《 第23話 友達 》
魔法騎士団がやってきたのは、日が傾き始めた頃だった。
「お、お嬢ちゃん、これはいったい……」
「ここでなにが起きたの……?」
「魔族に襲われたから返り討ちにしたんだ」
「ということは……これはお嬢ちゃんがやったのかい?」
団員が信じられないものを見る目で、小刻みに痙攣しているインプを見下ろす。
このときすでにインプは完全に気を失っており、ジタンはこれ以上の攻撃は無意味だと判断していた。
魔族といえば狡猾で残忍で人間を完全に見下しており、生命力もかなり高い。
それゆえジタンはインプが復活した際に備えていつでも迎撃できるようにしつつ、パロマを介抱することにしたのだった。
もっとも、パロマは現時点ではインプの傀儡だ。
目覚めた瞬間に襲ってくるかもしれないため、
「ああ。こいつを倒したのはわたしだ」
「突然襲われたのかい?」
「突然ってわけじゃないな。こいつは1ヶ月前に学院に現れた魔族で、周到に準備を重ねた上で襲ってきたんだ」
「1ヶ月前……。そうか、こいつがあのとき探知機に引っかかった魔族……」
「しかしこの魔族、どうやって探知機をかいくぐったんだ?」
「探知機が肌から漏れる魔力を感知する仕組みになってんのなら、コウモリに化けることで探知機をかいくぐったんじゃないか?」
「なるほど。自身を弱体化することで魔力漏れを食い止めたわけか。開発部隊により高性能な探知機の開発を急がせなければ――」
「パロマ!?」
突然、女性団員が悲鳴を上げた。
こちらへ駆け寄り、ジタンに膝枕されたパロマを不安げに抱きかかえる。
「パロマ!? パロマ!?」
「だいじょうぶ。気を失ってるだけだ」
「よ、よかった……。きみが助けてくれたの?」
「助けたと言えば助けたが、気絶させたのはわたしだ。そうしないとパロマちゃんは殺されていたからな」
ジタンはインプの血によってパロマが操られ、傀儡となっていた話をする。すると女性団員は深々と頭を下げてきた。
「ありがとう……本当になんとお礼を言っていいか……」
「気にしなくていいって。友達を助けただけだから。ところで……パロマの知り合いなのか?」
「この娘は……パロマは、私の妹だ」
「妹……。パパが言ってたオリビアか?」
「パパ? では、あなたがジタン様の娘さんですか?」
「そうだ」
「こ、これは失礼しました!」
団員たちが背筋を正す。
娘とはいえ英雄の血を引くルナは、魔法騎士団にとって敬わずにはいられない存在なのだろう。
ともあれ。
「全員、インプを確認したな?」
「ええ」
「じゃあ葬ってくれ。で、学院に連絡してくれよ。じゃないと――わたしの説明だけじゃ、夜間外出の罰則を逃れるための言い訳だと思われるかもしれねえからな」
「承知致しました!」
「パパが『オリビアさんは連絡が得意だった』って言ってたから期待してるぜ」
「ジタン様が私の話を!?」
「ああ。道中のおしゃべりが楽しかったそうだ。今度戦場に派遣されるときも、またオリビアと行きたいそうだぜ」
「そ、そうですかっ! 光栄です! 魔法学院への連絡、私にお任せください!」
「ありがとよ」
ジタンは団員がインプにとどめを刺すのを見届ける。
インプは虹色の光となって消滅し、小さな水晶だけが残された。
魔族は葬られると魔石を遺して消滅する。つまり、パロマの血中に流れるインプの血も消滅したわけだ。これでパロマの洗脳も解けるだろう。
「じゃあ、わたしたちは学院に帰るからな。――んしょっと」
ジタンはパロマをだっこすると、
そのまま列車乗り場へ向かい、東部行きの列車に乗りこむ。
パロマが目覚めたのは、そろそろ学院の最寄り駅にたどりつこうという頃だった。
「ひゃあ!?」
「うおっ!?」
「ひゃあ!?」
「悲鳴ストップ! 車内では静かにしようぜ!」
パチッと目を覚ましたパロマは悲鳴を上げる。驚いたジタンが声を上げ、その声にびっくりしたパロマが再び悲鳴を上げたところで、ジタンがそう告げた。
パロマはこくこくうなずき、おずおずとたずねてきた。
「ここはどこですか……?」
「学院行きの列車だ」
「あなたは……バニーニさん?」
「ルナちゃんと呼んでくれ」
「ど、どど、どうしてですか?」
「友達になったからだ。ルナちゃん、パロマちゃんって呼び合う間柄なんだぜ」
「……本当にバニーニさん?」
こんなふうに戸惑われるのはひさしぶりだ。
ルナを演じるジタンの演技を見るのがはじめてということは、操られていたときの記憶はごっそり抜けているのだろうか。
「おう。見ての通りルナ・バニーニだ。……なにも覚えてないのか? 自分の名前はわかるよな?」
「わ、わかります。私、パロマ・ルージュです」
「歳は?」
「15歳です」
「出身は?」
「グリューン王国です」
「最後の記憶はいつだ?」
「……記憶、ですか?」
「ああ。記憶を掘り返してみてくれ」
「最後の記憶は……コウモリを拾ったところまでは覚えてます」
「どこで拾った?」
「学院の中庭です。木の下に落ちてて、部屋に連れ帰ったんです」
「よくコウモリを連れて帰ろうと思ったな」
「怪我してるのかなと思って……放っておくのはかわいそうですから……」
「そっか。パロマちゃんは優しいんだな」
「べ、べつに普通です……」
じんわりと頬を染め、照れくさそうにうつむく。
年頃の女子なら触れるどころか近づこうとすらしないだろうに、部屋に連れ帰って介抱するとは。なんて心優しい女の子なのだろう。
友達になったときの記憶は忘れてしまっているようだけど、またルナと仲良くしてほしい。
できればルナの意思で親睦を深めてほしいが……パロマはひとりぼっちなのだ。
次の新月まで孤独感に苛ませるわけにはいかない。
「あの、どうして私、列車に乗ってるんですか?」
「実を言うとな、パロマちゃんが拾ったコウモリはインプっていう魔族だったんだ」
「魔族だったんですか!?」
「おう。そしてパロマちゃんはインプに操られて、わたしを襲おうとしたわけだ」
「ご、ごめんなさいっ! 怪我してませんか? 私、とんでもないことしてしまいました……」
「パロマちゃんが謝ることじゃねえ。悪いのは魔族だ。それに怪我もしてねえしな。むしろパロマちゃんこそ平気か?」
「……ちょっと喉がひりひりします」
「すまん。わたしが
「バニーニさんがインプを倒したんですか!?」
「おう。ボコボコにしてやったぜ」
「す、すごいです……」
「あんなザコ楽勝だぜ。で、インプをボコした
ルナと一緒に選んだプレゼントと、屋上で回収したパロマの
パロマは戸惑うように目をパチクリさせた。
「ど、どうしてプレゼントを……?」
「今日はパロマちゃんとお茶会するつもりで出かけたんだ。この
「……友達?」
パロマが戸惑いと期待の滲む瞳で見つめてきた。
ジタンはにこやかにうなずき、
「それと、いじめっ子どもは全員反省させたからなっ。明日からは楽しく学院生活を送ろうぜ!」
「み、みんな、もう私に酷いこと言わないんですか……?」
「言わねえよ」
「グレイスくんもですか……?」
「たぶんあいつが一番反省してるぜ」
「そうですか……」
「おう。だからぜったいに二度といじめは起きねえが、万が一からかわれたら、そのときはわたしに相談しろ。友達として力になるぜ」
力強く告げると、パロマの瞳に涙が浮かぶ。
「ありがとうバニーニさん……」
「どういたしまして。あとルナちゃんでいいから」
「う、うん。ありがとう、ルナちゃん」
涙を滲ませながらも、パロマは嬉しそうにはにかむのだった。
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