第6話 春川麗桜

一方、その日置いてけぼりをくらった愛羽は教室で授業を受けながらウトウトしていた。愛羽がゆっくりと眠りにつこうとした時、どこからともなく声が聞こえてきた。


『寝言ぶっこいてんじゃねーぞコラ!』


愛羽は目を覚ました。


『はいっ!すいません!』


自分のことに聞こえ返事をしてしまったが、クラス全員が不審者を見るような目で愛羽を見ていた。


『…あれ?』


寝言ぶっこいてんじゃねーぞコラ。確かに今そう聞こえた。外から聞こえてきたのだろうか。愛羽はそれを確かめようと耳を澄ましふら~っと歩いていった。


『暁!どこ行くんだオイ!ったく夢遊病か、あいつは』


教室から先生の声が聞こえたがお構い無しだ。


さっきの声は確かに外から聞こえているらしかった。何やら言い争うような声がしている。愛羽は駆け足で飛ぶように下りていった。


校舎の裏の方に女が数人いる。愛羽はすたすたとそちらへ向かっていった。声はやはりそこからのものだった。


『春川てめぇふざけんなよ。ウチのチームに入らねぇなら見逃す代わりに100万払えって言ってんだよ!』


どうやら何かのチームへの勧誘でそれを断った代償としてお金を要求しているらしかった。入ったら入ったで毎月上納金やカンパを払わされ、入らなきゃ入らないでこうやって恐喝する。どうあっても金を巻き上げたいらしく、そういえばそういう輩がいるという話を伴から聞いていた。


春川と呼ばれている少女は髪をピンク色に染めツーブロックに苅っていて、髪をおそらくワックスやスプレーで立たせセットしている。左右にリングのピアスをつけ、パッチリした目が特徴的だった。顔はきっと可愛いのだが、その奇抜なスタイルが玲璃に負けない位のヤンキー女感をかもし出していた。背は玲璃と同じ位で体はスラッとしているが、その割に胸があるのがよく分かり愛羽はまずその辺りの観察をしていた。


(んー。Dはありそうだなぁ。そういえば杜田さんも大きかったな。みんないい体してるなぁー)


『てめぇ!シカトこいてんじゃねーよ!入るのか払うのか、さっさとどっちかに決めろよ!』


(とりあえず助けなきゃ!)


愛羽が近づいていこうとすると春川という女はめんどくさそうに溜め息をついた。


『はぁ。決めた。入らないし払わない』


『この野郎、敬語も使えねぇのかクソガキ!』


そう言った女が拳を振りかぶった。だがそれよりも早く、その女の腹めがけて春川が1発パンチを打ちこんだ。


『うぅっ…』


女はうめき声をあげるとその場にしゃがみこんでしまった。


『なんだ。敬語使ってほしーのけ』


じゃあ使わせてみろよ、とでも言うように春川が言うと後の2人も攻撃にいった。さすがに1発はよけられなかったが拳をくらいながらも2人を1発ずつで黙らせてしまった。


『じゃあ、そーゆー訳で失礼しやす』


春川は何事もなかったような顔で歩きだすとそれを見ていた愛羽の存在に気づいた。


『なんだ?お前』


愛羽は話しかけられ返答に困ってしまった。


『えっと、あたし1年3組の暁愛羽。あなたは?』


『1年7組春川麗桜。じゃ、俺忙しいから』


春川はさっさと行ってしまおうとした。


『あっ!ねぇ春川さん!あたしと一緒に暴走族やらない!?』


春川は立ち止まり振り返った。


『暴走族?』


『そう!あたしと友達2人とこれから作るんだけど、だから今メンバー募集中で探してるの!』


愛羽は何から喋っていいか分からずいきなり勧誘した。


『あのさ、お前バカ?今の見てたんだろ?こいつらと同じこと言わせんなよ。俺は、バイクなんて乗らないしチームとかそういうのに興味なんてないの。忙しいっつったろ?これから始めるんじゃ大変だろうけどさ、他当たってよ。頑張ってね』


『うん。ありがとう。…あっ!』


頑張ってという言葉に反射的にお礼を言ってしまい、春川の方が2度見して笑いをこらえながら首をかしげて行ってしまった。


『ヤバ。あたし絶対頭おかしい奴だと思われてるよね。どうしよう…』


まぁ間違いなく変な奴とは認識されただろう。


『でもあの子、絶対欲しい!』





お昼の時間になると愛羽は早速1年7組に向かった。春川は席に座りイヤホンで音楽を聴いているようだ。お昼だというのに何も食べている様子はなかった。


愛羽はそこでピーンときた。そうだ。今日はもしかしたらお弁当を忘れてしまったのだ。彼女も少し変わり者なので、そんなに仲のいい人もおらず、今日この昼の時間は何も食べれずにいるに違いない。そこに自分がお弁当を持って登場して一緒に食べれば、きっと仲良くなれるはずだ。愛羽の頭の中に完璧なストーリーが描かれた。


春川が音楽を聴きながら肘をついている所に愛羽はニコニコしながら近づいていった。そして彼女の席の目の前に立つとニッコリ笑ってみせた。


『何…?』


春川はいきなり目の前に来られ、少し嫌そうな顔をしたが愛羽はお弁当箱を見せた。


『一緒食べよ!今日はサンドイッチなの。玲ちゃんいなくなっちゃったし、あたしも1人で食べるの多いし寂しいなーって思ってたから丁度いいやと思って。まぁさ、たまに忘れちゃう時もあるよね。そんな時はあたしに言ってくれたら、いつも2、3人分は作ってるから、いつでも』


『いらない』


話の途中で思わぬ反撃をくらって愛羽は止まってしまった。


『忘れたんじゃねーよ。昼は食ってねーんだ。』


『え?でもお腹すかないの?全然気にしなくていいから一緒に』


『いらない』


『…』


愛羽はとうとう1人でサンドイッチをつまみだした。


『自分の教室で食えよ』


『だって1人ぼっちなんだもん』


春川がもういいやと無視し始めると愛羽はそこで1つ気になった。


『その曲、誰の曲?』


イヤホンから漏れる音楽を聴いてなんとなく尋ねた。


『なんでだよ』


『う~ん。聴いたことないんだけど、なんか嫌いじゃない感じだから』


すると春川は意外な顔をした。


『お前…こういうの聴くのか?』


イヤホンからはロックバンドの曲らしきものが流れている。


『うん。お兄ちゃんがこういうの好きで、だからあたしも聴いてたの』


『へぇ…そっか』


『で、誰の曲なの?』


『知らねーよ』


『え?嘘だ、教えてよ』


『やだ』


『教えて』


『やだ』


『教えてよ~』


『やだよ』


『教えないで』


『…』


春川の方が1枚上手だった。


『なんだよお前!俺に関わんなっつーんだよ。他当たってくれって言ったろ?』


『だってあたし春川さんがいいんだもん!』


『こっちは嫌だって言ってんだから諦めろよ!』


『…』


愛羽は2人分のサンドイッチを食べ終わると寂しそうに立ち上がった。


『分かった…じゃあ、また後でね』


『もう来んな!』


愛羽の猛アタックはこの後も続いたが結局実ることはなかった。




玲璃と蘭菜は学校が終わってもまだ戻らず、愛羽は何度も電話をかけるが一向に電話に出る気配がない。


『もぉ…何やってんのよ、玲ちゃんは…』


仕方なく愛羽はとぼとぼと歩き始めた。歩いたとしてどこに行こう。いっそ今日は歩いて帰ろうか。そんなことを思っていると、夕方の少し静かになった校内に何やら騒がしい音が響いた。


『あれ?』


愛羽は振り返って耳を澄ました。どうやらバンドの演奏のようなのだが、その曲は昼間春川のイヤホンから聴こえていた曲だったのだ。


急いで校舎に戻り、その音のする教室まで走っていった。そこでは確かにバンドの練習が行われていた。間違いなく昼間の曲だ。


『えっ?』


そして何より驚いたのは、その中心にいる人物が春川だったのだ。愛羽は教室の外からこっそり見ているだけだったが、聴いている内にその演奏、というか春川に惹きこまれてしまっていた。あんなに男勝りで腕っぷしが強く、女らしい所のある方ではないと思っていたが、なんかこうとてもセクシーだった。可愛い子ぶるとかいい女ぶるでもなく、歌を歌っているだけなのにこんなにセクシーに見えることが愛羽には不思議だった。春川はギターを弾き、そしてボーカルだった。


(そっか…この人は自分の生きる場所があるんだ)


結局その姿を練習が終わるまでずっと見ていた。そして練習が終わるとその中に入ろうと思ったが、愛羽は何故か満足してしまい見つかる前に立ち去っていった。


あぁいう世界を持っている人を無理に誘う気にはもうならなかったし、できればまたこっそり見に来たかった。





『素敵~。よかったね、蘭ちゃん。聞いてるだけでドキドキしちゃう』


次の日、玲璃と蘭菜の話を聞きながら3人でお昼を食べていた。


蘭菜は事実上彼と結ばれることになった訳で、わざわざ暴走族に入る必要もないように思えたが、蘭菜は玲璃とかなり仲良くなったようだし、何より彼女は感謝していた。ということで今日から改めて仲間入りしている。


愛羽は嬉しかった。今までずっと玲璃と一緒だったので玲璃のことこそ大好きだったが、こうやって友達が増えたというのがもう当分なかったからだ。


そしてもう1人。心の中では春川麗桜とも同じように仲良くなれたらなと思っていた。


話しは変わるが実は今、自分たちのチーム名や特攻服のデザインなど結成に向けて本格的に考えている所なのだが、結局1回実物を見てみたいね、ということになり伴に相談すると


『あら、じゃあ今週の土曜日、集会に参加してみるといいわ。集合場所と時間決めたら、また連絡するわね』


と快く協力してくれることになった。


早くも愛羽たちの集会デビューが決まった訳だ。



その日の放課後。


『なぁ愛羽。久しぶりにカラオケでも行こうぜ。蘭菜が行ってみたいってよ』


『あ、先行ってて。あたしちょっと寄るとこあるから』


愛羽は今日も春川の部室に向かっていった。愛羽は決してロックバンドが好きな訳ではない。かなりのアイドルオタクなのだが、そんな愛羽が魅了されハマってしまう位春川とそのバンドは絶妙な魅力で溢れていた。


愛羽はすでに、最初に聞いたイヤホンから流れていた曲はなんとなく覚えていて、曲を聴きながらメロディーを口ずさめている。前髪パッツンのポニーテールの小さな少女が廊下でノリノリになっているとそこを通る生徒が笑ったり警戒したりしたがそれすら気にならなかった。


声が綺麗で表情がまだ15、6の少女と思えない程色っぽくて、あの春川とは「別人」なのではないかと思えてしまう。だが歌っているのは正真正銘春川だ。ピンク色の髪にツーブロックなんて派手だと思っていたがとんでもない。彼女たちの見せるその世界では、むしろもっと春川を目立たせてもいいとさえ思える。


『かっっこい~♪』


愛羽は見れば見る程春川の歌とギターに夢中になっていき、完全に世界に入りこんでいた。ほどなくして練習が終わると愛羽は少し寂しくなりながらも満足してその場を離れていった。





春川はバンドのメンバー3人と学校を出て帰り道を歩いていた。すると前方から人の群れが歩いてくる。ガラの悪そうな連中だ。嫌な予感がして引き返そうとすると、なんと後ろからも人の群れが押し寄せてくる。どうやら春川たちは挟まれてしまったらしい。その中に昨日相手にした3人の女がいた。彼女たちのチームの仲間たちと見て間違いない。その中の中心にいた女が喋りだした。


『春川麗桜だね?お前ウチのチームの誘いを断った上に3人殴っちまったんだって?』


ぞろぞろと春川たちを取り囲むとまずバンドのメンバー3人が女たちにつかまれ捕らわれの身となってしまった。


『示談金200万だ。それで手を打つよ』


『は!?そんな金ある訳ねーだろ!みんなを放せ!』


その瞬間、バットを持った女が春川の足をおもいきり殴りつけた。


『うっ!』


『おい。言葉に気をつけろよ?お前、中学の頃ボクシングやってたらしいな。そういう奴にはそれなりの対応ってもんがある。お前の仲間3人が一生懸命風俗でも行って働いてくれば200万なんてものの1ヶ月さ。本物のJKだ。きっといい金稼ぎができるぞ』


『ふざけんな、みんなを放せよ!狙いは俺1人だろ?俺をやれよ!』


すかさず今度は木刀を持った女が春川のすねを強打した。


『いぃっってぇぇ!』


春川はすねを抑えてうずくまった。そこへ一気に何人もで踏みつけ蹴りをくらわせ、春川はあっという間に滅多打ちにされてしまった。


『どうする?ウチらはどっちでもいいぜ?お前が払うかこいつらに体で払わせるか、好きな方を選べよ』


『頼む。みんなを放してやってくれ。金は今俺が払えるだけ払うから。だからみんなはもう帰らせてやってくれ』


苦し紛れにそう言うとおもいっきり前から顔面を蹴られた。


『ぐっ!』


『言葉に気をつけろって言わなかったか?』


春川は鼻血を押さえた。


『麗桜やめて!逃げて!こんな人たちの言うことなんて聞いちゃダメ!あたしたちのことはいいから!』


1人のメンバーが泣きながら言った。


『麗桜はバンド続けてく為にボクシングのプロになるの諦めてくれたんです。みんなの夢諦めない為にって。お願いだからもうやめてください!』


メンバーは春川をかばおうと必死に訴えた。


『うるせーんだよ、てめぇら!』


そう言って女たちはバンドのメンバーにも手をあげた。


『やめろ!分かった。金は払うからやめてくれ!』


春川は財布からキャッシュカードを取り出した。


『この中に今、50万入ってる』


『暗証番号は?』


『7486』


『足りない分はどうするんだ?』


『…俺たちには今このお金が全部だ。頼むからもうこれで帰ってくれ』


『…仕方がないな。じゃあ足りない分は…お前の手と引き替えにしてやるよ』


『…どういうことだ』


『お前の気持ちはよく分かった。でもお前だってボクシングをしてた位だ。1人1人相手ならウチらもやられてしまうかもしれない。だから、お前のその手を…潰してしまおう』


春川は女たちに羽交い締めにされたまま地面に両手を着かされた。


『え?…何言ってるの?足りない分はあたしたちがこれからなんとかするからもう帰ってよ』


バンドのメンバーは女が言ってる意味がよく理解できなかった。


『お前たちの話は心に染みたよ。だからウチらも全力で奪わせてもらうことにするよ』


すると1人の女がどこからかブロックを持ってきた。


『どっちの手からがいいんだ?』


『ねぇ、何する気なの?嘘でしょ?やめてよ。お願い。』


バンドのメンバーは助けようともがくが体を押さえつけられ身動きが取れない。


春川は正直怖かった。これからやろうとしていることをされた時、自分の手がどうなってしまうか、考えただけでもゾッとした。しかし春川は命乞いをしなかった。


『それが済んだら、もう2度と関わらないでくれるか?』


てっきり謝り倒してくると思っていた相手の女は、その態度が気に触ったらしくブロックを持った女に合図した。


『やれ』


ブロックを持った女は春川の前まで来ると、押さえつけられた手に向かってブロックを叩きつけるつもりらしかった。


メンバーの1人が泣き叫んだ。


『やめて!!麗桜の手はあたしたちの夢なの!もう麗桜から夢を奪わないで!!』


だがブロックを持った女はそれを振りかぶった。

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