《 第21話 お茶会へ 》

 ルナと買い物を楽しんだ翌日。


 今日はお茶会当日。天気は晴れ、絶好のお茶会日和。ルナが言うには昼頃開催とのことだが、雲の動きを見るに一日中快晴が続くだろう。


 今日のお茶会が上手くいくかどうかで第2回の開催が決まるのだ。ルナが心待ちにしているお茶会、失敗は許されない。


 ジタンはひとっ風呂浴びて身だしなみを整えると、食堂で朝食がてら紅茶を飲み、優雅なお茶の飲み方を練習する。


 ちまちま飲むのは性に合わないが、パロマはお茶会を提案するお茶会大好き娘だ。マナーにうるさいかもしれないし、目くじらを立てられないためにも練習しておいて損はない。



(さて、練習はこれくらいにして、もう行くか)



 そろそろ昼だ。


 食堂をあとにしたジタンは自室へ戻り、プレゼント入りのカバンを手に、パロマの部屋へ向かった。


 ノックすると、パロマが出てくる。


 表情がごっそり抜け落ちた、小柄な女子だ。


 とろんとした眠そうな目で、じっとジタンを見つめている。


 これが普段の表情なのか機嫌が悪いのか、ジタンには判別がつかない。



「よう。絶好のお茶会日和だなっ!」



 ルナが言うには、パロマは友達がいなかったらしい。だとすると緊張しているだけかもしれないので、緊張感を解くべく爽やかな笑みで挨拶をした。


 するとパロマは無表情のままうなずき、



「今日は快晴」


「だろ? 絶好のお茶会日和だな!」


「絶好のお茶会日和」


「だろっ? お茶が楽しみだぜ!」


「お茶が楽しみ」


(マジで物静かな女子だな……)



 淡々と相づちを打たれ、ジタンはこの場にクロエを呼び出したくなった。


 彼女とお茶会を催し、盛り上がるイメージが想像できない。あるいはジタンを見てハイテンションになったクロエのように、お茶を見ると性格が変わるのだろうか。


 だとすると非常にありがたいのだが……。



「んで、お茶会の準備はできてるのか?」


「できてる」



 パロマは大きなカバンを持っていた。


 中身はティーセットだろう。



「……ん?」


「どうしたの?」


「いや、妙な匂いがしてな」


「……珍しい紅茶が入ってる」


「そか。そいつは飲むのが楽しみだ。んじゃ出発しようぜ」


「出発する。ついてきて」


「どこに行くんだ?」


「外」


「外なのはわかるよ。場所はどこだ?」


「サプライズ」


「教えたらお茶会の楽しみが半減するってことか?」


「そう」


「なるほどね。ただ、校内か校外かだけでも教えてくれると嬉しいんだが……」


「校外でする。列車に乗る」


「列車に? ずいぶん遠くでするんだな。そこじゃないとだめなのか?」


「だめ」


「了解。なら着替えてくるよ。パロマちゃんも私服に着替えたらどうだ?」


「私は制服でいい」


「そっか。まあいいや。ちょっと待っててくれ」



 ジタンは部屋に戻り、ズボンに着替えて廊下に出る。


 準備できたぜ、と告げるとパロマは首を振り、じっと手を見つめてきた。



「それ外さないとだめ」


「どれ?」


「その指輪、学院支給の魔導具マジックアイテム。つけたまま外出すると厳しい処分が下される」



 いままでで一番長い会話ができた。相手の心配をするなんて良い娘じゃないか、とジタンは安心する。


 やはり学友とのお茶会に緊張しているだけで、ルナの友達になるに相応しい優しい女の子だ。


 これは絶対にお茶会を成功させなければ。



「だいじょうぶ。こいつはただの指輪だ。見てみろ、魔石はめる穴がないだろ?」


「……ない」



 入れ替わり魔導具マジックアイテムだと明かすわけにはいかないため誤魔化すと、パロマは納得してくれた。


 そして出発。学生寮を出て、そのまま学院をあとにすると、列車乗り場へと歩いていく。



「カバン重くないか? よかったら持つぜ」


「平気」


「お茶会は昔からよくするのか?」


「する」


「紅茶って淹れ方で味が変わるんだってな!」


「変わる」


「パロマちゃんはいつも誰とお茶してるんだ?」


「親」


「パロマちゃんが淹れてるのか?」


「私」


「そりゃ親も大喜びだろうなっ。可愛い娘が美味いお茶を淹れてくれるんだから!」


「喜ぶ」


「……」


「……」



 犬猫と会話したほうがよほど盛り上がりそうだ。淡々とした返事しか返ってこないので、会話をしている感じがしない。


 めげずに話しかけ続けるも、一切盛り上がらないまま列車乗り場に到着した。南部行きの列車に乗り、となりあって席に座る。


 ちらっと横顔をうかがうと、やはりパロマはとろんとした目をしていた。


 もしかして淡々とした返事しかしなかったのは――



「眠いのか?」


「どうして?」


「目がとろんとしてるから」


「眠くない」


「我慢しなくていいぞ。わたしもちょっとだけ眠いからな。パロマちゃんもお茶会が楽しみで、なかなか眠れなかったんだろ?」


「……うん。楽しみだった。すごく、すごく、待ち侘びた。早くお茶会したい」


「そりゃよかった!」



 ジタンはやっと安心できた。


 パロマはちゃんとお茶会を楽しみにしてくれていたのだ。


 本人は否定しているが、それはジタンを不安にさせないため。淡々とした返事しかしないのは機嫌が悪いからではなく、眠気によるものなのだ。


 だったら、しばらく黙っているとしよう。


 放っておけば、そのうち眠るはずだ。眠気が覚めれば元気になって、お茶会も盛り上がるに違いない。



「目的地ってどこだ?」


「南部5番駅」


「最南部ね。了解」



 南部5番駅についたら起こすとしよう。


 そうと決め、ジタンは話しかけるのをやめたが、けっきょくパロマは一睡もせず、目的の駅に到着した。


 南部5番駅はエクレール王国で一番若い駅である。駅周辺は住宅街となっており、エクレール王国の王都は世界一安全な街という話を聞きつけて引っ越してきた人々で成り立っている。


 今後どれだけ人口が増えるかわからないため、一軒家より集合住宅が多く、大勢が暮らせるように4階建てや5階建ても珍しくない。



(このあたりにお茶会できそうな場所があるのかね……)



 公園か広場に向かうのだと思っていたが、近くにそれらしきものはない。そもそも公園も広場も学院近くにあるので、ここまで遠出する必要はないのだが。



「なあ、どれくらい歩くんだ?」


「どうして?」


「日が暮れる前に戻らないとマズいだろ。夜間外出がバレりゃ停学だぜ?」


「問題ない」


「問題なくはないんだが……もしかして道に迷ったのか?」


「迷ってない。お茶会会場はこっち」


「けっこう歩くのか?」


「あと1時間くらい」


「けっこう歩くのな……。つーか、ここからさらに1時間って……マジで夜間外出になっちまうぞ」


「心配ない。会場、とてもいいところ。ルナちゃんに見てほしい」


「気持ちは嬉しいが……」



 どうするべきか、ジタンは頭を悩ませる。


 このままだとお茶会を急いで終わらせないと罰則が下ってしまう。パパとして娘の評価が下がる行為は避けたいところだ。


 しかしパロマもルナも、今日という日を楽しみにしていた。急げば間に合うレベルなら、お茶会を楽しむべきか。



(ま、景色を見て、紅茶を飲むだけだしな。10分もありゃ終わるだろ)



 そのあと帰り道でパロマとお茶会の感想を語りあえば、お茶会は成功と言っていいだろう。


 今回遠出したのだ。次のお茶会は近場で開いてくれるはず。それならルナに負担をかけずに済む。



「そろそろ到着」


「いよいよか」


「こっち」


「そっち? そこは……ひとの家じゃね?」



 5階建ての集合住宅だった。


 勝手に入るのはマズいだろうに、パロマは堂々と屋内へ。



「親戚が住んでるのか?」


「住んでる」


「てことは親戚の部屋でお茶会するのか?」


「違う。屋上でする」


「屋上で……?」


「見晴らしがいい」



 これがサプライズの正体というわけか。


 たしかに5階建ては珍しい。古くからある学院周辺では見られない高さだ。


 階段を上りきり、パロマがドアを開け、屋上にたどりつく。



「ふぃ~。風が気持ちいいぜ」



 屋上に出ると、爽やかな風が吹き抜けた。


 柵越しに景色を眺めると、家々が建ち並んでいる。


 絶景とは言いがたいものの、パロマの手前、喜んでみせなければ。



「こりゃすげえ! すげえ景色だな、パロマちゃ……ん?」



 振り返り、ジタンは目を疑う。


 ドアが氷漬けになっており、パロマの指には魔導具マジックアイテムが――



「お、おいおい、なにやってんだ!?」


「誰にも邪魔されたくないから」


「だからってドアを凍らせるか? つーか魔導具マジックアイテムを持ち出すのはマズいだろ!」


「問題ない」


「支給品じゃなく自前の魔導具マジックアイテムってことか? だとしてもドアを凍らせるのはだめだろ……」


「問題ない。死ぬから」


「……は?」


「これが終わったら飛び降りて死ぬから。だから問題ない」



 覚悟が決まっているのか、パロマは死を口にしながらも顔色ひとつ変えなかった。



「お、おい、考えなおせよ! いじめられて辛かったんだよな? でもさ、もう解決したんだ。パロマちゃんをいじめる奴はいないし、いたらわたしがぶっ飛ばしてやるから。だから楽しくお茶会して、また明日から学院生活を楽しもうぜ!」


「それは無理」


「無理じゃねえよ!」


「無理。私も、あなたも、学院生活は送れない」


「……わたしも?」


「そう。あなたもここで死ぬから」



 抑揚のない声で死の宣告をしたパロマは、大きなカバンを開いた。


 そこには、ティーセットなど入っていなかった。


 そこに入っていたのは――



『ホホホ。ご苦労でしたねパロマ』



 人語を解するコウモリだった。

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