第20話 忍び寄る魔物
その日は6人で静岡の熱海に花火を見にきていた。熱海では1年を通して少なくとも毎月1回は花火大会が行われている。7月の第2週の土曜日、単車ではなく電車で熱海まで来て花火大会を楽しんでいた。
普段は男勝りな麗桜や、なかなか女の子らしい格好をしない風雅も今日は浴衣だ。
激、レアである。
『麗桜ちゃんも風ちゃんも可愛い~。見慣れないけど、ちょっと悔しくなる位可愛い』
愛羽はやはり6人の中では1番幼い。
『蘭菜なんて見ろよ。さっきからもう何人に声かけられてるか分かんねーぜ』
『もう。勢いで話しかけてくるのやめてほしいわ。私今日花火を見に来たのよ?』
浴衣姿が映えて周りよりも一際目立つ蘭菜は熱海に着いてからずっとナンパされている。
『蘭ちゃんには王子様がいるもんね』
愛羽は言ったが蘭菜は何故か微妙な顔をした。
『あれ?なんだ蘭菜。またなんかあったのか?』
『何もないわ。余計なお世話よ』
玲璃のからかいに少し怒った表情をしたので、みんなも驚いていた。
実は蘭菜はあれ以来彼とは会っていない。彼はあの時言っていた通り、ちゃんと自信を持って幸せにできるようになるまでは会わないつもりらしい。何かあった訳でもケンカした訳でもなく、本当に何もないのだ。
いつか迎えに来てくれることが分かっていても、会いたい時に会えないのはツラい。現に蘭菜はこの時、浴衣を着て2人で花火を見に来ているカップルを見て彼のことを思っていた。そういう女の子らしい気持ちに気づいてあげられる人物も周りにはいない。だが蓮華は違った。
『愛羽。たまには蘭菜、彼のとこに行かせてあげたら?』
愛羽は「へ?」と、とぼけた顔をしている。
『へ?じゃなくてさ、なんだかんだ毎週土曜日集会とかで潰れちゃってるじゃん?平日なんて時間もないんだし、ずっと暴走族暴走族で休みもなくやってきてるんでしょ?たまには会いに行きたいって思ってるはずだよ?彼があんまり積極的じゃないならこっちから行くしかないんだよ。あの子お嬢様だし、そう思ってもどうしていいか分からなそうだから背中押してあげなきゃ』
愛羽はうんうんとうなずき、なんとなく蓮華の言ったことを理解した顔をした。
『じゃあ、彼も一緒に集会連れてっちゃう?』
『違うよね!たまには土曜日休みにして「彼に会ってきたら?」とか言ってあげるとかだよね!』
愛羽はなるほど、と手を叩いた。
『蘭ちゃん蘭ちゃん』
蘭菜が呼ばれて顔を向けると愛羽はニコニコしながら言った。
『たまには王子様に会いに行ってきたら?』
『え?どうしたの?いきなり』
『えっ、いや、ほら、蘭ちゃんいつも頑張ってるから、たまにはいいと思うよ!』
愛羽は適当な言葉が見つからず、周りもそれはそれでどういうことかと首を傾げた。
『何様だよボケ羽。おい蘭菜、今週は集会やらねーから土曜日ゆっくりデートでもしてこいよ』
玲璃が横から割りこんでいった。
『…いいの?』
『いいに決まってんだろ、あたしが言ってんだからよ。お前、これからも土曜日空けたい時は黙ってねーで言ってこいよ?言わなかったとか知らなかったとかなしだからな』
愛羽も蓮華も麗桜も風雅も、蘭菜を見てうなずいた。蘭菜は目を赤くして優しく微笑む。
『あなたもね、玲璃。なんでも言ってくれないと投げちゃうわよ』
蘭菜は愛羽と玲璃の手を取った。
『愛羽、玲璃、ありがとう。私ね、今最高に楽しいの。きっとあのままの私だったら、今も檻に閉じこめられてたと思う。私1人だったら何年かかってもこんな世界飛びこめなかったと思う。ここまでならなくても、普通の高校生活を送れてたらそれでよかったのかもしれないけど。でもね、あの時愛羽が私を見つけてくれてよかった。あの時玲璃が私を変えてくれて、本当によかった。みんなに出会えて、私今本当に幸せ。暴走愛努流最高だわ、大好きよ』
蘭菜に抱きしめられ愛羽は恥ずかしそうな顔をしたが、蘭菜のとても嬉しそうな顔を見て愛羽は嬉しくなった。
『あ!花火上がったよ!』
その6人で見た花火は本当に綺麗だった。
『君が暴走族だって!?』
予定通り蘭菜は土曜日彼に会いに来ていた。ここ何ヵ月かであったことを話すと彼は度々声をあげて驚いた。
『私が暴走族じゃダメなの?私、結構強いのよ?』
『ダメというか、心配だよ。事故とか何か事件に巻きこまれたりしたらと思うと不安だよ』
『じゃあ今一緒にいれない自分を恨むのね』
蘭菜は少し冷やかすように言ったが彼は真面目に困っている。
『心配しないで。私の友達みんな強い子だから、あの子たちとならどこまでだって行けるわ。本当にすごいのよ?』
『それは分かったけど、心配であることに変わりはないよ』
『じゃあさ』
蘭菜は勇気を持って1歩踏み出した。
『じゃあ早く迎えに来て。私、それを待ってるのよ』
蘭菜の真剣な眼差しに彼は貫かれてしまった。妥協はしないと決めた決意と蘭菜への思いが、自分が思っているよりも彼女を苦しませてしまっているのが分かってしまった。自分が未熟なせいで、この少女にこんなシチュエーションまで作らせてしまったことを思うと情けなくも思える。
『…君にはかなわないや。分かったよ。これからは毎日連絡するし、時間があれば俺から会いにも行くから、君も何かあったら連絡をくれるかい?』
蘭菜は心が踊った。今までは本当にたまに連絡をとる位だったのが今日確かに進展があった。やっぱり今日来てよかった。ありがとうみんな。蘭菜にとってはこれ以上ない幸せだった。
それから2人は夜まで一緒に過ごし、2人にとって素敵な1日となった。
彼に見せる為に自分の単車を乗ってきていた蘭菜はその帰り1人で軽快に走っていた。心が弾むのを抑えられない蘭菜は気分よくアクセルを吹かしていた。
それが狼の目に映ってしまっているとも知らずに…
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