《 第20話 ミュセル 》

 同梱されたケータイには、魔石がひとつだけはめられていた。手紙から察するに、ミュセルの魔力がこめられた魔石だろう。



(いきなりすぎるだろ……)



 ミュセルとは10年も疎遠になっている。顔を見ることもなければ、声を聞くことすらなかった。住所がわからず、手紙のやり取りもしていない。


 なのにまさか突然ケータイが届くとは。


 さすがのジタンも戸惑ってしまうが、連絡しないという選択肢はない。


 入れ替わりの魔導具マジックアイテムは、ミュセルが作った説が濃厚なのだ。なぜこんなことをしたのか理由を問いただし、元に戻る魔導具マジックアイテムを送ってもらわねば。


 ジタンはちょっとだけ緊張しつつも、ためらうことなく魔石を押した。


 どきどきしつつケータイを耳にかざすと――



『はーい! もしもーし! ミュセルちゃんデスよ~!』



 明るい大声が響いた。



「相変わらずデカい声だな……それ山で遭難した奴に呼びかけるレベルの声量だぞ。ちゃんと人付き合いして正しい声のトーンを学べよ。そんなだからカタコトになるんだよ」


『やーん! 通話早々説教は聞きたくな~い!』


「説教じゃねえ。人生のアドバイスってやつだ。つっても、お前の返答しだいでは、説教することになっちまうがな」


『ええ!? ジタンくんマジ怒りデスか!? 声のトーンが怖いんデスけど?』


「おっ、さっそく声のトーンを学んだか」


『ふっふーん! 私の学習能力は半端じゃないデスからね!』


「褒めてるわけじゃねえよ……。てか俺の正体を知ってるってことは、入れ替わりの魔導具マジックアイテムを送りつけたのはお前か」


『当然デス! 使い方しだいでは国王になって国を支配できちゃう激ヤバの魔導具マジックアイテムデスからね! こんな魔導具マジックアイテムを作れるのは私くらいのものデスよ!』



 ミュセルのどや顔が目に浮かぶようだ。


 得意気なミュセルに、ジタンはため息をついた。



「あのさぁ……なんでこんなことしたんだよ?」



 おおかた、ものすごい発明をしたから褒めてもらおうと思ったのだろう。


 ミュセルの言う通り、やりようによっては国王に成り代わり国を支配できるほどの魔導具マジックアイテムなので、信頼できるジタンとルナに使わせることにしたというわけだ。


 しかし――



『ルナちゃんのためデス!』



 ミュセルは、予想外の理由を口にした。


 ジタンは困惑してしまう。


 40過ぎのおっさんと入れ替わることが、なぜルナのためになるのか。



「どういう意味だ?」


『結論から言うと、ジタンくんにルナちゃんを守ってもらおうと思ったのデス!』


「待て待て。こっちは混乱してんだ。結論から言うんじゃねえ。ちゃんと順序立てて説明しろ」


『私、ジタンくんと出会う前から魔族に命を狙われていたのデス!』


「めっちゃ話遡ったな。つかマジで? たしかにお前と出会ってから魔族がわんさか湧いてやがったが、俺を狙ってたんじゃねえのか?」


『超高性能の魔導具マジックアイテムと新しい魔法をバンバン生み出す私が魔族に狙われないわけないデスからね! 私が魔族だったら真っ先に消しちゃいマスよ!』



 たしかにミュセルは偉大すぎるほど偉大な魔導具マジックアイテム開発者だ。


 ケータイで手軽に遠方との連絡を可能とし、飛空艇で大軍勢を遠方へ送れるようになり、新たな魔法の発見は人類の戦力を底上げした。


 魔族にとってはジタンの存在も充分脅威だが、それ以上に人類全員を強化し続けるミュセルのほうが厄介だったというわけだ。



『そんなわけで、超強いと有名だったジタンくんをボディガードにすることにしたのデス! そしたらかなり珍しい体質だったので実験に付き合ってもらうことにしたのデスよ!』



 あのときのミュセルの目の輝きっぷりは、いまだによく覚えている。


 他の追随を許さぬ圧倒的な魔力と、たった1桁というありえない魔力回路は、知的好奇心に取り憑かれているミュセルの興味を引くに充分すぎたのだ。



『まさかジタンくんの赤ちゃんを産むことになるとは思わなかったデスけどね!』


「俺もまさか魔導具マジックアイテムバカにいきなりキスされるとは思わなかったぜ」


『ジタンくんが私をときめかせたのがいけないのデス!』



 ミュセルはちょっとだけ恥ずかしそうだ。


 照れ隠しのつもりか、ますます声が大きくなった。



「話を戻すが、魔族に狙われてるなら俺のそばを離れるなよ」


『魔族に狙われているからこそデスよ! ジタンくん、ルナちゃんにメロメロだったデスし! 私が一緒にいるとルナちゃんが魔族に襲われちゃうかもデスから!』


「だから出ていったのか? ルナを守るために……」


『それが一番の理由デスね! ルナちゃんにミルクあげてるときも実験のことを考えちゃう私はママに向いてないと思ったのデスよ!』


「そんなことないだろ。娘を心配してんなら立派な親だ。戻ってこい」


『いまさら戻れないデス! 私のことは忘れて、新しい娘と付き合うといいデスよ! クロエちゃんとか、ジタンくんに気があるみたいデスし!』


「気があるどころの話じゃ……待て。なんでクロエちゃんのことを知ってんだ?」


『私が開発した通話を盗み聞きする魔導具マジックアイテムのおかげデス! この盗聴器にジタンくんとルナちゃんの魔石をはめることで、ふたりの通話は筒抜けになるのデス!」


「さらっととんでもねえこと言ってんな」



 誰かに変な通話をしていないだろうかと不安になってしまう。



『盗聴器のおかげで、ルナちゃんが学院にいることがわかったデス! 最初は学院にいればジタンくんと離れても安心かなと思ったのデスけど』


「学院にいても危険だってのか? 理由を詳しく聞かせろ!」


『私を襲いに来た魔族が言ってたのデス! ――「仲間の情報を教えるので早く楽にしてください……」って!』


「楽にさせてくれって……拷問してんのかよ」


『実験デス! 拷問は人聞き悪すぎデス!』


「魔族にとっちゃどっちも変わんねえだろ。襲われたって言ってたが、怪我はないんだよな?」


『余裕で倒したデス!』


「ならいいんだが……で、仲間の情報って?」


『それがデスね。どうやら魔族がルナちゃんを狙ってるらしいのデス!』


「なんでルナが狙われるんだよ!」


『ジタンくんを葬るための人質にしたいそうデス!』



 魔王軍を壊滅させたことで、ミュセル以上にジタンのほうが危険だと判断されたのだろう。最近になってミュセルが狙われたのも、対ジタン用の人質にするためというわけだ。



「だったらなおさら俺のところに戻ってこい。俺のそばにいれば安全だろ」


『いまのジタンくんはルナちゃんデスし、それに実験で忙しいから戻れないデス!』


「実験って?」


『夢を叶える実験デス! 全然上手くいかないデスけど……私、いつかぜったい月に行ってやるデス!』



 ミュセルは昔からそればっかり言っていた。


 月に行くなんて夢物語もいいところだが、大勢を乗せて空を飛ぶ飛空艇を開発したミュセルなら、いつか本当にやりかねない。



「そのときは俺もつれていけよな。魔族全員根絶やしにしてやるから」


『もちろんデース! 私の夢を笑わないジタンくんは、やっぱり優しいデスね!』



 実験に付き合っているときに夢物語を聞き、楽しそうだと告げたところ、いきなりキスをされたのだ。



「で、けっきょく俺とルナを入れ替えた理由はなんだったんだ?」


『ジタンくんがルナちゃんになれば、魔族に襲われても返り討ちにできると思ったのデスよ!』


「だったら最初に説明しろよな。マジでパニックだったんだぞ、入れ替わった初日。そんな回りくどいマネしなくても、言ってくれりゃ俺がぶっ殺しに行くってのに」


『それだと魔族が警戒しちゃうデスからね! 油断させておびき寄せるために、入れ替えることにしたのデス!』


「そういうことなら納得がいくが……指輪を贈るときにルナの名前を騙ったのはなんでだ?」


『私の贈り物だと警戒して身につけないと思ったのデスよ』



 実際、ミュセルの名前が書かれていたら警戒していただろう。指輪を身につける前から魔導具マジックアイテムだと察し、怪しんで身につけなかったはずだ。



『……怒ってるデスか?』


「怒ってねえよ。ルナのためにしたことだしな」



 それにジタンがルナとして過ごしたことで、学院生活を改善できた。


 ルナもジタンとして振る舞うことで自信を得たようだし、結果オーライだ。



『それで、いまのところ魔族の気配はあるデスか?』


「気配はねえが……」



 そこでふと思い出す。


 以前、学院長のアイリスが『一瞬だけ魔族の反応を感知した』と語っていた。


 どうやって反応を消したのかはわからないが……魔族はいまも近くに潜んでいるのかもしれない。



「とにかく、見つけしだいぶっ殺す」


『ジタンくんならルナちゃんの身体でも楽勝で撃退できマスからねっ! ボコボコにしてやってほしいデス!』


「当然だ。この世から消してやるぜ。……んで、そいつを葬ったあとなんだが。俺とルナを元に戻すことはできるんだよな?」


『心配いらないデス! 私は天才デスからね!』



 それなら安心だ。


 ジタンはあらためて魔族を葬ると約束し、通話を切ったのだった。

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