫もいるとは意外だねぇ。お前ら人の街でずいぶんと楽しそうじゃないか。いくら大黒パーキングと言ってもね、入れる台数には制限があるんだよ、知ってるかい?』


黒い特攻服に長い黒髪。そして、他と間違えることなどない前髪の白髪。


『それにしてもやれやれ。なんだかこんなに人がいるとここも、まるでコロシアムみたいだねぇ』


 ついに大黒ふ頭に神楽絆が横浜覇女を引き連れて現れた。


『お前は…覇女の…』


 神楽絆と言えば神奈川で1番有名な女だ。さすがに彼女の参戦は東京連合にすれば完全な計算外である。


『どうでもいいけど、そいつ放してやっとくれよ。あたしご指名の大事なお客さんでね。』


 風雅は蹴っ飛ばされ地面に倒れこんだ。


『神楽さん…来てくれたんだね』


『やぁ風雅。待たせちまって悪いね。わざとじゃないんだよ?別にさ』


『ありがとう…』


 神楽は風雅を手伝い端の方に座らせてやった。


『ほれ見てみな。仲間を思う気持ちだけでなんとかなったのかい?』


『僕はまだ戦うよ…』


 風雅はまた立ち上がろうとしたが神楽が片手でそれを押さえた。


『ふふ、あんたんとこの総長が本当に羨ましいよ。どれ、この場はこのあたしに面倒見させてもらおうか』


「パン!パン!」


 神楽は立ち上がると2回手を叩いて乾いた音を響かせ、覇女の女たちの注目を集めた。


『さぁさぁお前たち。たった今から、あたしらは暴走愛努流と同盟を組む。敵は東京連合だ。遠慮はいらないよ?2度と神奈川歩けないようにしてやんな』


 神楽がそう言うと覇女たちは東京連合に飛びかかっていき、劣勢な鬼音姫の人間の所にも助太刀に入っていった。鬼音姫が150人に覇女が200人。500対350なら、これはもうどっちに転んでもおかしくない。


 そして神楽は龍千歌の方に向かっていった。


『あぁ、そうそう、そこのハゲ。自己紹介がまだだったね』


 神楽は両手をポケットに突っこみ、少し下から覗きこむようにして龍をにらみつけた。


『あたしが神奈川最大にして最強の暴走族、覇女の頭はってる神楽っつーもんだよ。…運が悪かったね。1番強い女が相手で』


『なんだと?…舐めやがって』


 龍は神楽に向かっていくと挨拶代わりにパンチを打ちこんだ。だが神楽は顔に当たる寸前でその拳をつかまえると、すかさず相手の顔面に強烈な拳を叩きつけた。散々風雅を苦しめた龍千歌を軽々と殴り飛ばし、龍はふっ飛ばされてしまった。


『あれぇ?次期マフィアだの殺し屋だの言われてん割りに大したことないねぇ。さてはあんた風雅に相当やられたのかい?ふふ、情けない』


 いや、多少のダメージはあるかもしれないがそれ以上に強い。そう思った龍はさっき手から落としたナイフを拾い、それを構えた。


『ほーう。いいもん持ってんじゃないか。よし、ほら、かかっておいで。武器でもなんでも、あんたの得意な物でかかってきな』


 龍はフットワークを使い間合いを詰めながら、タイミングを計り右から左からナイフを振り回し神楽に迫っていく。


 その一振が彼女の頬をかすめた。神楽は垂れた血を手でぬぐった。


『なるほど。ナイフさばきはなかなかのもんだ。あんたマフィアじゃなくて魚屋にでもなったらどうだい?』


 そんなジョーダン混じりに喋っていた神楽の雰囲気が、そこで突然変わった。


『…いいだろう。あたしがケンカのやり方教えてやるよ』


 鋭い眼差しを龍に向けると拳を構えた。

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