第33話 ベイブリッジに夜叉現る

 玲璃は雪ノ瀬に向かっていった。いつも通り助走をつけて飛び蹴りだ。雪ノ瀬はなんなくそれをかわす。


 続いて玲璃はおもいきり振りかぶりパンチを放った。雪ノ瀬はそれを裏拳で弾くと瞬時に顔、腹、あごの順で拳を叩きこんだ。やはり雪ノ瀬の拳は尋常じゃなく重い。


『ぐっ!』


 玲璃は殴り飛ばされるがすぐ起き上がりまたかかっていく。ハイキックから回し蹴りとしかけ、右左右と拳を当てに行くがかわされ、弾かれてはカウンターをくらわされる。


『どうしたの?遠慮しないでかかってきていいんだよ?』


 玲璃は完全に見下されていた。


『この野郎!』


 諦めずに向かっていくが、全てにおいて雪ノ瀬が上回っていてなかなか攻撃を当てることすらできないでいる。


(くそっ!あたしじゃ、てんで話にならねぇのかよ!)


「フゥァン!」


 単車の音が聞こえる。かなりの台数だがその中で聞き覚えのあるコールが響いてきた。


『これは…』


 それは伴が集会でいつもやっていた、愛羽の兄龍玖のコールだった。


『…伴さん?』


 振り返ると白い特攻服の集団がベイブリッジを目指し走ってきていた。


(まさか…夜叉猫が来てくれたのか?)


 それに気づいた雪ノ瀬は険しい表情を見せた。


『君、誰か連れてきたね?』


『知るか!あたしは今日のことなんて誰とも話しちゃいない!』


 雪ノ瀬は明らかにイラついているがそれ以上は言わなかった。


『まぁいいや。誰が来たって関係はない。君はどちらにしろ、ここで終わりなんだから』


 そう言うと今度は雪ノ瀬の方から玲璃にしかけていった。走って向かってくるのを見て玲璃が構えると、雪ノ瀬は玲璃のまだだいぶ手前で急に側転をしだした。続いて前にもう1回転し、更に前方宙返りしたかと思うと、その勢いのまま飛び蹴りに来た。


『なっ!』


 意表を突かれ、玲璃はまともにその蹴りをくらいふっ飛ばされた。尚も雪ノ瀬は向かってくる。今度はもう技の名前すら分からないような、斜めの回転から蹴りを放ってきた。元々重い攻撃が回転の遠心力で更に重い。


 なんだ、これは。玲璃は理解ができなかった。体操の選手かなんかなのか?いや、確か武術とアクロバットを混ぜたような競技をいつだったかテレビで見たような気がする。どちらかと言えばそっちの方が近いように思う。


 なんにせよ信じられない身体能力だ。玲璃とそこまで背丈もスタイルも変わらなく見えるのに、一見少女のような見た目が嘘みたいに攻撃も重い。感じ方で言えば砂の詰まった袋で殴られているような感覚だが、それが更に1点に集中してきてすごく痛い。殴られる度に脳が揺れ、目の前に白い光が走った。


 雪ノ瀬はヘラヘラした表情で歩いて向かってくる。玲璃は正直もうすでに立ち上がるのに苦労している。それ程1発1発のダメージが大きいのだ。


 一体、あの体のどこにそんな力があるというのか。その足に蹴られるとまるで丸太でフルスイングされたようだった。


『どう?やっと諦める気になった?』


『けっ、舐めんじゃねーよ』


 玲璃は立ち上がるとキッと雪ノ瀬をにらみ返した。


(負ける訳にはいかねぇんだ!)


 玲璃は歯を食いしばった。







 伴たちはすでに橋を渡り初めている。道路の中央を1トップで伴が突き進んでいく。


 敵の数は確かに多いが、夜叉猫の先頭は伴を筆頭にケンカに自信のある者たちだ。4車線の幅ではせいぜい一気に向き合えるのも20人程度。倒しながら進んでいくのは時間こそかかるができないことじゃない。だから伴は真っ向勝負をしかけた。


 場所を幅の限られた橋に選んでしまったことが、やはり東京連合の人数を殺してしまっている。


 フォーメーションは伴が1人ものすごい勢いで進んでいく為、細長い三角形のような陣形になっていて、夜叉猫のメンバーもとにかく伴を先に行かせることに力を注いだ。


『伴を行かせろ!』


 伴に向かってこようとする者には周りが突っこんでいき、それを全力で阻止する。


『見える。あの先で玲璃ちゃんが戦っている!』


(待ってて、今行くわ!)


 伴は問答無用で敵を殴り倒し、向かってくる相手を次々に投げ飛ばす。普段のすっとぼけた様子など一切なく、微笑みながら敵を蹴散らす。


 関東最強のチームを相手に1歩も引かない強さを見せつけた。


『ごめんなさい。私、とても急いでいるの。覚悟はできたのかしら?死にたい人から、かかってきていいのよ?』


 夜の横浜ベイブリッジを夜叉がゆく。

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