《 第8話 リベンジ 》
翌朝。
ジタンが教室を訪れると、男子たちが「あいつ調子に乗ってるらしい」だの「弱いくせに生意気な奴だ」だのと侮蔑してきた。
クラスメイトに囲まれ、昨日情けなく逃げた小太り男子がニヤついている。
(これで仕返しのつもりかよ)
かつてスラムで生きるか死ぬかの日々を過ごしていたジタンには言葉の刃など通用しない。
が、ルナは違う。気が弱く引っ込み思案なルナは、メンタルが弱いのだ。3ヶ月にわたるルナの境遇を思うと胸が苦しくなってくる。
元の肉体に戻った際に楽しい学院生活を送らせるためにも、バカにする奴らを一掃しなければ。
「てめえら覚悟はできてんだろうな?」
凄んでみせると、男子たちの顔色が変わる。
まさか言い返されるとは思っていなかった様子。
昨日の出来事について自分の評価が落ちないように語ったのだろう。ひょこひょこ走りで逃げた小太り男子が慌てた様子で言う。
「お、おいおい、実力で勝てないからって口喧嘩かよ。ほんと情けない奴だな!」
「あ? 昨日は泣きながら逃げたくせになに言ってやがる」
「べ、べつに逃げたわけじゃない! 喧嘩なんて野蛮なマネ、したくないだけだ! だいたい、ここは魔法学院なんだぞ? 喧嘩の強さなんかなんの意味もないんだ! そんなこともわからないからザコなんだよ!」
「そうか。わかった。だったら魔法学院らしく、実力でねじ伏せてやるよ」
ジタンは怒りを滾らせつつ、その瞬間が訪れるのを待った。
そして本日最後の授業で、ついにそのときが訪れた。
「先日に引き続き、模擬戦を行う!」
闘技場に男教師の声が響く。
「今日は欠席者はいるか?」
「今日もパロマ・ルージュさんが欠席です」
「あいつ退学するんじゃねーの?」
「ザコだったもんな」
「ま、うちはエリート校だしな。弱い奴は問答無用で退学させるべきなんだよ」
パロマといえば、ルナが友達だと語っていた女子だ。
ルナをバカにされたわけではないが見過ごせない。
「てめえらいい加減にしとけよ」
「な、なんだよバニーニ。お前のことは言ってないだろ」
「友達をバカにされて黙ってられるわけねえだろ」
「いつの間に友達になったんだよ? お前らが話してるところとか見たことないぞ」
「ま、いいんじゃねーの? 弱い奴同士お似合いだぜ!」
「私語は慎むように。えー、では今回は1対1の模擬戦とする! 各自、対戦相手を決めるように!」
ジタンは闘争心を滾らせつつ、男子たちを睨みつける。
「誰でもいいからかかってこい」
「ほんと生意気な奴だな! 二度と逆らえないようにしてやる!」
「ズルいぞグレイス! こいつはオレの獲物だ!」
「いやボクだ! こいつ調子に乗ってるからな。自分の立場を思い知らせてやる!」
「この際だ。全員まとめてかかってこいよ」
「こらこら、1対1だと言っただろう。誰と試合をするかはバニーニが決めろ」
「だったらお前からだ」
ジタンはグレイスを指名した。
グレイスは自信ありげに笑う。
「昨日の借りを返してやる」
「今日は鼻血じゃ済まさねえぞ」
「僕の台詞だ。二度と登校できない身体にしてやる! 先生、最初の試合は僕たちにやらせてください!」
「いいだろう。では――」
ジタンは温かな光に包まれた。
死者が出ないための措置だろう。全身を薄膜シールドで覆う
闘技場にジタンとグレイスを残し、生徒たちは座席へ上がる。
そして全員が見守るなか――
「では、はじめ!」
教員が開始を宣言した直後。
グレイスの周囲に
「僕をバカにした罪、償わせてやる!」
シュッ!
ジタンはひらりと避けてみせる。
「運がいい奴だ! ほら、どんどん行くぞ!」
次々と放たれる
「な、なんで当たらないんだよ! お前なんの魔法を使ってるんだ!」
「魔法なんざ使ってねえ。ただの動体視力だ。てめえと違って実戦経験山ほど積んでっからな。魔族どもの魔法に比べりゃ、お前の攻撃なんざ止まって見えんだよ」
「嘘つくな! お前なんかが魔族と戦って生き残れるわけないだろ! どうせ偶然が重なっただけだ!」
シュババババ!
風切り音を奏でつつ、多数の
普通ならば怯むべき氷柱の群れを前にして、ジタンは落ち着き払っていた。ひらりひらりと避けながら、グレイスとの距離を縮めていく。
じわじわと距離が埋まるたび、グレイスの顔に恐怖が滲んでいき――
ふわり、と彼は宙を舞った。と同時に、熱風が漂ってくる。
回避と牽制を同時に行う
「ど、どうだ! これなら近づけないだろ!」
「近づけねえなら魔法でぶっ飛ばすまでだ」
「ふんっ。どうせ
「どっちでもねえ。てめえを葬るこの技は、パパ直伝の必殺技だ」
ジタンはかざした手に魔力を溜め――
ぽすっ!
小さな光の弾が放たれ、ふわふわと飛び、弾けて消えた。
「はっ、はは! なんだそのへなちょこ攻撃! もしかして魔力を飛ばしたのか? バカな奴だな! お前なんかが
「んだとコラ!? ぶっ飛ばしてやるから降りてこい!」
「嫌だね! 悔しければ魔法を使って落としてみろ!」
「いい度胸してんじゃねえか!」
だったら、激痛につぐ激痛で失神させてやる――!
次の瞬間、ジタンのまわりに無数の氷柱が出現した。
「なにをするかと思えば、ただの
「できるもんならやってみやがれ!」
シュパパパパ!
すべての氷柱を上空へ放ち、ぴたりと宙に止まる。
そして雨のように降り注いだ。
「うわ!?」
咄嗟にうしろへ飛ぶグレイス。
すると氷柱は軌道を変えて頭上へ飛び、再びグレイスの頭部を狙う。
グレイスは必死な形相で避けながら、困惑気味に叫んだ。
「なんでついてくるんだよ!?
「追尾魔法を付与したからだ」
「追尾だって!? ちょ、ちょっと待てよ! 支給魔石でそんな魔法使えないぞ! お前、外部から持ちこんだな!?」
「んなことしてねえよ。魔石の組み合わせは変えてねえからな。ただお前が知らないだけだ」
とはいえ、グレイスの驚きも納得がいく。
この場で追尾付与の魔力配分を知っているのはジタンだけだから。
(感謝するぜミュセル。おかげで俺たちの娘をいじめた野郎をぶっ飛ばせる)
ミュセルは寝ても覚めても魔法絡みの話しかしない女だった。
実験に付き合っているときも、同棲を始めてからも、魔法の話を聞かされ続けた。
新しい魔力配分を発見したなんて話も珍しくない。
珍しくないがゆえに、いちいち世間に公表することもなかったのだ。
「ど、どうしたんだグレイス! 逃げるなよ! 相手はバニーニだぞ!?」
「そうだそうだ! 追尾されるからって、どうせ溶けるんだから怖くないだろ!」
「溶けねえよ!
ジタンは新たに巨大な氷柱を出現させる。
そのすべてが、バチバチと青白い光を放っていた。
追尾する
「な、なんでお前なんかにそんな魔法が使えるんだ!?」
「逆になんで使えねえと思うんだ?」
ルナはジタンの娘であり、ミュセルの娘でもある。
魔力こそジタンに及ばないが、魔力回路はミュセル譲り。5桁という驚異的な魔力回路を誇っている。
通常1%単位でしか魔力配分を調整できないなか、ルナは0.01%単位で魔力を調整できるのだ。
この世にルナが使えぬ魔法など存在しないのである。
「待ってろよ。いま引きずり下ろしてやるからな!」
多くの
が、そのすべてを避けきるのは難しい。
バチっと閃光が迸り、ぐぎゃ、と悲鳴を響かせて、グレイスが落ちてきた。全身に痺れが走り、びくびくと痙攣している。
ジタンはグレイスに馬乗りになると、頬に強烈なビンタをお見舞いする。
気絶していたグレイスはハッと目を見開き、瞬く間に顔を青ざめさせていく。
「や、やめ――」
バチィィン!
「んぃッ!? た、叩かな――」
バチィィィィィン!
「も、もうやめ……こ、これ魔法の模擬戦……」
「そうか。魔法をお望みか」
グレイスの赤らんだ顔に手をかざす。
バチバチと青白く輝く手を見て、グレイスは涙を流しながら、
「ご、ごめんなさい……」
「なにがだ?」
「い、いろいろ酷いこと言って……ほ、本当にごべんなさい……」
「許すわけねえだろうが!」
バチィィィン!
「ひぐッ!? や、やめて! 痛いのやめてッ! 許してください! 先生! 先生助けて!」
「そ、そこまで! 試合終了!」
「うるせえ黙ってろ!」
教師を黙らせ、恐怖に歪むグレイスの顔を見下ろす。
「わたしはな、てめえを殺せるなら捕まってもいいと思ってんだ。けどな、退学にはなりたくねえ。……てめえを殺したら退学になるよな?」
「な、なります! 僕を殺せば退学になります! ……許してくれますか?」
「そいつは今後の行いしだいだ。わたしが許す気になるまで一生媚びてろ。一瞬でもわたしを苛つかせたら、そんときゃボコす。てめえが心から反省したとわかったら、半殺しで済ませてやる」
「半殺し!?」
「死ぬよりマシだろ。不服か?」
「い、いえ! 不服じゃないです! もうそれでいいです!」
「クソガキが。生意気な態度取りやがったらマジで殺すからな」
念押しして、腹から腰を浮かしてやる。
すると教師が戸惑うように、
「お、おい、バニーニ。いったいどうしたんだ……? いままでと違いすぎるぞ」
「本来の実力を発揮しただけです」
「い、いや実力以前の問題なんだが……ひとが変わったように見えるぞ」
「わたしはわたしです。授業続けてください」
「う、うむ。そうしよう」
ごほんと気を取りなおすように咳払いして、教師は授業を進める。
闘技場で激闘が繰り広げられるが、誰ひとりとして試合を見ていなかった。全員、ジタンをチラ見している。
あっけにとられているのが半数、怯えているのが半数だ。この様子なら二度とバカにはされまい。
(ま、バカにされようとされまいと、こいつらの罪が消えるわけじゃねえがな)
愛娘を傷つけた罪は重い。
グレイスに口を割らせ、いじめっ子全員を特定し、模擬戦でぶっ飛ばしていこう。
……授業が終わると男連中が我先にと謝りに来たが、特定の手間が省けただけで、ジタンの決意は変わらないのだった。
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