第36話 特攻向日葵

 玲璃は悔しかったが明らかな力の差と絶望的な状況の中、ただ雪ノ瀬にいたぶられるしかなかった。倒れた玲璃の背中を雪ノ瀬は踏みつけた。


『ほら、どうしたの?さっきみたいに生意気なこと言ってごらんよ。え?え?ほら言ってみなよ!』


 雪ノ瀬は踏みつける足に力を込めた。地面に這いつくばり自分の非力さが悔しくなり玲璃は涙を浮かべた。後方では伴たち夜叉猫と東京連合が戦う喧騒が聞こえている。


 声と声が争う中、遠くから微かな音が玲璃の耳に届いた。単車がすごいスピードで走ってくるような音だ。続いてクラクションが鳴った。


 単車の音はどんどん近くなり、すぐそこでまたクラクションが鳴った。


『危ない!よけろー!』


 東京連合の人間を裂いて単車が猛スピードで来ると、ものすごい音を立てて急ブレーキした。


『遅くなってごめんね』


 単車を降りると雪ノ瀬と玲璃の方へ向かって歩いてくる。


『その足、どけてよ』


 そう言うと助走をつけて雪ノ瀬に向かって飛び蹴りした。雪ノ瀬はそれをかわし玲璃から離れた。


 玲璃が這いつくばったまま顔を上げると暴走愛努流の特攻服の背中が見えた。


 背中のチーム名の下、ロングの特攻服の下部分には縦に大きな文字で「特攻向日葵」の5文字が見えた。


『玲ちゃん。あたしたち、いつも一緒でしょ?』


 そこに立っていたのは愛羽だった。


『邪魔だなぁ。今日はね、君はまだ呼んでないんだよ』


『あたしの大切な人たちを、これ以上傷つけさせない』


『言ったよね。後悔させてやるって』


『あたしはもう後悔なんてしない』


 2人はにらみ合うと愛羽が走って向かっていった。振りかぶった拳はかわされ、2発3発と大振りでパンチを打っていくが、雪ノ瀬は踊るようにかわしていく。だが愛羽は止まらない。


 飛びついて無理矢理服につかみかかり、雪ノ瀬と共に倒れ転がりもつれ合った。自分も逃げられないが相手も逃がさない。


『ずいぶん頭が悪いんだね』


『なんとでも言いなさいよ!』


 つかみ合ったまま立ち上がると愛羽は渾身の力を込めて殴りつけていった。だが雪ノ瀬もそれをよけずに反撃していく。


 愛羽は雪ノ瀬の胸ぐらをつかみ1発ずつ殴るが、雪ノ瀬はつかまれながら両手でやり返す。前に伴がやり合った時と同じ状態だ。


 しかしこの雪ノ瀬相手にそれは自殺行為でしかない。重く破壊力のある攻撃をあんなノーガードで受け続けたらすぐにやられてしまうだろう。


『いい度胸だね。あくまであたしと殴り合いたいの?』


『言ったでしょ。あたしはあんたを許さない。絶対に』


 そうは言ったものの愛羽はだんだん一方的にやられ始め、それでも正面からやり合おうとする。


 無茶だ。いくらなんでも。感情だけで倒せる相手ではないことはよく分かっている。このままでは玲璃の二の舞になるだけだ。


『ちくしょう!愛羽ぁ!』


 玲璃は立ち上がり助太刀に行った。


『ふふ。ほら、見てられないって、くたばりぞこないが助けに来たよ?』


 だがもはや手負いの玲璃など子供扱い。2人でかかっていっても結果は変わらなかった。


 愛羽が引きずり回され、玲璃が踏みつけられ雪ノ瀬が凶悪な笑いを浮かべると、橋の向こうから何かがやってきた。

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