《 第24話 お茶会の約束 》

 門限に間に合わず、校門は閉ざされていた。


 ジタンはパロマをだっこすると飛翔フライで校門を飛び越えた。見まわりしていた教員に目撃され、事情を説明しようとしたところ、学院長のアイリスに呼び止められる。



「学院長! このふたりが規則を破って夜間外出を――」


「構いません」


「し、しかし、いくらジタン様の娘とはいえ規則は守らねば……」


「ジタンさんの娘だからといって、特別扱いをしているつもりはありません」


「で、ではなぜ構わないなどと……」


「事情はのちほど説明します。あなたは職員室で待機していてください」


「承知致しました」



 事情が飲みこめないまでも、学院において学院長の指示はぜったいだ。


 教員はかしこまった態度でそう言うと、校舎のほうへ去っていった。


 アイリスがほほ笑みかけてくる。



「ふたりの帰りを待ってましたよ」


「アイ……学院長、事情は聞きましたか?」


「ええ、事情は聞きました。大変な1日だったようですね。怪我はありませんか?」


「わたしは平気です。パロマちゃんは喉が痛むようですけど」


「い、いえっ、もう治りました!」


「それはなによりです。私はこれから教員を集めて事情を説明しますので、ふたりに罰則が及ぶことはありません。安心してお休みになってください」



 オリビアが上手く事情を説明してくれたようだ。お咎めなしとなり、ジタンは安堵する。


 それからアイリスと別れると、ふたりは学生寮へ向かった。


 パロマのお腹が鳴り、小さくうめく。



「うぅ、お腹ぺこぺこです……操られてたときの私、ぜったい超小食でしたよ……」


「食堂で見かけることもなかったし、ほとんどメシ食ってなかったんだと思うぞ」



 知り合いに見つかると性格の変わりっぷりを怪しまれるので、出歩かせなかったのだろう。死なない程度に栄養を摂らせるだけで、ほとんど自室に引きこもらせていたのだ。



「そういや浴場でもパロマちゃんを見かけたことはないな」


「ええ!? も、もしかして私、ずっとお風呂に入ってないんですか!?」


「いや、臭いはきつくないし、数日に一度は入ってたんだと思うが……」



 パロマは恥ずかしいやら面目ないやらで、うつむいてしまった。



「ご、ごめんなさい。汚いのにだっこさせちゃって……」


「気にしてねえよ。わたしも汗だくだしな。さっさとメシ食って風呂入ろうぜ」


「一緒にですか……?」



 期待するような眼差しだった。


 ジタンは笑みを浮かべてうなずく。



「当然だ。友達だろ?」


「は、はいっ!」



 嬉しげなパロマとともに食堂を訪れ、がっつり肉料理を頬張る。


 胃袋を満たすと部屋に戻り、着替えを持って脱衣所へ。


 ちょうどピークタイムのようで、ロッカーはほとんど使用されていた。


 ドアの向こうからは賑々しい女子のはしゃぎ声が聞こえてくる。


 操られる前から人混みを避けていたパロマは、慣れない喧噪を前に怯んでしまう。



「や、やっぱり、もうちょっとしてから入ろうかな……」


「ここまで来たのに?」


「混んでるみたいですから……。いま入ったら、ドアを開けた瞬間にじろじろ見られちゃいそうですし……」


「もしかして恥ずかしいのか? わたしなんていつも大勢侍らせて入浴してるぜ」


「ルナちゃんは人気者なんですね……」


「わたしは世界一可愛いからな。人気にならねえ理由がねえよ」


「す、すごい自信です……」


「パロマちゃんは自信がなさすぎだ。可愛いんだから、もっと自信を持てよ」


「か、可愛い、ですか……?」


「おう。この世界一可愛いルナ様が認める可愛さなんだ。堂々と全裸になって浴場に突撃しようぜ」



 ジタンは力強く励ました。


 友達というのも理由のひとつだが、おどおどしているパロマを見ていると、ルナと接しているようで、放っておけないのだ。



「わ、わかりました」



 きりっとした顔つきになり、脱衣するパロマ。


 そうして一糸まとわぬ姿になると、ジタンとともに浴場へ。



「あっ、ルナちゃん!」


「今日は遅かったね!」


「ルナちゃんが来るの待ってたんだよっ!」


「なかなか来ないから心配してたんだよ!」



 一斉に注目され、湯舟に浸かると大勢に囲まれ、パロマは目をまわしてしまう。



「も、もうのぼせちゃいそうです……」


「いま来たばっかだろ。もうちょいゆっくりしようぜ」


「あら、ルージュさんも一緒なのね」



 と、身体を洗っていたクロエが湯舟に浸かり、そう声をかけてきた。



「お茶会はどうだったの?」


「いろいろあってな。お茶会はできずじまいだ」


「いろいろって?」


「そりゃ……」



 ジタンは、パロマに目配せした。


 魔族に操られていたなんて話、できればしたくないだろう。知らなかったとはいえ部屋にインプを連れ帰り、傀儡としてルナの命を狙ってしまったのだから。


 ジタンが気遣うように見つめると、パロマは迷うように目を伏せた。そして真剣な顔でうなずき、



「私、インプに操られてたんです」



 そう言ったとたん、しんと静まりかえった。


 静寂は一瞬で終わり、女子たちが騒然とする。



「操られてたの!?」


「インプってあれよね!? こないだ授業で習った!」


「でも血を注がれない限りは操られないはずよ! どこでインプに襲われたの!?」


「部屋です」


「部屋で!?」


「学生寮に魔族が忍びこんでたってこと!?」


「インプはコウモリに化けてたんです。私、怪我してると思って部屋に連れ帰っちゃって……寝てる隙に血を飲まされたんだと思います」


「だからパロマちゃんは休んでたんだ。インプの血のせいで衰弱しちまってな」


「私、インプに操られて、ルナちゃんに酷いことしちゃって。で、でもルナちゃんがインプを倒して、洗脳を解いてくれたんです! だ、だから私、もう魔族とはなんの関係もなくて……」



 パロマは最後まで言い切ることができなかった。


 操られていたとはいえ、人気者のルナを襲ってしまったのだ。女子を敵にまわしてしまったに違いない、と思いこんでしまった様子。


 非難されるのを恐れ、申し訳なさそうにうつむいてしまったパロマは、しかし次の瞬間に顔を上げることになる。



「大変だったわね、ルージュさん……」


「……えっ?」


「魔族に操られるなんて、本当に災難だったね……」


「ええっ?」


「ルージュさんの優しさにつけこむなんて、最低の魔族ね!」


「操られていたことに気づいてあげられなくてごめんなさい」


「怪我はなかった?」


「……」



 パロマは再びうつむいてしまう。


 湯舟にぽたぽたと水滴が落ちる。



「な、泣いてるの?」


「どこか痛むの!?」


「一緒に医務室行く?」


「ち、違います。痛くないです。嬉しいんです。みんなに心配してもらえて、優しい言葉をかけてもらえて……ま、まるで友達みたいで……」



 クロエがパロマをハグした。


 戸惑うように目を丸くするパロマにほほ笑みかけ、



「だったら本当に友達になりましょう」


「い、いいんですか?」


「ええ。せっかく同じクラスになったんだもの。どうせなら仲良くしたいわ。今後、あたしのことはクロエと呼んでちょうだい。あたしもパロマちゃんって呼ぶから」


「は、はいっ! クロエちゃん!」


「私のことはコメットって呼んでね!」


「私はソレイユ!」


「私はスピカだよ!」



 入学式から何ヶ月が過ぎただろうか――。全員と自己紹介をして、仲良くなって、パロマはとても嬉しげだ。


 そうだ、とジタンは手を叩き、



「仲良くなった記念に、今度は女子全員でお茶会しようぜ!」


「いいわね、それっ!」


「私も参加したーい!」


「私も私もー!」


「は、はいっ! ぜひしたいです!」


「決まりだな! んじゃ、新月の日に決行だ!」



 これでルナはルナとして、女子たちと親睦を深めることができる。


 ジタンは愛娘が友達とお茶会を楽しむ姿を想像し、思わず笑みをこぼしてしまうのだった。



     ◆



 その夜。


 ジタンはルナに通話を試みた。


 お茶会の結果報告を待っていたのか、ルナはすぐさま応答する。



『もしもしパパ!?』


「おう、俺だ」


『なかなか連絡来ないから心配してたんだよ! お茶会どうだった? パロマちゃんと上手くやっていけそう!?』



 いい報せを期待しているのか、ルナはわくわくと声を弾ませている。


 お茶会を台無しにしたインプへの怒りを募らせつつ、ジタンはありのままを話して聞かせた。



「――というわけで、インプをぶっ飛ばしてパロマちゃんを助けたんだ」


『そうなんだ……』


「ごめんな? お茶会できなくて」


『パパが謝ることじゃないよ。悪いのはその魔族だもん。パパにもパロマちゃんにも怪我がなくてよかったよ』


「パパは強いからな」


『うん。パパは強い。わたしだったらパロマちゃんを守れてなかっただろうな……』


「そんなことねえ! 俺はルナの力でインプをボコしたんだ。ルナだって同じようにボコせただろうぜ。だからもっと自信を持っていいんだぞ!」



 最近せっかく明るくなってきたのに、これで自信を失ってしまえば昔に逆戻りだ。


 愛娘が自信喪失しないように――楽しく学院生活を送れるように、ジタンは必死になって励ました。


 すると――



『うん。自信持つ』



 するとルナは、明るい声でそう言った。



「ほ、ほんとか?」


『ほんとだよ。最初はパパの娘なのがプレッシャーだったけど……パパみたいになれなくて落ちこんだりもしたけど……わたしだってやればできるんだってこと、パパが教えてくれたもん』


「ああ、そうだよ、その通りだ! パパが学院でやったことは、全部ルナにもできることなんだ! だっていまのパパはルナなんだから!」


『うんっ。いじめられなくなったのも、友達ができたのも、パパのおかげだけど……これからは自分の力でもっと仲良くなれるように頑張る!』


「ああ! 全力で応援するからな!」



 ジタンは娘の精神的成長を喜ばしく思う。



(本当に立派になったなぁ……)



 ルナが「パパおしっこ」とトイレに行きたいアピールをするようになっておむつを卒業したときや、暗い部屋でひとりで眠れるようになったときも感動したけど、感慨深さはそのとき以上だ。


 いよいよ娘の親離れが迫っている感じがして寂しい気持ちもあるけれど、子どもの成長を間近で見届けられるのは幸せなことである。



「っと、そうだ。大事な話があとふたつほどあってな」


『ふたつも? ……悪い話じゃないよね?』


「どっちもいい話だ。パロマちゃんとあらためて友達になってな。次の新月の日に、クラスの女子全員とお茶会することになったぜ」


『ほんと!?』


「ほんとだ。魔石セットをくれたお礼に美味しい紅茶を用意するって、パロマちゃん意気込んでたぜ」


『そっか! 飲むのが楽しみだなぁ。新月が待ち遠しいよっ!』


「つっても、パロマちゃんの紅茶はもっと早くに飲めるかもしれねえがな」


『お家に来るってこと?』


「そうじゃない。もうひとつのいい話なんだが、ミュセルから連絡が来てな」


『え、ママから連絡が!?』


「ああ。突然ケータイが送られてきたんだ。やっぱ入れ替わりの魔導具マジックアイテムを作ったのはミュセルだったぜ」



 ジタンはミュセルが入れ替わりの魔導具マジックアイテムを作った理由を伝える。


 ルナの身を守るために行動した結果だと知り、ルナは苦笑する。



『そのために新しい魔導具マジックアイテムを作っちゃうなんて、ママらしいね。できれば事前に説明してほしかったけど……』


「言いたくなる気持ちはわかるぜ。入れ替わり解除については心配ないそうだが……怒ってるか?」


『ううん。最初はパパと入れ替わっちゃうなんてって思ったけど、振り返ってみると楽しいことずくめだったよ。学院生活もますます楽しくなりそうだし、ママにお礼を言いたい気分だよっ!』


「んじゃ、今度帰ったときに連絡するか」


『来週帰ってくるの?』


「おう。早く可愛いルナを抱きしめたいしな。……ハグしていいか?」


『うん。いいよ』


「マジで!?」


『うん。パパのこと大好きだもん』


「パパこそ大好きだぞ!」



 愛娘に大好きとささやかれ、ジタンは幸せ心地に包まれる。


 そうして次の休日を待ち遠しく思いつつ、ジタンは通話を切ったのだった。

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