第9話 悪修羅嬢

向こうから走ってくるのが東京だったら、なんとしても逃げる方法を探した。最悪自分1人盾になってでも、伴は仲間を逃がそうとしただろう。だが伴は先頭の人間を特定することができた。


紺の特攻服の集団の先頭にたった1人紫の特攻服。なびく長い銀の髪。相手は湘南を中心に活動する1番身近だが1番会いたくないライバルチーム、湘南悪修羅嬢だった。まさか彼女たちがこのタイミングでここに来るとは完全な誤算だった。今日はついてないのかもしれない。そう思いながら伴は覚悟を決めた。


悪修羅嬢たちは10数メートル先に停まった。すると銀髪の女が単車を降りて1人で歩いてこちらに向かってきた。伴と目が合うと人差し指で2回、こっちに来いと合図した。挑発しているのだろうか。それとも何か話でもあるのか。どちらにせよ行かないことには始まらない。相手も1人、仲間は後ろに控えている。伴も単車を降り相手の方へ歩きだした。


『伴!』


『どうするの!?』


『大丈夫よ。待っていて』


夜叉猫のメンバーは心配そうに見守った。


銀髪の女と向かい合う所まで伴が来ると銀髪の女は怪しく笑った。


すると道路の両脇から何かが飛び出してきた。伴はこの爆音の中反応が遅れ、いきなり後ろから手をつかまれたと思ったら両手を後ろで手錠されてしまった。伴は何が起こったのか分からない内に気づいた時には強烈な拳が腹に叩きこまれていた。


『うぅっ!』


完全な不意打ちに息が止まり、ひざから崩れ落ちそうになったが2人の女が伴の髪と腕を持ち倒させなかった。どうやらすでに敵の罠にかかっていたらしい。夜叉猫側が気づいた時にはもう遅かった。


『伴を助けろ!』


すぐさま夜叉猫たちは助けに入ったが「バチバチッ!」という音と青い電気を発するスタンガンを持った女がその間に入り、それをさせなかった。その間に伴は連れていかれてしまった。






その女はとても美しかった。見る者全てを魅了すると言っても過言ではなく、現に1歩外を歩けばすれ違う男たちの目を奪っては虜にした。それは彼女が悪い訳ではなく男たちの勝手で、言うならば天が与えた物だ。しかしその魅力はとても危険で、何人もの男が彼女の為にその身を滅ぼしてきた。


例えば銀行員の男が銀行のお金を不正に引き出し彼女に貢いでいたことがあった。当然男は発覚後逮捕。だが彼女は悪くない。彼女の口からそんなことは頼んでもないし命令した訳でもない。男が自らの意思でやったことなのだ。他にもどこぞの社長やお偉いさん、金になりそうな男や金に物を言わせるタイプの男が何人もその女の魅力の餌食になってきた。おそらくもうすでにお金などいらなくなる程手にしているだろう。彼らは勝手に差し出し最後の1滴まで絞り出される。世の男から見て、そこまでしてでも物にしてみたい女ということなのだ。


彼女は人がそうやって落ちていく様を見るのが好きだった。崩れ落ち、腐り、朽ち果てていく。そんな姿を見下すのが彼女の楽しみだった。顔はまるで妖精のように美しいのに、彼女の中には悪魔が住んでいる。


何より驚くべきはその女の強さだ。阿修羅とは戦闘を好む鬼神と言われているが、彼女の闘うその姿は阿修羅と呼ぶにふさわしく、その信じられないような力で次々に敵をなぎ倒していく。


そして冷酷非道。目的の為に選ばない手段。味方の人間さえ味方と思わない血も涙もない性格。屍の山の上に君臨し、悪魔と修羅の上に立つ女。悪修羅嬢とは正に彼女そのもののことだった。今その標的が夜叉猫の如月伴になっている。数日前から今日のことは計画されていた。そうとも知らず、まんまと罠にはまってしまったのだ。


『ふふ。今日は猫狩りだ。やっと捕まえたよ、如月伴。お前は血祭りにあげてたっぷり可愛がってからあたしが犯してやるって決めてたんだ』


『…緋薙』


その女の名は緋薙豹那。(ひなぎひょうな)悪修羅嬢の初代総長、嬢王豹那と呼ばれる女だった。


『汚い人ね。正々堂々勝負しなさいよ』


伴は手錠されながらも緋薙をにらんだ。


『元気がいいじゃないか。おいお前ら、猫さんと遊んでやんな』


緋薙が言うと伴は5人に囲まれ、抗うことも防ぐこともできずボコボコにされていく。両手を後ろで手錠されているので倒れる時に受け身すら取ることができず、おもいきり地面に叩きつけられる。そしてまたすぐ髪をひっぱられて無理矢理起こされ、休む間もなく暴行を受けた。伴は引きずられボロボロになりながらも緋薙から目を放さなかった。その少しも恐れを見せない伴の態度に緋薙はイラつき始めたが、遠い目をしてニヤつくと伴を刺激した。


『あれ?まだお前は自分の置かれてる状況に気づいてないのかい?これからお前をエサに夜叉猫を1匹ずつ葬っていくんだ。その意味が分かるかい?こうやってお前みたいに1人ずつ拉致って薬漬けにして売っちまうってことさ。さぁ、夜叉猫全員でいくらになるかねぇ』


『なんですって!!』


伴は怒りに顔を険しくさせたが、その卑劣さに涙がこみ上げそうになった。


『そうそう。その面だよ。心配しなくてもお前もたっぷり可愛がってあげるよ。ふふ』


急に激しい痛みとショックに襲われた。電気、どうやらスタンガンを使われたらしい。伴は意識がそのまま遠くなり気絶してしまった。


『そいつをウチに運びな。後は全員で奴らを全滅させろ』


緋薙は伴を乗せた車に乗りこみ、2人の女と一緒に行ってしまった。





先頭を目指して玲璃と蘭菜を探していた愛羽と麗桜は、2人がいないことも知らず結局見つけることができないまま1番先頭にたどり着いてしまった。すでに先頭では夜叉猫と悪修羅嬢の乱闘が繰り広げられていた。この間のケンカの何倍もの抗争が道路全体を使って行われている。数にしておよそ100対100。勢力的にはほぼ互角の戦いに見える。


『まさか玲璃たちもこん中に混じっちまってるのか?全然見当たんねーなー』


『それに如月先輩もいないみたいだけど…』


愛羽はとにかく近くの夜叉猫のメンバーに声をかけた。


『すいません!ウチのもう2人の子たち見てないですか!?』


『ごめん、今それどころじゃないんだ』


『何か…あったんですか?』


『伴が、拉致られたんだよ』


『え!?拉致!?』


まさか玲璃と蘭菜も?愛羽は嫌な汗をかいた。


『どーゆーことですか?どこ連れてかれちゃったんですか?まさかウチの2人も?』


『いや、連れてかれたのは伴だけ。場所なんて分からないよ。だから悪修羅嬢の奴引っぱり回して吐かせようとしてんだけど、どいつもこいつも口割らないんだ。早く助けに行かないと伴がヤバい…』


2人はとりあえず今の事態を理解したが、予想を遥かに上回る事件にどうするべきか考えてもすぐに浮かんでこなかった。


次の言葉が出てこないまま愛羽がふと敵陣の方に目をやると、少し離れた後方に女が3人いるのが見えた。愛羽は迷わずそこを目指して走っていった。


(判断早っ!)


麗桜は思ったが、おそらく愛羽の中では判断より早かった。思うよりも先に体が動いていた。そのまま堂々と真っ正面に向かっていくと飛んだ。この前と一緒。得意の飛び蹴りだ。相手は全速力で飛びかかってきた小さな少女におもいっきり飛び蹴りされ、後ろにふっ飛んでいった。すると愛羽はすかさず馬乗りになって殴りつけた。


『ねぇ!如月先輩をどこにやったの!?』


顔を地面に押さえつけ続けて拳を叩きこむ。


『な、なんだてめぇは!』


愛羽が1人に的を絞って場所を聞き出そうとすると、後の2人が必死に仲間から引き剥がそうとしたが愛羽はそこをどかなかった。


『おい、そっちの2人。俺が相手だ』


出遅れた麗桜が加勢に入る。


『ねぇ!聞いてんの!?如月先輩どこ行ったのか早く答えてよ!』


愛羽は喋りながら次々にパンチをお見舞いした。相手は必死に顔をかばい、なかなか口を割らない。


『知らない…知らねぇよ』


一刻を争う事態に愛羽はさすがに頭に血が昇っていたがなんとかこらえ考えた。


『…あぁ。そういえばこの前あんたたちみたいなのがおもしろいことしてたっけ』


すぐそこの道路脇からブロックを1つ持ってくると続けて言った。


『言わないならこれをあんたの顔面に叩きつけてやるから』


愛羽の目は完全に据わっていた。そしてまだ横たわり青い顔でこっちを見る相手にブロックの角を見せつけた。


『いい?よく見て。この尖ってる所をあんたの顔におもいっきり叩きつけるからね。言いたくなかったらどうぞお好きに。あんたがダメなら次、次がダメならその次に聞くから。もう1回だけチャンスだよ。如月先輩をどこへやったの?』


相手の女は息を飲んだ。


『あっそ、もういい』


愛羽は勢いよくブロックを振りかぶり一気に女の顔めがけて振り下ろした。


『うわぁー!!分かった言う言う言う!!』


愛羽は寸前の所でブロックを止めた。


『ひ、緋薙さんのマンションだよ』


女はガタガタしながら言った。


『場所は!!』


『茅ヶ崎の、国1沿いのクイーンズマンション…』


愛羽はブロックを道路脇に放り投げた。


『麗桜ちゃん!』


『あぁ、こっちは片付いたぜ』


『早く行かなきゃ!』


愛羽と麗桜は急いで緋薙豹那のマンションを目指した。





『ふー。危ねー危ねー。漏れるとこだった~。蘭菜~、終わったかー?』


2人は尿意に襲われトイレを探したが、すぐに見つけることができず玲璃が限界を迎え、野ションをする為一端ひと気のない路地に入り用を足した所だった。


暗がりから悲しそうな顔をして蘭菜が出てきた。


『終わったわ…信じられない。この歳でこんなことするなんて。最低…』


あんなに不良になると言っていたお嬢様も、この行為にはプライドが傷ついたのだろう。


『まぁそう言うなよ。2人共ビショビショになるよりいいだろ?さぁ、さっさと追っかけて合流しようぜ』


『みんなどこ行ったのかな。あなた道分かるの?』


『いや知らねぇよ。お前なんか聞いてねぇのか?』


『聞いてる訳ないじゃない』


『…』


『…』


2人共どこを通るかというルートは聞いていない。


『どーすんだよ』『どーするのよ』


もちろん玲璃は何も考えていなかった。


『とりあえず電話だな』


『それが愛羽も麗桜も出ないのよねー』


愛羽と麗桜は同じ頃乱闘に巻きこまれていて電話どころではなかった。


『い!?マジかよ、あいつらぁ。しょうがねぇなー…あっ!分かった!あの人に電話しよう』


『誰よ』


『如月さんだよ。いつでも電話に出れるようにしとくって言ってたろ?』


玲璃は携帯を取り出すと伴に電話をかけた。





フローリングの部屋。リビング?目を覚ますと伴はそこがどこだか分からず、何があったのかを思い出すのに数秒かかった。


綺麗な部屋だ。窓際に百合の花が飾ってあり、外の景色を見るにどうやらマンションの一室らしき部屋であることが分かる。


手足に手錠がかけられていて身動きするのも一苦労だ。口もガムテープでふさがれている。やっとの思いで体を起こすとドアが開き緋薙が入ってきた。


『ふふ、起きたのかい?さぁたっぷり楽しもうじゃないか』


緋薙は注射器を取り出し伴に近づいてきた。


『お前、こういうのは初めてかい?心配しなくて大丈夫さ。すぐに天国と地獄が見えるよ』


なんということだろう。まさか自分がさらわれるなんて。伴は油断した自分に怒りを通り越し呆れていた。だが自分のせいで誰かがさらわれ同じ目に合うことを考えれば自分でよかったと思えた。


最後の最後まで抵抗してやる。伴がそれを強く決心した時、胸のポケットで携帯が震え着信音が鳴り始めた。仲間たちが電話をかけてくれている?あの後あの場はどうなったのだろう。まともにやり合って負けてしまう夜叉猫でもないが、自分をエサに卑怯な手を使われていたらと思うと不安になった。電話はしつこく鳴り続けている。


『うるさいねぇ。これからいい所だって言うのに。ふっふ。お前んとこの仲間は友達思いだねぇ。どれ、1発悲鳴でも聞かせてみるかい?』


緋薙は伴から携帯をぶん取ると電話に出た。


『あっ!如月さーん!今どこっすか!?あたしら今はぐれちゃってて合流したいんですけど…って、あれ!?ずいぶん静かだな。ひょっとしてもう終わっちゃってます!?』


電話の相手は玲璃だった。玲璃は伴が拉致されているなど知らず、まだ集会中で単車の上にいると思い、かなり声を張り上げて喋っている。緋薙は耳から拳1つ分離して聞いていた。当然伴にもその声は聞こえている。


(あの声は玲璃ちゃんだわ。どうしよう…)


『あれ?もっしもーし!如月さん!?聞こえてますかー!?あれ?おっかしーなぁ…』


伴はどうすることもできないが、とりあえず必死にうめき声をあげた。すかさず緋薙は伴を蹴り飛ばし、それをやめさせたが電話の向こうには何やらおかしな空気であることがよく伝わった。


『…おい。お前如月さんじゃねぇのか?誰だてめぇ』


緋薙は仕方なく通話を切ると電源を落とした。


『ふふふ。無駄なあがきを。助かるかも、なんて思ったのかい?残念だったね。さぁ、おしおきだ。ん?』


緋薙は音に気づいた。1台、4発の音だ。かなり飛ばして走る音がすぐそこまで来ている。


『…誰だ?』


伴も同じく気づいた。そして彼女が聞き違うはずがない。


(この音…まさか…)


やがてその音はこの建物の下で止まった。緋薙はバルコニーから下を見ると姿を確認した。


『ふふ。よかったじゃないか如月。早速お友達が死にに来たよ。』


緋薙は顔を歪ませ笑っていた。





愛羽と麗桜は国道1号線をかっとばしていた。


『愛羽!あれだ!』


麗桜が後部から指を差した。茅ヶ崎、国1、クイーンズマンションで検索すると場所はすぐに出てきた。ここで間違いないようだ。単車を停めると2人は入り口の前に立った。


『麗桜ちゃん』


『ん?』


『あたし急いでて部屋まで聞くの忘れちゃった。どうしよう…』


麗桜は建物を見上げた。


『いや、愛羽。この時間だ。電気のついてる所も少ない。3階のあそこに4階のあそこ。あと1番上のあの部屋だけだ。この中のどれかで間違いないだろ』


『麗桜ちゃんカッコいー!刑事さんみたい!』


『俺が1番上行くから愛羽3階行って、違ったら4階に向かってくれ。俺も違ったらすぐ下りてくる。もしなんかあったら叫んで知らせてくれ』


『分かった!』


2人は二手に別れた。麗桜はエレベーターを使い愛羽は走って階段を駆け上がっていった。3階の目当ての部屋の前に着くと愛羽は中の様子を窺った。だが窓は開いておらず中からは物音も聞こえない。


『あれ?』


ふと表札に目がいくと木村と書いてあった。


『名前なんだっけ?ひ、ひ、ひなぎって言ってたような…』


急いでいて肝心なことに目が止まらなかった。1階のポストで名前を確認すればよかったのだ。愛羽はダッシュで1階のポストに向かった。


『4階は…』


どういう字か分からないが「ひなぎ」と読めそうな名前はなさそうだ。


『じゃあ、1番上は…』


最上階の段を左から指を差していくと気になる字が現れた。


1201室 緋薙


『これだ!』


愛羽は急いでエレベーターに向かった。





麗桜は最上階でエレベーターを降りると明かりのついていた部屋の方へと向かった。敵は何人いるか分からない。1歩ずつ音をたてないように進むと、部屋まであと何歩かの所まで来て足が止まった。目的の部屋のドアが堂々と開け放たれている。それなら小細工なしで一気に突入できるがどうする?愛羽を待つか?それとも今行くか?麗桜が数秒迷っていると後ろから気配を感じた。それが一瞬早かったのでなんとかかわすことができたが少しかすってしまい激しい電撃に襲われた。スタンガンだ。


『おい、マジか…』


ジョーダンじゃない。そんな物の存在は予想もしていなかったので、さすがの麗桜も肝を冷やし3歩下がり距離をとった。最悪だ。こっちは丸腰だ。だが麗桜はとっさに履いていた靴を手に被せ、いつも通りに構えた。この狭い廊下だ。横の動きはない。こんな靴で防ぎきれるとは思えなかったがやるしかない。


(叩き落とせれば、なんとかなる)


相手はバチバチッと音をさせながら威嚇してくる。間合を詰め合い、互いに相手の出方を窺っている。


(向こうが踏み出してきた時にかわして一気に叩き落とす!)


そう思った刹那、バチバチッという音と同時に相手の手が伸びてきた。麗桜はギリギリそれをかわし、狙い通りその手を力一杯はたいた。相手の手からスタンガンが落ち、麗桜はその一瞬で渾身のパンチを連続で打ちこんでいった。たまらず相手はうずくまり、麗桜は念の為スタンガンを下に叩きつけ壊しておいた。


脅威を排除し一先ず肩の力が抜けるはずが、次の瞬間後ろから袋のような物を頭から被せられた。


(しまった!)


かと思えばおそらく木刀か何かでひっぱたかれた。


『うっ!』


押し倒され何も見えないまま何度も踏みつけられ、麗桜は体をかばうがされるがままだった。


敵は1人じゃなかった。そして自分たちに気づいていた。うかつだった。やはり愛羽を待つべきだったと麗桜は自分の判断を悔やんだ。


『くそっ、手間かけさせやがって。こいつもとりあえず中で手錠しとかねぇと…』


後から現れた方の女の声らしい。麗桜は引きずられながら部屋の中へ連れこまれた。


『あれぇー?手錠はもうねーんだっけ?』


麗桜はまだ体に力が入らない。なんとか力を振り絞って被せられた袋を外した。だがそれが精一杯だった。


(最悪だ。これじゃあじきに愛羽もやられちまう。くそ…どうにかしねぇと)


なんとか体が動けば。麗桜がそう思った時、インターホンが鳴った。手錠を探していた女は一旦手を止めた。


『あ?おい、いつまでもへばってないで早くこいつ拘束するの手伝ってよ』


女は麗桜にやられた方の女がインターホンを鳴らしたものと思っている。だが鳴ったきり誰も入ってくる気配はない。


『なんだよ…ふざけてんの?』


外にも声は聞こえてるはずだ。するとドアが少し開いた。だが中に入ってくる様子はない。


『何やってんだよ。そんなに痛いの?』


女が玄関まで行きドアを空けようとすると、ドアの隙間から手が飛び出てきて手をつかまれた。そしてグイッと手を引っぱられたかと思うと勢いよくドアが閉まってきた。


『ぎゃっ!』


女は手を挟まれ思わず声をあげたが、そのまま外に引っぱり出されるとひざ蹴りのラッシュで最後におもいきり殴り飛ばされた。廊下の向こう側で、もう1人の女が鼻血を出しながらしゃがみこんでいるのが見えた。そして目の前には、こちらに向かって助走をつけて走ってくる背の小さな少女がいた。




愛羽は相手を全速力で蹴っ飛ばして、しばらく立ってこなさそうなのを確認すると一気に突入した。まず入ってすぐの所で麗桜を発見した。だいぶやられたようだ。頭から血を流している。意識はあるようなので安心したが愛羽は駆けよった。


『麗桜ちゃん!』


『愛羽…わりぃ。俺より早く…先輩を…』


彼女のことも心配だが愛羽は言われた通り奥に向かった。


リビングのドアを開くと伴が両手足に手錠され口もテープでふさがれ倒れていた。ケガはしているようだが伴も意識はあるようで愛羽と目が合うと驚きの表情を見せた。


『如月先輩!大丈夫ですか!?』


すると伴はうーうーとうめき何かを伝えようとした。愛羽が何事か分からず部屋に踏みこむと横から何かが物凄い勢いで飛んできた。


『っ!?』


イメージ的には、野球の球程の隕石。愛羽はそう感じていた。しかし正確には横から何者かに殴り飛ばされていた。その拳のあまりの重さに一瞬目の前が真っ白になり意識が飛びかけた。愛羽は今その言葉通り殴り飛ばされた。


飛んだのだ。まるで車に突っこまれたかのように。


愛羽はなんとか立ち上がるも、今まで感じたことのない危険を感じていた。


『へぇ。今のをくらって立ってこれるなんて、すごいじゃないか。チビのくせに…で、何の用だい?お嬢ちゃん』


『如月先輩を放して!』


愛羽は構え言ったが次の瞬間、今度は腹にまた重い拳を叩きこまれ顔面に鋭い蹴りをくらいそのまま蹴り倒された。それも軽々と引っくり返すように。


(この人…相当強い)


強いなんてものではない。愛羽は改めてその女の姿を見た。


銀色の長いしなやかな髪に白い肌。そしてその美しい顔が嘘のように強い。とても綺麗な顔をしているのにまるで化物のようだ。これでは伴を助けたいがなかなかそうはさせてくれそうにない。


『ほら、どうしたんだい?かかっておいでよ。助けに来たんだろう?如月先輩をさ。ふふ』


緋薙の強烈で重たい攻撃が愛羽を襲う。愛羽はなんとかガードするもそれすらダメージで、攻撃を受ける度にふっ飛ばされていった。伴は涙を流しながらうーうーとうめいている。とても見ていられる状況ではない。まさか自分のせいで愛羽をこんな目に合わせることになってしまうとは。怒り、悲しみ、色々な感情で頭が変になりそうだった。愛羽はどんどん部屋の隅へ追いつめられ狙い撃ち状態にある。緋薙の一撃一撃が致命傷で愛羽はどうすることもできずにいる。


(まずい…ちょっと勝てないかも…)


この女を倒す方法が今の愛羽には見つからない。じゃあそれを無理として、どうすればこの状況を切り抜けられるだろう。考えても愛羽には何も浮かばなかった。


だが緋薙がまた拳を振りかぶると、その後ろから誰かが緋薙に飛びかかった。相変わらずいい所で登場してくれる。危機一髪の所で玲璃が助けに入った。


『玲ちゃん!』


『愛羽!行け!如月さん連れて逃げろ!』


すると蘭菜と麗桜が伴の手錠を外していた。外の2人からカギを取り上げてきたのだ。


『このガキ共ぉ!』


緋薙はすさまじい形相を見せると、玲璃のことなどまるでぬいぐるみでも相手にするかのように引きずり回し、怒り任せに殴りつけた。玲璃も闘牛に突進されたかのようにぶっ飛ばされると、1発でこの緋薙豹那の異常な強さに気づいたらしく驚きの顔を見せた。しかし玲璃は立ち上がるとまた向かっていった。


『てめぇ、よくも愛羽にまでやってくれたな!』


玲璃も渾身の力を込めて殴りかかった。おもいきり顔面にヒットさせたがあまり効いている様子がなく、顔面にヒットしたというより顔で受け止められてしまっている。そしてそのまま緋薙は妖しく笑った。


『いい度胸だ、ガキ。お前には最後の言葉も喋らせないよ』


「ズダン!」


そうはっきりと聞こえた程玲璃はまともに殴り返された。額のど真ん中にくらったせいか頭がボーッとしている。続いて緋薙の踊るような反撃に玲璃もほんの数発でひざを着かされてしまった。


尚も玲璃に襲いかかる緋薙を今度は横から伴が止めた。体につかみかかると背負い投げ床に叩きつけた。


『みんなありがとう。後は私が残るから逃げてちょうだい』


『そんな!如月先輩も一緒に戻りましょうよ!』


愛羽たちは伴の言う通りには動かなかった。そうしてる間に緋薙が立ち上がってきた。


『おいポニーテール。それから金髪のガキ。名前位聞いておこう』


『…暁愛羽』


『八洲玲璃だ!』


すると緋薙は遠い目をしてうっすらと笑った。


『ふふふ、くだらない友達ごっこなんかしやがって。本当に目障りだよ、如月ぃ!』


緋薙は大振りのパンチを伴に向かって繰り出した。しかし伴は両手を構えその拳を受け止めた。その勢いに押されはするも、愛羽も玲璃も軽々と殴り飛ばされたその拳を真っ正面から受け止めたことに愛羽たちがまず驚いていた。そのまま数秒の間、2人は目を反らさずにいた。


『いいだろう如月。今日はこれで見逃してやるよ。でもいいね?お前らこのあたしに刃向かったこと忘れるんじゃないよ?次は生きて帰してもらえると思うな。次がお前たちの最後だ。楽しみにしてるよ。お前らが朽ち果てて泣き入れる姿をね』


緋薙は鬼の用な顔でそう言うと、タバコに火をつけくわえたまま煙を吐いた。その目を閉じることなく愛羽たちをずっと見ていて、今にも襲いかかってきそうな彼女を警戒しながら、みんな1歩ずつ後ずさり最後まで気が抜けないまま出ていった。伴は最後、緋薙に言った。


『緋薙。私あなたに話があるのだけど』


『消えな。あたしは話なんてない』


『…』


そう言うだろうと思っていた。伴は部屋を出ていった。




マンションを出ると伴はその場でみんなに頭を下げた。


『みんな、ごめんなさい。私のせいで危険な目に合わせてしまって…』


伴は顔を上げなかった。上げれなかった。自分のせいでチームのみんなに迷惑をかけ、後輩たちにケガをさせてしまった。彼女の中ではこれ以上ない失態だ。


『如月さんのせいじゃないっすよ。あの銀髪女が狂ってて卑怯なことすんからだ』


『それが分かっていながら止められなかったんじゃ言い訳できないわ。まだみんな帰ってこれたからよかったけど、もしそうじゃなかったら私、死んでも死にきれなかったわ』


伴は目で見えるよりもずっと責任を感じているらしかった。


愛羽も玲璃も緋薙にやられたダメージが痛んだ。今までケンカした相手の中でもダントツの強さだった。伴を励ます為に笑っていたが、その笑顔の裏で愛羽は思っていた。あんな化物みたいな奴がもっといるのだろうか。今日のように平気で人をさらってみたり、暴走族の世界の恐ろしさを改めて思い知った。


そして何よりも…



夜叉猫も悪修羅嬢も決して小さいチームではない。伴がそこまで恐れる東京のチームとは一体どんな集団なのだろう。間違ってそんなチームとぶつかってしまったら、自分は大切な仲間をちゃんと守れるだろうか。そんなことを思うと少し不安になってしまった。


夜叉猫のメンバーとはすぐに連絡がついた。結局あの後警察が駆けつけてきたので、乱闘は中断し夜叉猫は夜叉猫で固まって逃げ、ずっと伴に連絡しながらどうするか悩んでいた所だったらしく、すぐに合流し小田原へと帰り始めた。


『愛羽、すごかったな!俺ドキドキしちゃったよ』


帰り道の途中で麗桜が後ろから言った。


『だって映画のワンシーンみたいだったぜ?俺、やられて動けなくてさ。そしたらお前ピンポン鳴らしてドア開けたろ?相手の手ぇドアに挟んで外引っぱり出した時なんてマジでアクション俳優みたいだったよ。ちょっとカッコよすぎてしびれちゃったよ。さすが俺たちの総長だな!』


愛羽の頭をなでると麗桜はいつもの愛羽のように笑ってみせた。愛羽は今日のことを不安に思ってはいたが、それでも自分はこの人たちを守りたいし一緒にいたいと強く思った。


初めてにしては色々ありすぎてしまったが愛羽たちの集会デビューはこうして終わったのだった。



日曜日。目が覚めると目の前に玲璃が寝ていた。集会が終わって解散した後、蘭菜と麗桜を送り最後に玲璃を送るつもりが、あぁそうだ。そのままウチで寝たんだっけ。と愛羽は思い出し、玲璃の腕に抱かれるような形を自分で作るとまた眠るのだった。

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