《 第19話 ハイテンション 》
ルナとの買い物を楽しんだあと。
学院に帰りつくなり、クロエが抱きついてきた。
「おいおい、抱きつくと服にシワができちまうぞ」
「シワとかどうでもいいわ。ジタン様に会えたんだもの! ありがとうルナちゃん! ジタン様と過ごせるなんて夢みたいだったわ! あたし変じゃなかった!?」
「変じゃなかったぞ。パパこそどうだった?」
怪しまれてないといいのだが……。
「オーラがすごかったわ!」
「オーラ?」
「英雄のオーラよっ! あと声が渋くて耳が幸せだったわ! あの渋い声で『クロエちゃん』って呼んでもらえるなんて……! あぁ、ジタン様! 本当に素敵でかっこよかったわ! ますますジタン様のお嫁さんになりたくなっちゃった!」
いつもクラスで目にするまじめな振る舞いからは想像もつかない、かなりのはしゃぎっぷりだった。
「かっこいいのは認めるが、もう40過ぎだぞ。やっぱ結婚相手としては……」
「年齢なんて関係ないわ。あたし、ぜったい結婚する。ジタン様のものになるわ! ジタン様もあたしのこと……か、かわ、可愛いって言ってくれたしっ!」
クロエは顔が真っ赤だ。
頬に手を添え、ジタンの顔を思い浮かべているのか、うっとりしている。
「これって脈ありよね!?」
「さ、さあ、どうだろうな……」
ジタンはお茶を濁した。
脈があるとは言えないが、ないとも言えない。そんなこと言えば、ショックで一生寝込みそうだ。
「あぁルナちゃん! ルナちゃん! 本当にありがとう! 夢の時間をありがとう! ルナちゃん大好き! ちゅきちゅき~!」
ちゅっ、と。
ほっぺにキスされた。
一緒にお出かけしただけでこのはしゃぎっぷりなのだ。キスした相手がジタンだと知れば正気を失ってしまうだろう。
というか。
「さすがにはしゃぎすぎじゃね?」
「はしゃぐわよ! 10年ぶりにお会いできたんだもの!」
「10年ぶり? 昔、街で見かけたのか?」
「ううん。向こうから見つけてくれたのっ。迷子になってたあたしを見つけてくれたのよ!」
クロエはうっとりとした顔で、ジタンとのエピソードを語る。
10年前、クロエは家出したらしい。理由は『お父さんがあたしのケーキを勝手に食べたから』だそうだ。
そして帰り道がわからなくなり、夜になった。大雨が降り、酔っ払いが行き交い、クロエは心細くて泣いてしまった。
そのとき、ジタンが手を差し伸べてくれたのだそうだ。
「もしかしてクロエちゃん……パパに保護されたあと、ギャン泣きした?」
「よく知ってるわね。も、もしかしてジタン様から聞いたの!?」
「あ、ああ。小さい頃にな。『迷子を保護したらものすごく怖がられた』って聞いてたが……」
この幸せそうな表情。とてもじゃないが「パパ助けて! 誘拐される! パパ! パパァァァァァァァァ!」と泣きじゃくっていた娘と同一人物とは思えない。
娘と同い年くらいの女の子に泣きじゃくられ、あのときは本当にへこんだ。まあ、ルナに「パパ落ちこんでるの? よちよち!」と頭を撫でてもらったので良い思い出として残っているが。
「あのときはジタン様のことを知らなかったのよ。本気で魔族だと思ったわ」
「パパの顔は子ども受けが最悪だからな」
それでも魔族は言い過ぎだが。
「なのにジタン様、あたしを泣き止ませようと必死になってくれたの……」
「けっきょく家に帰りつくまで泣き止まなかったらしいな」
「本当に怖かったもの……。でもお家に連れて帰ってもらって、お父さんたちがぺこぺこしてて……あとから世界を救った英雄様なんだって聞かされたわ。そして好きになったの」
「待て待て。『英雄だと知った』からの『好きになった』が急展開すぎるんだが」
「英雄様が雨のなか泣いてた女の子に救いの手を差し伸べてくれたのよ? 誰だって恋に落ちるわよ……。あの日からジタン様はあたしにとって永遠のヒーローだわ!」
「褒めすぎだって」
「褒めたりないくらいよ! ジタン様、想像以上に素敵だったもの!」
「……想像以上に?」
「ええ。あたしの歩幅にあわせてくれたり、歩き疲れてないか気にかけてくれたり、汗をかいたあたしにハンカチを貸してくれたり……本当に良いひとだったわ」
「……そうか。パパが聞いたら喜びそうだな」
ジタンがジタンとして接していれば、終始緊張しっぱなしで終わっただろう。
ルナは頑張ってジタンを演じていたものの、ルナっぽさを隠し切れていなかった。優しい気遣いが滲み出ていたのだ。
その結果として、クロエはジタンにますます好印象を抱いた。
入れ替わりが解除されても、ルナはクロエとますます仲良くなれるだろう。ルナが知れば喜ぶに違いない。
「これからもたまにパパと遊びに行こうか」
「行く! 行くわ! ぜったい行く!」
ジタンの提案に、クロエは大喜びだ。
ハイテンションのクロエとともに学生寮に入り――
「あら、ちょうどよかったわ。小包が届いてるわよ」
寮母に呼び止められた。
入れ替わりの
「誰から?」
「さあ。とりあえず部屋に戻って開けてみる。あとで一緒にメシ食おうぜ」
「ええ。またあとでね」
クロエと廊下で別れ、ジタンはひとりで自室へ。
ベッドに腰かけ、小包を開けてみると、なかにはケータイと手紙が入っていた。
そこにはたった一行だけ、こう書かれていた。
『この手紙を確認したら連絡してね。――ミュセルより』
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