第3話 金髪美人
始業式が終わると愛羽たちは約束通り駐輪場で待っていた。玲璃は相変わらずブスっとしている。
しばらく待つと下校する生徒たちの波に紛れて金髪美人が現れた。何人か女と一緒だったようだが連れの女たちに手を振ると1人でこちらに向かってきた。
『待たせてごめんなさいね。こう見えて色々忙しいの。まずは名乗った方がいいわね。私は3年の如月伴。(きさらぎともな)もちろんダブったりしてないなら今年18よ。あなたたちは?』
『あたし、暁愛羽です。こっちが八洲玲璃ちゃん。あたしは玲ちゃんって呼んでます』
『そう。愛羽ちゃんに玲璃ちゃんね。ねぇ、お腹空かない?早速だけど何か食べに行きましょうよ』
美人にそう言われ2人は断れず、顔を見合わせてうなずいた。
『じゃあ、ついてきて』
美人は言うなり乗ってきたCBXに跨がりエンジンをかけた。「フゥオン!」吹き抜けるような排気音が鳴ったかと思うとさっさと発進してしまった。愛羽たちは慌てて後を追った。
後を追って街中を走ってる間、実に色んな人が前を走る金髪美人に手を振ったり車からクラクションを鳴らして挨拶してきたり、どうやらかなり顔が広そうだ。如月はその全てに笑顔で手を振り返す。そんな姿が愛羽にはかっこよく見えてしまっていた。
散々走り回ると主にハンバーグがメインのファミレスに停まった。
『ごめんなさい。何にするか考えながら走っていたらここが目に止まってしまって。パッと決められないのがダメな所なのよ、私。丁度空いてるし、ここでもいいかしら?お詫びにご馳走するわね。さぁ、入りましょ』
いいとこのお嬢さんのような、どこぞの貴婦人のような、2人はその独特な雰囲気に飲まれていた。
だが言葉遣いが硬っくるしい割に意外とオシャベリで、話し始めるとなかなか止まらず他愛もないことによく笑う。そんな中にもやはり美しさがあり上品で、仕草もキュートで外国人のようだった。愛羽も玲璃も打ち解けるのに時間はかからなかった。
『そういえば如月先輩はどうしてCBXに乗ってるんですか?』
愛羽がもっともな質問をすると、ほんの少し間が挟まれてから伴は口を開いた。
『…実はね、私暴走族なの。夜叉猫というチームの総長をしているわ。せっかくだから少し話してもいいかしら。夜叉猫と言えば多分、この辺で知らない人はいないわ。私で三代目になる、まだ若いチームなの。』
2人は目を見開きドキッとしてしまった。
『…夜叉猫?』
『…総長?』
愛羽も玲璃も十分すぎる程知っていた。中学の頃から2人でよく夜叉猫が群れをなして走る姿を何度も見てきたからだ。実際喋ったそのどちらかと言えばおっとりとした雰囲気があまりにもイメージとかけ離れていて、2人が見てきたものと違いすぎて分からなかったが、愛羽と玲璃はこの女性を何度も見ていたどころか憧れの人その人だったのだ。2人は顔を見合わせ息を飲んだ。
『キャー!玲ちゃん!どうしよう!夜叉猫!夜叉猫の総長!どうしよう!本物!?えっ本当に!?ヤッバーい!あの、サインください!』
『えぇぇぇ!?マジ!?あの「女王夜走曲」の特攻服の人!?超コール上手い頭の人!?あっあっ、あの、あたしもサインと握手してください!』
まるでアイドルだ。
2人と握手を交わし、2人のカバンに簡単にサインをしてから如月はまた話を続けた。
『私がCBXに乗っているのは、憧れの人が乗っていたからなの。知っていてくれてるなら話もしやすいのだけど、夜叉猫は確かにこの辺では有名なチームよ。だけどそれは、所詮西湘地区での話。神奈川の中ではまだまだほんの一角にすぎないの。現在神奈川ではずっと争いが続いているわ。横浜、相模原、湘南、そして小田原。勢力的には横浜が頭1つ出てる位でそこまで大きく差はないの。だからこそ今はにらみ会うだけの日々が続いているわ』
いきなり始まった神奈川の勢力の説明を2人はおとなしく聞いていた。
『だけどね、最近とんでもない台数のチームが神奈川に攻めこみに来たの。その時私たちはたまたま走ってなかったからぶつかることはなかったのだけど、もしかち合っていたら間違いなく全滅させられていたわ』
『…それって、相手はどこだったんですか?』
愛羽が心配そうに聞く。
『東京よ。もしも東京が今また攻めてきたら、神奈川のどことぶつかってもまずやられてしまうでしょうね。それは間違いないの』
『そんなに、強いんすか?』
玲璃はすでに興味津々だ。
『強いというより、まず大きさの問題よ。私たち夜叉猫が全部で100人と少しなのに対して、相手は総員1000人の超大型チーム、東京連合』
『東京連合…』
2人はその名を胸に刻みつけた。
『東京連合は今、神奈川に目を付けてる。このままじゃ潰されるのは時間の問題。だけど神奈川の人たちときたら、誰1人として協力しようとか連合を組もうとかそういう考えがないのよ。今神奈川はね、そんなことしてる場合じゃないのよ。何年もにらみ合ってきたのかもしれないけど、力を合わせなければいけない時なの。私はそう思うのだけど、まぁなかなか上手くはいかないのよね…』
最後の言葉がどこか寂しげに終わると、如月は溜め息をついていた。
『如月先輩は、優しいんですね』
そう言ったのはこの前髪パッツンのポニーテールだった。
『今日先輩のこと、後ろから追っかけてて思ったんです。すごい人気者だなーって。カッコよくて可愛くて、それですっごく優しいから、みんな先輩のことが好きなんだろうなって、なんか今すごい思いました。先輩はきっと、他のチームともモメたりしたくないんですよね?』
『それは…』
今まで、そんな風に言われたことはなかった。いや、そもそもこんなこと周りに話したことがなかった。敵と手を組むなど、総長が口にしていい言葉ではない。だからそれを聞いてこの少女がそんな風に言ってくれたことは如月にとって意外で、同時に温かさを感じることだった。
『如月先輩?…』
呼ばれて如月は慌てて微笑み、席を立つとカバンを持った。
『タバコが吸いたくなっちゃったわ。先に出てるわね』
そう言うとカバンからブランド物の高そうな財布を取り出し、さっさと会計を済ませて出ていってしまった。2人が遅れて外に出ると、如月は向こうを向いてタバコを吸っていた。2人はなんと声をかけていいのか分からず言葉に困っていると彼女の方が話し始めた。
『さっきの話の続きなんだけどね。実は2人のことをウチのチームに誘おうと思っていたのよ。2人の名前は私も聞いたことがあったの。名前が通っている子なら誘わない手はないわ。…そう思ったのだけど、でもやめておくことにしたわ。愛羽ちゃんも玲璃ちゃんも、とってもいい子なんですもの。暴走族をやっていれば楽しいことだけじゃないのよ。ツラいことも、危険なことだって必ずある。あなたたちを私のせいでそういう目に合わせられないわ』
巨大な敵と戦わなければならないことを思えば、1人でも多く勧誘したいのは当然だった。だがこの時如月はそれを諦めた。
『ねぇ玲ちゃん!これスカウトじゃない?どうする?入っちゃう?』
愛羽は有頂天だったが、玲璃は愛羽のほっぺたをつまみ今度は冷静にそれを抑えた。
『夜叉猫には入らない!』
そして如月を見て言った。
『如月さん。あたしらは中学ん時から夜叉猫に憧れてました。正直あたしもこいつと一緒で誘ってもらえてスゲー嬉しいんすけど、あたしら夢があるんです』
『夢?』
如月は不思議そうに聞き返した。すると続きを今度は愛羽が喋り始めた。
『あたしたち、自分たちで暴走族を作るのが夢だったんです。夜叉猫はカッコいいし可愛いし本当にあたしたちの憧れなんですけど、自分たちのチーム作っていつか夜叉猫と一緒に走りたいねって、ずっと言ってたんです』
『…それは、素敵だわ。でも例えば人数は集まってるのかしら?それにこれから1から始めるとなったら思ってる以上に大変よ?』
それは皮肉ではない真面目な意見だった。
『人数はまだ2人です。大変なのも分かってます』
『2人?ってあなたたちだけってこと?まさか単車や特攻服どころか人数まで1から集めようと言うの?無茶だわ。いくらなんでも。私たちだってこれからまだ勧誘するつもりよ?そんな中、できたてホヤホヤのチームに誰が入るのかしら。悪いことは言わないわ。正式にウチに入らないまでも、一緒に走れるように考えて上手くやりましょうよ。みすみす周りから潰されるようなことはお願いだからやめてちょうだい』
如月は本心で心配して言っているのだが、愛羽も玲璃も首を縦には振らなかった。
『如月先輩の言ってること、よく分かるつもりです。確かに2人で始めるなんてちょっと無謀なんだろうなって思ったりもするけど、でも夜叉猫だって最初は何人かで始めたんだと思うんです。だから絶対に無理だなんて思えないんです。だから見ててください。夜叉猫位大きなチームにするのは確かに難しいと思うけど、あたしたちのチームちゃんと作って、どこかのチームが攻めてきたら必ず助けに行きますから。大丈夫。玲ちゃんこう見えてめちゃくちゃ強いんですよ。この前だって…』
この前玲璃がナンパされた3人の男を1人でボコボコにしてしまった話を聞きながら如月は思っていた。自分も昔はこうだった。
だが今の自分は総長という責任を背負い、他チームとの抗争に頭を悩ませながらも、チームメイトや道ゆく人にすらそんな素振りを見せることができないでいた。東京連合という巨大な敵がもういつ攻めてくるか分からない今、それは想像以上にツラいはずだった。だからこんな風に無邪気に夢を語ったり、純粋に単車に乗ることを楽しんだり、カッコよさにただ憧れたりすることが正直羨ましかった。
『…分かったわ。あなたたちのチームがどんな花になるのか見守っているわね。だけど私は何かあれば、いつでもあなたたちを助けにいくわ。それからこれは最初に聞いておきたいのだけど、あなたたち薬物や援助交際なんてしてないわよね?』
2人はもちろんと言わんばかりにうなずいた。
『変なこと聞いてごめんなさい。私は仲間に何かあったら助けたいしどこだって駆けつけるわ。もめ事があったら私の名前を出してくれて構わないし、警察にもし捕まってしまったら私の名前なんて1番に売ってくれていいと思うの。だけどね、薬物や援助交際は自分で自分を傷つけるようなことだし、どんなに私が助けたくても助けきることができない可能性があることなの。だからそれだけはやめてちょうだいね』
2人がうんうんとうなずき玲璃が言った。
『何言ってんすか如月さん。愛羽なんてまだ処女っすよ?処女。もしかしたらまだ穴も開いてないっすよ!』
『ちょっとぉ!玲ちゃんもでしょ!』
『はぁ?違うし。お前に言ってないだけだし。何人やったと思ってんの?』
『嘘つきー。男に触られると誰かれ構わずぶん殴っちゃうような人ができる訳ないじゃん』
『うるせーなぁ。この前みたいなポンコツ共じゃなくてちゃんとあたしにふさわしい人だったらあたしだってやってやったっていいんだよ!』
『ふーん。じゃあ玲ちゃんにふさわしい人って例えばどんな人なのさー』
止めないとどこまでも続いてしまいそうな2人の間に如月が入った。
『ごめんなさい。分かったわ。それで、そうよ。愛羽ちゃんの家に寄ってもいいかしら?是非CBXを見せてほしいのよ。動かないのでしょう?』
『あ、はい。』
愛羽はキョトンとした顔で返事をするとバイクに跨がりエンジンをかけた。そして伴も愛羽たちの後を追い、愛羽の家へと向かうのだった。
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