第15話 緋薙豹那
『豹那スカウトされたんだって!?』
『やっぱあたしたちとは違うよね~』
ある日、某アイドルのプロデューサーという男に声をかけられ、是非次にデビューするグループの一員としてやってみないかと誘われたのである。
蓮華は自分のことのように喜んだ。
『すごいよ。おめでとう豹那さん!本当にアイドルになっちゃうんだね』
『まだ行くって決めた訳じゃないよ』
『なんで!?ダメだよ!豹那さんなら絶対グループの中でも1番になれるよ?なりたいって言ってたじゃん!』
『まぁ、声かけてもらえたのは嬉しかったけどさ』
『あたしは妹として鼻が高いよ。日本が緋薙豹那を知る日がこんなに早く来るなんてね』
『ふふ。いちいち大袈裟なんだよ。あたしはそんな簡単じゃないと思うけどな』
その言葉の通り、豹那としては不本意だった。
今一緒にダンスをしている仲間との夢を追いかけ積み重ねていく方が、自分に合ってるし成功するんじゃないかと思っていた。
それは豹那の感じ方でしかなかったが、自分の目で見て確かめないことには分からないことだった。
周りに背中も押され、行ってみるだけの価値はあるかもしれないと、豹那は考えた挙句東京行きを決めた。もし成功したなら後からみんなを引っぱれるかもしれないし、ダメなら戻ってくればいい。それだけのことだと思っていた。
だが心残りもあった。
『あたしはあんたが心配だよ』
『心配しないでよ。あたしだって豹那さんの夢応援したいし邪魔したくないもん。あたしちゃんと毎日連絡するよ』
豹那がスカウトされたのは豹那を合わせて7人組のグループだった。周りは全員年上で少し息苦しい気がした。
まだ中学3年だった豹那だが、彼女のビジュアルは言うまでもなくずば抜けていて、ダンスの評価も高く、まだデビュー前の新人でありながらどこへ行っても必ず1人だけ持ち上げられ、それが他のメンバーは鼻についていた。
服や靴を隠されたり、自分の荷物から物が盗まれるという嫌がらせが毎日当たり前のようになっていき、豹那は当然メンバーと言葉を交わすことはなくなった。
豹那の心は強く、なんならこれ位のことはあるだろうと思っていたので、だから何?とそんなことにはびくともせず相手にもしなかった。
だが、そんな態度が彼女たちに更に火をつけ、それがあまりにも残酷な事件を起こす引き金となってしまった。
『豹那ちゃん、今日空いてる?』
『今日?』
人前以外では話すことがなかったグループのメンバーたちが珍しく豹那に近づいてきた。
『今日みんなで飲み会やろって言ってんだけど。あたしたちさ、1回話した方がいいよねってなって。ほら、もうすぐデビューも近いし、あたしたちも悪い所あったからさ。みんなで豹那ちゃん呼んで仲直りしようってなったの』
豹那からしたら今更いらぬ気遣いではあったが、それでこのグループが丸く収まるなら行かない訳にもいかず、その飲み会に参加した。
まだみんな未成年ということで、メンバーのマンションで開かれることになり、女7人にメンバーの友達の男5人で軽い合コンのように飲み会は始まった。
豹那はその中でも男たちに持ち上げられた。次々にお酒を一気させられ完全に酔わされると次の日起きた時には前日の記憶がなかった。
それから数日後、豹那の元に郵便物が届いた。送り主は書いておらず、中身はどうやらDVDのようだった。はっきり言って気味が悪かったが豹那はDVDを再生した。
映像が始まると少し暗い中での撮影であることが分かり、裸の男たちが1人の女を弄んでいた。なんだ、これは。AVというやつだろうか。誰がこんな物を?豹那は訳も分からないまま映像をしばらく見続けると恐ろしいことに気づいた。
白い足、くびれたウエスト、形のよい大きな胸。その体には見覚えがあった。男たちは代わる代わる女の体を犯し、おぞましい程にむさぼっていた。嬉しそうに舐め回す男もいた。女は何も抵抗することもなく、弄ばれている。
豹那は目を疑った。その女の髪は銀色で美しく、乱れていてもそれが誰だか分かった。
映っていたのは、あろうことか自分だったのだ。
あられもない姿で虚ろな目をした自分が何人もの男と乱れている。信じられるはずかない。映っているのが自分な上に自分もその状況を楽しんでいる。悦びの表情を浮かべ、もっと深い快楽を求め懇願している。恥ずかしげもなく、いやらしく淫らな姿をさらしていた。
これは何?どういうこと?CGとかで作られた嫌がらせ?
あまりの内容に頭は混乱し、突然激しい吐き気に襲われトイレに駆けこむと、胃の中にある物全てを吐き出した。
そんな訳がない。
だが少しずつ自分の脳裏に信じられないような記憶がうっすらとだが1つ1つ甦っていく。
それは豹那にとって悪魔的な儀式でしかなかった。
だが疑問が残る。あの自分の痴態を説明できるものがなかった。薬?何か薬を飲まされた?
いつこんなことが起きてしまったのかは、はっきりしている。あの飲み会の日だ。
だが自分はどうしてあんなに…
ふと自分の腕に目が行った。覚えのない針のあと。注射?まさか何か薬物?
それが引き金となり様々な疑念が浮かび上がってきた。
騙された。最初から仕組まれていた。何杯もの酒。執拗に飲まされた。あれは例えば、眠剤入りだった?油断させられていた。おかしいとは思った。腕の針のあと、注射。おそらくは違法薬物。あの日の男たち、メンバーの女たちも最初からそのつもりだった。あたしだけ知らなかった。あたしだけ踊らされていた。
アタシダケオドラサレテイタ…
蓮華は約束通り、豹那から連絡があろうとなかろうと必ず連絡をよこした。日々の出来事や思ったことなど、まるで恋人にでもつづるようにメッセージを送ってくれた。1人地元を離れた豹那に元気?大丈夫?なんかあったらいつでも連絡してねと毎日のように心配し元気づけた。
豹那は今まで目につけられたり物をどこかにやられても、そんなこと蓮華に一言も言わなかった。心配させたくなかったし、何より負けたくなかったからだ。
誰かに言ったり、自分がそれを気にしていると認めてしまえば、それが負けのような気がした。
だが今回の件は、豹那の強く綺麗な心をズタズタにした。
とても黒い気分だった。
自分への嫌悪感とメンバーと男たちへの殺意で心が黒く塗り潰されていく。
夢に向かって生きてきた自分とその自分が頭のてっぺんから2つに裂けていくのが分かった。
その時豹那の中に悪魔が生まれた。
豹那は次の日もその次の日もダンスのレッスンに通いメンバーたちと顔を合わした。
普通に仲良く接していたので、メンバーたちはまだDVDを視ていないものと思っていたが、豹那はこの間に動き、すでに計画を進めていた。
メンバーたちはある日豹那がDVDを視た時どんな顔をするか楽しみにしているようだったが、そんなことは豹那も分かっていた。
1週間後、豹那はあの時いた男の中の1人と一緒にいた。他のみんなには内緒で会ってほしいと持ちかけると、ノコノコとやってきたのだ。
男からしたら、豹那程の女から誘われるなど断る理由がなく、みんなには内緒でなんて言われると、この美しい少女を独り占めできると思い、まんまと口車に乗っていた。
2人は彼の車でドライブをしながら楽しそうに話していた。だが、この時豹那の復讐は始まっていた。
『君と2人で会えるなんて夢みたいだよ』
『ふふ。だってあなたが忘れられなくて。ねぇ、あの時あたしすごい良かったの。どうしてあんなに気持ちよくなれたの?』
『知りたいの?』
『知りたいし、もう1度味わいたいの。ねぇ、どうして?』
話は豹那の思った通りだった。眠剤入りのお酒を何杯も一気させた後、彼らは違法薬物を豹那に打ちこんだ。
動画の撮影は女たちが担当し、男5人で豹那を「まわした」そうだ。
その他、女たちも違法薬物に手を出していることや、その入手ルートなど、あらゆる情報を聞き出した。
あの飲み会の時、女たちが何を言っていたか、どんな様子で見ていたか、平然を装ってとにかく喋らせた。
『ありがとう。もう十分だよ』
『俺も好きでやったことじゃないんだ。特に君とは個人的に仲良くしたいと思ってたから、連絡もらえてマジで嬉しいよ』
『ふふ、それは残念だ』
軽快に走る車の中、豹那は左手で上の手すりにしっかりつかまり足をダッシュボードに踏んばると、助手席から右手でおもいきりハンドルをきった。
「キキィィィィ!」とタイヤが悲鳴をあげながらスリップし車は色んな所にぶつかりながらガードレールに突っこんだ。
豹那はその瞬間をまばたきもせずに落ち着いて見ていた。男が横で何回も頭をぶつけながら血だらけになっていく様を、声もあげずにただ見ていた。
男は激突の時に頭を強く打ったらしく意識がないようだ。
『それじゃあ、もう仲良くなれそうにないね』
豹那は特に通報もせず車を降りるとそれだけ言い残し歩き始めた。そしてポケットから携帯を取り出すと、今の全ての録音を停止した。
『このデータがあればお前たちは集団強姦罪に問われる。違法薬物の使用も含めると、そうだね、7年ってとこかな?あたしはお前たち全員、絶対に逃がすつもりはないけど、どうする?男も、女も』
数日後、豹那は事故で死んでしまった男以外のあの日いた全員を拉致し選ばせた。
そこには豹那にその計画の為に雇われた半グレの人間と、お金を払って集まった変態と呼ばれる中年の集団がいた。
『あたしはどっちでもいいけど、オジサンたちはお前らと遊びたいみたいだよ。どうする?』
『あんた頭おかしいんじゃないの?こんなことしていいと思ってるの?早く放してよ!』
豹那から合図を受けた半グレの男が文句を言った女をおもいきり殴りつけた。
『もう1度言う?お前たちには2択しかないんだよ。それをわざわざ選ばせてやってるんだから早く選びなよ。どうせあんたたちはもうデビューなんてできないんだから、いっそそっちでデビューしてみたらどう?そっちの世界もあたしはそんなに悪くないと思うよ?』
女たちも男たちも顔を青くし目に涙を浮かべた。手足を縛られ100%逃げることはできない。
『あんたが、サトシくんを殺したの?そうなの?』
『あの男は事故で死んだんだろ?それがなんであたしのせいなの?死んで当然のクズだったじゃないか』
女は目に涙を浮かべながら震えていた。
『許せない…』
『気が合うね。あたしも今、同じこと思ってるよ』
この後、女のメンバーは中年男性のおもちゃにされ、豹那はその1部始終の撮影を楽しんだ。
男たちは半グレ集団の男たちに半殺しにされた後、若い男が好きな中年男性のオモチャにされ、そちらも動画にしておさめられた。その後、ありとあらゆる金融機関からお金を借りさせられた後、更にギリギリまで闇金からも金を借りさせられ全て豹那への慰謝料として没収された。
女たちは、最初中年男性のオモチャにされた時こそシラフだったが、その後は豹那のように違法薬物を過剰に打たれ続け、何日も半グレ集団の便所代わりにさせられた。
男も女も目が死んでいた。おそらく心が死んだのではないだろうか。
豹那は自分が撮られた時のデータを奪うと破壊した。
そうして復讐を終えた豹那だったが、彼女の悲劇はまだ終わっていなかった。
この時豹那はすでに妊娠していた。
それに気づいたのは、それからまた1ヶ月後、いく宛もなく途方に暮れていた時だった。
神様なんてものがいるなら、これはどーゆーことだ。
自分は確かに誉められるような人生を送ってきた訳じゃないが、こんなのはあんまりじゃないか。
とりあえず豹那はすぐに病院に行き診てもらったが、今もう7週で順調だと言う。豹那はその場でどうするということは決められなかった。
悲惨なことにそれが彼女の初体験だった。
生まれて初めてを卑劣な手段で無理矢理奪われ、一晩中この体を愉しまれ好きなだけ中出しされ、それがこの結果だ。
豹那は考えていた。父親は誰か分からない。分かってもどうせあいつらの子。自分をオモチャにして遊んで壊した、そんなあいつらの分身を産むなんて、いくらなんでも考えられなかった。しかも、もしかしたら自分が死なせてしまった男の可能性だってある。
父親が誰なんてどうだっていい。知りたくもない。到底、産んで、育て、愛することなんて、できる訳もない。
でも、じゃあ。じゃあ殺すの?ここまでされて、その役もあたしがやらなきゃいけないの?
『なんでよ…』
豹那には決められなかった。1日1日が過ぎていっても、どちらにも決めることができなかった。自分を突き落とした人間の子だと思っても、どちらも嫌だと思った。
しかし。
日にちが過ぎていくと自分の中に宿った命に情のようなものが芽生えていくことも感じていた。ふとした時にお腹に手を当てたりしている自分もいた。
どちらが正解なのかは分からなかったが、生まれてくるその日まで同じ体で過ごしたら、きっと自分の子として愛してあげられることもなんとなく分かっていた。だから豹那は10週を過ぎても子供をおろすことはしなかった。自分の中でも産んで育てるという意識ができてきた頃でもあった。
母親に話し一先ず家に帰ろう。
そう思った彼女は病院へ行き、産む方向で考えることを伝えにいったが悲劇はまだ終わらなかった。
豹那のお腹の赤ちゃんは死んでしまっていた。
『ストレスが原因かもしれません』
医者はそう言ったが納得はできなかった。
『そんな、いくらなんでもこんな簡単にダメになっちゃうなんて…』
そうは言っても他に原因が見つからない、という感じだった。
自分が打たれた違法薬物や眠剤のせいだろうか。だとしても、何故こんな急に?
何をどう考えても納得などいかず、流れた命は戻ることはなかった。
残ったのは小さな透明なビニールのパックに入れられた、自分の中で人間になろうとしたものの亡骸だった。
この世の不条理を心底呪った。呪わずにはいられなかった。
豹那は地元湘南の海、自分の好きだった海岸で、火葬されほんの少しの燃えカスになってしまった我が子の灰を手に握ると、空に向け風にかざし、それは風になった。
なんだったんだ?
なんだったんだ、自分が生きてきた人生は。今まで生きてきたことに、一体なんの意味があったのだろう。
泣き崩れ、人間になろうとしたものの顔を何度も思い出した。
『蓮華…』
豹那はずっと一緒だった妹の名を読んだ。
無性に会いたくなった。
だが豹那は、もう2度と自分に戻らないことを決めた。
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