色褪せた今日この頃の僕

残暑

　僕は白い空の下を、何を眺めるでもなく、何処へ向かう訳でもなく、ただぼんやりと歩いていた。

　真夏のピークは過ぎつつあるものの、残暑はまだまだ厳しくて、歩く度に汗は滲み、腹を掴まれたかのような不快感が、身体中を駆け巡っていく。

　けれど、この暑さにはもう何もなかった。感じられなかった。脱け殻の夏が、今の僕のようなそんな夏が、ただそこに在るだけ。

　高校生くらいだろうか。今風にお洒落に着飾った、女の子二人とすれ違う。その時微かに聞こえたのは、もう終わる夏を惜しむような言葉の断片。

　それがやけに懐かしくて、胸が少し苦しくなる。いつからだろう、暮れていく夏を惜しまなくなったのは。昔はもっとずっと、夏を大事に思っていた筈なのに。

　ガタンガタンとけたたましい音を立てて、電車が通り過ぎていく。徐ろに目を向けると、電車の窓から誰かがこちらを見ていた。

　なんのことはない、偶然だ。意味なんて、ある筈も無い。

　でもどうして僕は、その妙に焦げ付いたシルエットに、見覚えがあったのだろう。

　ただの偶然に、『運命』なんて馬鹿げた名前をつけたくなってしまったのだろう。

「――そんなの、決まってる。君がそれを欲してるからだよ」

　何処か遠くから、そんな声が聞こえた気がした。意味が分からない。僕が一体、何を欲しているというのだろうか。

「そんな事言って、本当は分かってるくせに。あのね？　懐かしい、ってのはさ、一つの答え。人間は、手元にあるものを恋しがったりはしないんだよ」

　本当は分かっている、と声は言う。恋しがっていると、背中を叩いてくる。

　その途端、ずっとずっと遠くの景色が、走馬灯のように僕の脳裏を駆け巡った。

　忘れていた――いいや。忘れる事なんて出来るはずもない、輝かしいあの日々。

　失敗なんて恐れずに夢を追っていた頃の、君と一緒に走っていた頃の、そんな懐かしい記憶。

「よしよし、やっと思い出したね？　わざわざ戻って来た甲斐があった。やっぱり、その顔の方がいい。君みたいなお調子者にはさ、暗い顔なんて似合わないから――」

　好き勝手に言い残して、この聞き馴染みのある声は、うんともすんとも言わなくなってしまった。

　だけれども、自分のすべき——いや、したい事はよく分かった。

　褪せていた世界が、変わっていく。我ながら単純なものだ。こんな白昼夢で、捨てて来たものと向き合う気になったのだから。

　――滲んだ視界を拭って、僕はこの青く白い空の下を進む。夢を、明日を、この手で拓く為に。

　歩き切った時、君に胸を張って話が出来るように。