第19話 バイク屋の女

 次の日、朝10時過ぎ。


 呼び鈴が連続で押され、玲璃は悲鳴をあげる体を引きずり玄関に向かった。


 ピンポンの嵐だ。


『うるっさいなぁー、殺す気かよ!今日、日曜日だけど何用ですか!?あたしまだ体痛いんですけど!』


 昨日の今日、というよりはまだ今朝帰ってきたばかりで、まだ何時間も寝てない。


 玲璃がイライラしながらドアを開けると案の定愛羽が立っていた。


『あ、おはよ。ごめんね。心配だったからお見舞いに来たんだけど』


 見ると手には果物やお菓子が入った袋がぶら下がっている。こういうことをいつでも本気でやってくる所が玲璃的にはすごく可愛く思っている。


『やっぱしオメーかよ。まぁ入れよ。あたしは寝るけどな。』


『え!?じゃあ、あたしこれ持ってきたの食べちゃっていい!?』


『お前なぁ、それのどこが心配したお見舞いなんだよ。帰らすぞ』


『分かった分かった。じゃあ、とりあえず剥いてきてあげるね♪台所借りるよ~』


 玲璃の両親は仕事でほぼ家に帰らない。姉も社会人なので帰っては来るがほとんどいない。なので玲璃はだいたい1人なのだ。


 だから玲璃が風邪をひいたりケガしたりすると決まって愛羽が世話をする。これは中学の頃からずっとだ。だから口ではなんと言っても本当は嬉しい。


 最近蓮華に愛羽を取られがちだったので、それに対して不満など言わないが本当は少し寂しがっていた。


 自分だってそんなに寝てないはずなのに朝からこうして色々買い物までしてきてくれ、玲璃はやっぱり愛羽が大好きだった。


『おい愛羽』


『なーに?』


『なんでもねーよ。バーカ』





『ねぇ聞いて!あたし乗りたい単車決まったの!』


 週明けの月曜日、蓮華はみんなに切り出した。


『何に決めたの?』


『うん。カワサキのSSってやつなんだけど』


『えっ?それって、あの緋薙って奴と同じのってこと?』


 蘭菜が聞くと思わぬ答えが帰ってきたので麗桜が声に出して驚いた。


『豹那さんのはエンジンが500なんだって。だからあたしは350のやつにしようと思うの』


 みんな反応に困っていると愛羽が全く気にしない様子で言う。


『いいじゃん!あたしは好きだよ。形が可愛いよね!』


『そう?ありがとう。反対されるんじゃないかって思ってた』


 確かにみんな豹那には悪いイメージしかないが単車に罪はない。


『豹那さんはね、やっぱりあたしの大事な人なの。なんであんな風になっちゃったのか分からないけど、あたしは仲良くできるなら仲良くしたい』


 結局、豹那とこれからどうという話まではできなかったが、蓮華の気持ちはひとつだ。


『まぁ、そう簡単にいくとは思えねぇけどな。やることもケンカもめちゃくちゃだしよ』


 玲璃は敵としてしか見ていないようだ。


『うん。簡単なんて思ってない。…でも本当信じられない。アイドルになるって東京行ったきり連絡とれなくなっちゃって、もう2度と会えないんだと思ってたのに』


『あの人がその人だったの!?』


 愛羽は前に聞いた話を思い出した。


『うん。デビューまで決まってたはずなんだけどね。結局それもなかったみたいで』


『何か事情があったのかな?』


 豹那の身に起こったことなど愛羽たちが分かる訳はなかったが、蓮華は自分の中でぼんやりとだが思うことがあった。




 その日の放課後、蓮華はみんなに付き合ってもらい、平塚のとあるバイク屋を訪れていた。


 ネットで調べ、近場に手頃なSS350があるのを見て問い合わせると、調子も良く現状でいいならすぐ渡せるという話になり、帰りにそのまま買いに行くことにしたのだ。


 訪ねたバイク屋は、こじんまりとした小さな所でオジサンが1人いるだけだったが、置いてある単車はどれも綺麗で何故か旧車が多い。


 カワサキのKH400にZ400GP。スズキのGS400。ホンダのバブと呼ばれるホーク2にスーパーホーク3、そしてCBR400F。


『じゃあ今、裏から持ってきますんで待ってて下さい』


 オジサンは奥に向かって叫んだ。


『キヨラ~。お客さん来たからマッハ表出して~』


 すると声が返ってこない代わりに「ゴウン!」とエンジンがかかる音がした。オジサンは手で額を軽く叩いて目を閉じた。


「ゴウン!ゴゴゴ…」という音が近づいてくるとSSの上に金髪の女が跨がって登場した。彼女は愛羽たち6人の目の前で停まるとエンジンを切った。


『ちっ。まぁ、まぁまぁだな。やっぱ2ストはやかましくてしゃーねーや』


『こら、このアホったれ。お客さんの目の前に乗りつけんなって何回言ったら分かってくれんだオメーは』


 バイク屋のオジサンは客の手前そうやってその女を叱ったが、その女はその何倍もの勢いでオジサンに怒鳴り返した。


『るっせーな!最終確認だよバァーカ!乗り心地も確認しねーで客に単車売んのかテメーわぁ!』


 娘?なのだろうか。だいぶ元気のいい女のようだ。金髪のポニーテールで髪を結ぶのに青いリボンを使っていて青い作業着のつなぎを着ている。確実に青が好きだろう。歳は愛羽たちと同じ位に見えるが、ヤンキー女であることはまず間違いなさそうだ。


『で、これ乗ってくの誰?』


『こら、だからもうちょっとやわらかく喋れって言ってるべ。すいませんねぇ、こいつ世間知らずでして』


 オジサンは言うが少女は知らん顔だ。


『あ、あたしだけど』


 蓮華が名乗り出ると金髪の少女は近づいてきてジロジロと見てきた。


『ふーん、あんたか。あんた苦労するよ?ただでさえ苦労してそうな顔してんのに、なんでわざわざこいつを選んだ?知ってるか分かんないけどね、めんどくさい男と付き合うよりもっとめんどくさいんだよ?』


『そ、そんなに?』


『そうだよー?多分考え直した方がいいよ』


『…ごめん。でもこれに乗るって決めたから』


 少女はじっと数秒蓮華の顔を覗きこむようにした。


『そうか。よし、合格』


『え?』


『2ストはさ、オイルに毎回金かかったりデリケートでさ。めんどくさい奴だけど、あたしはこいつを大事にしてほしいんだ。あんたは多分こいつを大事にしてくれる』


『な、なんでそんなこと分かるのよ』


『さぁね、勘だよ。よかったなー、お前。大事にしてもらうんだぞ』


 さらっと言った後、そうやって最後に単車に話しかけ、まるで飼っていたペットと別れを惜しむようにタンクをなでると、また裏の方へ行ってしまった。


『ったく、すいませんね。後で俺の方からきちんと言っておきますんで』


『あ、いや、いいですいいです』


 6人は金髪の少女がまだ気になっていたが、単車を受け取ると帰ることにした。


『蓮華が1人で乗るなんて、ちょっと変な感じするよな』


『何それ。見てなさいよ』


 玲璃が冷やかすと蓮華はムキになって勢いよくキックを蹴るが、エンジンはかからず、もう1回踏み下ろすもやはりかからなかった。


『あれ?』


 3回4回と繰り返しても、うんともすんとも言わない。


『さっきは、かかってたのにね』


 周りが心配そうにすると蓮華は余計プレッシャーがかかった。


『はいはいストップストップ』


 現れたのはさっきの金髪だった。


『いい?こいつはさっきも言ったけど、めんどくさい男よりめんどくさいんだ。まずね、キック踏みこむ時はあんた、ステップの上に立つんだよ。』


 蓮華は言われるがままにした。


『それからね、踏みこむ時はただやればいいってんじゃないんだ。素早く、一気にいく。イメージはテーブルクロスを足で引く感じだ。それとエンジンかける時はチョークを引っ張る、かかったら戻す。アクセル開けたままキックしない。いいかい?エンジンに火がついたらアクセルを開けるんだ。そのタイミングはあたしが教えてやる。よし、やってみよう』


 蓮華はテーブルクロスを足で引く、がピンと来なかったがもう1度チャレンジした。


 少女に言われた通りにすると、確かにさっきよりもエンジンに手応えがあった。


『はい、もう1回』


 続けて2回目は「ゴウン」という音が聞こえたが続かなかった。


『そろそろだな。次、いくぞ』


 3回目、キックを下ろしたとほぼ同時か一瞬手前で背中をバシッと叩かれた。蓮華もその時エンジンに火がついたのを感じ、アクセルをひねると「ゴウン!ゴウン!」と甲高い排気音が響き渡った。金髪の少女はニカッと笑うともう1度蓮華の背中を叩いた。


『今の忘れんなよ』


 そう言うと手を振り戻っていった。


 蓮華のSSは調子がとても良さそうで、走りだしで前輪が浮いてしまう位だった。まだ慣れていない蓮華が乗りこなすのは少し時間がかかるかもしれないが、これで一応6人全員が単車を手に入れることができた。

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