第10話 清純派純情系

そして月曜の朝。昨日は結局疲れてずっと寝てしまっていたので、今日はそのせいで目覚めが早かった。


朝からゆっくりシャワーを浴び、その後4人分の弁当を作ると、それでも時間が余ってしまい、少し早いが仕方ないので玲璃のお迎えに行くことにした。玲璃の家に着くと、そこで信じられないことが起きた。なんとあの玲璃がもう外で愛犬のファミに朝ごはんをあげていた。


『えっ!……奇跡だ』


『うるせーよ!』


『おっはよー!玲ちゃーん!ファミー!』


恒例の朝の儀式をいつもより少し長く行うと学校に向かっていった。いい朝だ。今日はいい日になりそうな予感がした。


そしていつも通り学校に着くと、ここでもっと大きな事件が待っていた。下駄箱で靴を履き替えようとすると、愛羽の下駄箱の中に1通の手紙が入っている。


『え?』


彼女にとって、それは生まれて初めてのことだった。


水色の封筒には「暁愛羽さんへ」と書いてある。


(何これ!!)


愛羽はビックリしてとりあえずその手紙を鞄の中に押しこんだ。


『なんだ愛羽。どーした?』


玲璃が様子のおかしい愛羽に気づいて近づいてきた。


『べ、別に何もないよ!』


『はあ?なら早く行こうぜ』


完全に怪しい愛羽だったが玲璃は特に気にせず教室へ向かった。愛羽は教室の前にまずトイレに駆けこむと、さっきの手紙を取り出した。封筒に送り主は書いていないが中身はやはり手紙のようだ。


(こ、これって、もしかして…らぶれたぁってやつ?)


愛羽は一気に心拍数が上昇し、顔がインフルエンザにかかった時のように熱くなってきた。顔が真っ赤でリンゴのようだ。


まず息をスーハースーハーした。だがまるで深呼吸ができていない。続いて手で顔をあおぎ熱を冷まし自分を落ち着かせようとするが胸のドキドキは止まらなかった。


愛羽は覚悟を決めると手紙を詠みはじめた。


「暁愛羽さんへ

初めまして。僕は鞘真風雅(さやまふうが)と言います。

突然ですが愛羽さん。僕は今まで君のような女の子に出会ったことがありません。

愛羽さんと僕では住んでいる世界が違くて、僕なんて君の目に止まる訳もないのに、この気持ちを抑えられず、今こうして手紙なんて書いてしまっています。

愛羽さん。あなたは花に例えたら夏に咲く向日葵のようです。見る人全てを笑顔にしてくれたり、明るい気持ちにさせてくれそうなその笑顔には、正直一目惚れしてしまいました。

単刀直入に言います。暁愛羽さん。僕は君を守りたい。僕ならどんな時だって君を守ってあげられる。

あぁ、早く君と1つになって風を感じたい」


手紙はそこで終わっていた。


どこか漠然としているが愛羽は読み終えるとボーッとしていた。


『…』


しかしその頭の中は完全に暴走していた。


(来た!ヤバい、どうしよう。ついに来た、あたしにも王子様。あ~、恥ずかしい。1つになって風を感じたい?風を?それ何?どーゆーこと?もしかしてちょっと刺激強いんじゃない?暁愛羽15歳。まだまだ清純派純情系なんですけど!?どーしよー!でも、最近は早いって聞くらしいし別におかしいことじゃないのかな?ダメダメ!ヤバいヤバい、玲ちゃんに怒られちゃう!)


愛羽が妄想に浸っていると玲璃さんの声が聞こえてきた。


『愛羽ー!愛羽ー?どこ行ったー?』


冷めやらぬ興奮をなんとか抑えトイレから出ていった。


『ごめん玲ちゃん。トイレだよー』


『ったく、長ぇーんだよオメーは』


そんな風にして始まったその日、愛羽は落ち着きがなかった。休み時間の度に下駄箱まで走っていき手紙が入っていないか確認したり、そうかと思えばわざとらしく廊下を行ったり来たりしながらキョロキョロしてみたりと、だいぶ重症のご様子だった。


『おい。なんか今日お前変だぞ。なんかあったか?』


『全っ然?べっつにぃ?玲ちゃん何言ってんのぉ?』


嘘が下手すぎだった。


昼に4人で一緒にお弁当を食べている時も


『あたしってお花に例えたらなんだと思う?なんて言われると思う』


なんて、デレデレした顔で言い出したので、さすがに3人も愛羽の異変を確信した。


(こいつ今日やっぱり変だよな?)


(えぇ。ちょっとおかしなキノコでも食べちゃったんじゃない?)


(まだ酒残ってんじゃね?あ、それかあの化物女に殴られて変になっちまったのかな?)


3人は真剣に心配してくれているが、このお嬢ちゃんは浮かれているだけだ。結局そんな調子で今日は終わってしまった。


下校の時間。愛羽はドキドキしながら下駄箱に向かった。すると4つ折りにされたメモ用紙が入っていた。もちろんすぐに目を通す。


「今日の夜、よかったら電話ください。会えたら嬉しいです。風雅」


文の最後に携帯の番号が書いてある。清純派純情系の少女はノックアウト寸前だった。倒れそうなのをこらえ、なんとかみんなの方へ向かった。


『じゃあ愛羽、あたしたち今日このまま単車見に行ってくんから』


『え?何それ。あたしなんも聞いてないんだけど』


『はぁ!?何言ってんだよ。今日その話しかしてねーべよ。3人共単車決まって、店に電話したらあるって言うから帰りに見に行くって、ずっと言ってただろ!?』


『そ、そうだっけ?ごめん。あはは、あたし疲れてるのかな?』


浮かれていただけだ。


『そのようだな。今日1日様子も変だったし、帰ってゆっくりしてたらいいんじゃねーか?あたしらも今日は見に行くだけだしよ』


『あ、ありがとう』


自分、今日そんなに変だったのか?と少し反省しながら3人に手を振ると愛羽は1人家に帰っていった。


『今日の夜って何時に電話すればいいんだろう。時間は書いてなかったもんね。もう、男の人って勝手なんだから』


知った風なことをほざいているが清純派は家に着いてからも、ずっとそわそわしていた。


『会うんでしょ?会っちゃうんだよね?どうしよう、とりあえず準備しなきゃ。準備?なんの?下着?下着!?えっ?もしかしてウチ1人だから泊まってもオッケーだよ的な?え?あたし何言ってんの?超恥ずかしいんですけど!』


もはや彼女を落ち着かせる術はなかった。

『お化粧しなくて大丈夫かなぁ。あーん、こんなことなら蘭ちゃんにお化粧のやり方聞いとくんだった~』

そんなこんな部屋を行ったり来たりしてる内に結局もう7時だ。愛羽は携帯を手に取ると、とりあえず番号を確認し入力した。


『ヤバい!超ドキドキする!』


通話を押してすぐに切り、とりあえずリダイヤルに残そう。愛羽は通話を押した。


『ひくしゅん!』


もはやコントだ。そのタイミングでくしゃみをしてしまい切るのが一瞬遅れてしまった。


『最悪!まさか、かかってないよね!?』


冷や汗をかくと着信音が鳴り始めた。やはり着信履歴に残ってしまったのだろう。相手の番号から電話がかかってきてしまった。


『っ!?うそ!まだ心の準備が!』


だがこうなってはもう覚悟を決めるしかない。


『あ、は、はい。もしもし』


少しの間が空いた。


『…あっ、もしかして暁さんですか?』


『ははは、はい!』


相手の声の感じは好印象だ。愛羽は緊張のあまり声が裏返ってしまった。


『本当に暁さん!?うわぁ、信じられない。電話くれたんだね。ありがとう』


『あ、い、いえ、こちらこそあたしなんかに手紙くれて、あ、あり、ありがとうございました!』


『暁さん家どこかな!?』


『酒匂ですぅー。家はセブンの近くですぅー』


『酒匂のセブンね。よかったら今から行ってもいいかい!?』


『え!?え!?今からですか!?はい!分かりました!』


『じゃあセブンで!』


電話はそこで切れてしまった。愛羽は本当に男と付き合ったことがない。男の人を好きになったことすらない。玲璃が事実上彼氏的な存在ということもあり男に対して全くと言っていい程免疫がない。その彼女が今一皮剥けようとしている。


愛羽は何歩か進んでは止まったりウロウロしたりしながら待ち合わせのセブンに向かった。セブンに着いたはいいが愛羽は全く相手の顔を知らない。だから本当にいきなり目の前に現れて声をかけられるということなのだ。なんというロマンチックな出会いだろう。


ドキドキしながらやがて現れるであろう白馬の王子様を待っていたが、ここへ来て大変なことに気づいた。


夢のような展開に勝手に妄想をふくらませているが、必ずしも白馬の王子様とは限らない。理想から程遠い人物や変な人の可能性だってある。少し離れた所から様子を見る?いやいや、いくらなんでもそんなの失礼だ!ちゃんと待ってなきゃ!頭の中がまるで洗濯機のように右右、左左と回っている。こうなるとコンビニに入ってくる全ての人物を警戒してしまう。だが間もなく1台の単車がセブンの駐車場に入ってきた。


スズキのGSX400E刀という単車だった。族車のような改造はされていないがとても綺麗だった。フルフェイスヘルメットを被っていて顔はよく見えないがその人物は愛羽を見て手を振った。


(この人だ!)


彼女のドキドキは今最高潮に達した。心臓が爆音でコールをきっている。その最中彼がフルフェイスを外した。


『っ!?』


脈拍がレッドゾーンを超えオーバーヒートしそうだった。愛羽の好みであるかないかは自分でも分からかったが、とても整った顔をしている。髪色は緑で、いい長さの短髪だった。緑色というのは珍しいし難しい色だと思ったが、彼にはちゃんと似合っていると感じた。それを右から左へ流すように自然な感じでセットしていて「爽やか系のイケメン」だと思ってしまった。


愛羽は固まっていた。石と化してしまっている。石となりひたすらその人物をガン見していた。


『待たせてごめんね』


そう言って微笑んだその人物を見て、愛羽の中で何かが砕け散り、その中から一文字の漢字が現れた。それは「恋」だった。今、少女の中でそれが始まろうとしていた。


『鞘真風雅です。初めまして』


『あ、暁愛羽です。こちらこそ、初めまして』


『何か飲もうか。何がいい?買ってくるよ』


『え!?あ、あたし買いますよ』


『遠慮しないで。普段何飲んでるんだい?』


『あ、ミルクティーとか』


『温かい方がいいかい?』


『ま、任せます』


『分かった』


鞘真風雅が飲み物を買いに行く姿を愛羽は目でずっと追っていた。


『熱いかもしれない。気をつけてね』


なんということだろうか。同じ高校にこんなにイケメンで優しくて礼儀正しい人がいるなんて、しかもその人が自分にらぶれたあをくれて今こうして会ってるなんて。愛羽は天にも昇る気分だった。


2人は歩いて近くの公園まで来るとベンチに座った。


『いつも君のことを見ていたよ』


鞘真はすぐに喋り始めた。今、この体1つ分の距離が愛羽に様々な妄想を暴走させる中、愛羽のハートには勢いよく矢が刺さっていった。


『学校で君のいる所はいつも光が降り注いでいて、君の笑顔は誰よりも魅力的で、だから君の周りには人が集まって。僕にはそんな風に見えていた。でも単車に乗っている時の君はまた別人で、この前7組の彼女を守っていたあの姿も、あの中の誰よりも輝いていた。僕は君を知れば知る程君に惹かれていく』


愛羽は何よりも恥ずかしくて顔を見れなかった。が、いきなり肩を両手でつかまれ向き直させられた。


(え!?ちょっとちょっとちょっとちょっと!そんなにいきなり!?いきなりゴールにワープしちゃう感じ!?)


『暁さん。いや、愛羽さん!』


『はいっ!』


『僕は君を守りたいんだ!』


愛羽のハートは今もう矢の刺さる所がない位射貫かれきっていた。


(何?あたし告白されちゃうの?それともこのままチューとかされちゃうの?あぁ。もう、好きにして。あなたのお気に召すように…)


『…だから僕を、チームに入れてくれないか?』


完全にキスのくだりだと思っていた愛羽は目を閉じていたが、今の言葉に疑問を感じると目を開けた。


『……へ?今なんて?』


『僕を君のチームに入れてほしいんだ。』


それでも愛羽は何を言われているのかまだ分からなかった。


『君の作る暴走族に是非僕を入れてほしい。今日はその為に来たんだ』


『…えっとー。でも一応あたしたちのチームは、その、レディースって言って、だからその、男の人は、どうかなー、なんて…』


『女だよ』


愛羽は、「この人何言ってるんだろう」と思っていたのだが、少しずつ目を凝らして目の前の人物を見ていった。


『僕は女だよ。正真正銘』


愛羽は信じられなかった。おそらく脳がそれを拒否したのだ。しかし言われてから改めて見直すと確かに鞘真風雅は女だった。清純派純情系は意味が分からずにいた。


『え?嘘でしょ?ちょっと触ってもいいですか?』


愛羽は鞘真の体を触っていった。ジャンパーを着ていて、はたから見ただけでは分からなかったが、驚いたことに本当に胸があった。おそらくきつめに押さえているらしく、見た目では分かりにくいが確かにそれはあった。


(しかも…何気に…大っきい)


軽くパニック状態になりながらも、しっかりそこはチェックした。


清純派は今日1日を振り返っていた。朝、今日は絶対いい日になる気がしたあれはなんだったんだろう。


(…あたし、もしかして今日女の人相手にずーっとドキドキしてたの?何これ。なんなの?どういう話?神様の裏切り者。もうあたし、何も信じられない…)


おそらく愛羽は今デコピン1発で粉々に崩れ去ることができるだろう。


『暁さん。僕を仲間に入れてくれないか?』


『あ、あの、もう愛羽で大丈夫です…』


愛羽は何故か涙が出そうになった。


『でも、なんでそんなあたしたちのチームに入りたいんですか?』


愛羽にはいまいち気持ちが分からなかった。暴走族に入りたいなら小田原には夜叉猫があるのだ。


『君に一目惚れしたからさ。それは本心だよ』


鞘真は少し恥ずかしそうに話を始めた。

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