《 第7話 いじめっ子 》

 世界一安全と謳われているエクレール王国には、世界中から移住者が殺到する。


 大陸南部の魔王城とは対極にあるのが理由のひとつだが、むしろ人口が増え始めたのは魔王の死後、英雄ジタンの存在が広く知られるようになってから。


 魔族の王は消滅したが、魔族が消えたわけではない。


 魔王が生きていた頃に比べれば遥かにマシだが、いまだ大陸を支配するべく猛威を振るい続けている。


 ゆえに人々は『英雄様のお膝元なら安心して生活できる!』とこの地に押し寄せ、瞬く間に王都は拡大していった。


 つまるところ――



「やっと到着か」



 東部の駅に降り立ち、ジタンはため息をこぼす。


 同じ王都でありながら、西部と東部はかなり距離がある。行き来には列車を使い、それでも1時間以上かかる。


 すでに日は傾き、街中は夕焼け色に染まっている。生徒は夜間の外出を禁じられているらしいので、急がないとルナの評価が落ちてしまう。


 小柄ゆえに一歩一歩を短く感じつつも、30分ほどかけて魔法学院の門前に到着。


 エクレール魔法学院は世界最高峰の教育機関。世界中から選りすぐられたエリートたちの学舎だ。


 生徒数は300人と少ないながらも、世界最高峰の教育機関の名に相応しい立派な校舎が佇み、噴水広場やら闘技場やら学生寮やらがある。



「さて、女子寮はどこだ?」



 ここへ来るのはルナの入学式以来。


 この世代にはジタンのファンが多いのか、突然の来訪に学院中が騒然とした。


 ルナと学院を見てまわるつもりだったのに、注目されるのが嫌だったのか、途中で別れてしまったのだ。


 おかげで女子寮の場所がわからない。



「ま、誰かに聞けば済む話か」



 なんとなく女子寮がありそうなほうへ進んでいると、女子を発見する。


 赤みがかった髪を腰まで伸ばした、気の強そうな女子だ。


 小柄だが胸は大きく、ルナほどではないが顔立ちも整っている。


 ジタンは小走りに女子のほうへ駆け寄った。



「おーい、ちょっといいか?」


「えっ、なに?」



 彼女は戸惑うように目を丸くする。


 ジタンは親しげに笑いかけ、



「変なこと聞くが、女子寮ってどこだ?」


「女子寮? こっちだけど……あなた、バニーニさんよね?」



 知り合いだったようだ。


 ルナっぽくない口調で接してしまったが、無理にルナをマネればボロが出る。


 ならばジタンを貫こう。


 なにか聞かれたときは『大好きなパパと過ごしているうちに口調が似てしまった』とでも説明すれば問題なかろう。



「あらためて自己紹介させてくれ。わたしはルナ・バニーニ。そっちは?」


「なにかの冗談? あたしはクロエよ。クロエ・クロムエール」


「おおっ! クロエちゃんだったか!」


「えっ? クロエ……ちゃん?」



 いつもは『ちゃん』付けではないようだが、ルナは『クロエとかパロマと友達』と語っていた。ならばちゃん付けでも問題なかろう。



「わたしのことはルナちゃんって呼んでくれ!」


「い、いったいどうしたの、バニーニさん……? 垢抜けたというか、明るくなったというか……雰囲気が違いすぎるわよ?」


「帰省で疲れを吹っ飛ばしたんだ。あとルナちゃんでいいって。呼んでみ?」


「ルナちゃん……?」


「おう! んじゃ親睦を深めたついでにメシ食い行こうか!」


「さっき済ませてきたわ」


「そっか。そいつは残念だ。でさ、このあと暇?」


「どうして?」


「学院を案内してもらおうと思って」


「いまさら!? まあ、べつにいいけど……」


「サンキュな!」



 さすがはルナの友達。


 なかなか良い娘じゃないか。



「まずは女子寮につれてってくれ!」



 クロエと肩を組み、フレンドリーに接する。


 そのまま学生寮へ向かおうとしたところ――



「おっ、ザコじゃん」



 と、小太りの男子が声をかけてきた。


 口元をニヤニヤさせ、バカにするような眼差しで、



「やめとけやめとけ。ザコと絡むと弱くなるぞ」


「クロエちゃん、言われてるぞ」


「いや、あたしじゃないわよ……」


「ならこいつ、誰のこと言ってんだ?」


「なにすっとぼけてんだ! お前のことだよザコバニーニ!」



 苛立たしげに罵倒され、ジタンは戸惑いを隠せない。


 望んでなったわけではないものの、ジタンは英雄と呼ばれている。その娘のルナがザコ呼ばわりされるなど信じられない。


 が、そんなことはどうでもよく――



「なんとか言ってみろよザコ! ま、お前がどんだけ否定しようとザコであることに変わりはねーけどな! オレらに迷惑かけねーためにも、さっさと退学っぺ!?」



 パァァァン!


 小太り男の頬にビンタを炸裂させ、がっと胸ぐらを掴む。



「てめえ喧嘩売ってんのかコラ?」


「…………………………へ?」


「へ、じゃねえよ。ぶち殺されてえんだろ? だったら素直にそう言えや」


「い、いや…………へ?」


「へ、じゃねえっつってんだろうが!」


「ぐぴっ!?」



 股間に膝を叩きこむ。


 うずくまった男子の肩をぐりぐりと踏みつけ、



「顔上げろコラ! 二度と汚ぇ言葉吐けねえようにアゴ蹴り砕いてやっからよ!」


「な、なん……」


「しゃべってねえで顔上げろや!」



 ぐっと髪を鷲掴みにして、力尽くで顔を上げる。



「い、いだッ! いだだだだだだ!」


「ちょ、ちょっとルナちゃん!? なにやってんの!?」


「た、たしゅけてクロムエール……」


「女に助け求めてんじゃねえ! てめえそれでも金玉ついてんのか!?」



 眉間にしわを寄せて睨みを利かせると、男子がぞっと顔を青ざめさせる。


 力強く首を振ってジタンの手から逃れると、ひょこひょこ走りで逃げていく。



「おいコラ待ちやがれ!」



 全力で追いかけたものの思うように走れず、逃がしてしまった。


 まあいい。顔は覚えた。


 今度会ったらタマを握り潰してやろう。



「い、いったいどうしたのよルナちゃん? なんだか変よ……?」



 こちらへ駆け寄ってきたクロエが、息を切らして言う。


 ジタンはきょとんとした。



「なにが変なんだ? 売られた喧嘩は買った上でボコすのが常識だろ? じゃねえとつけ上がる一方じゃねえか」


「ど、どこの常識?」


「我が家の家訓だ」


「そ、そうなの? でも普段のあなたはもうちょっと、こう……おとなしい感じなんだけど……」


「今日のわたしはひと味違うんだよ。でさ、さっきの奴ってクラスメイト?」


「え、ええ、そうよ」


「だったら捜す手間は省けるな。んじゃ女子寮に――」


「んだよバニーニ、戻ってきたのかよ」



 ――案内してもらおうと思った矢先、さっきとは違う男子がやってきた。


 いかにもお坊ちゃん然とした男子だ。



「なあクロエちゃん、こいつは?」


「クラスメイトのグレイスじゃない」


「そのグレイスが、わたしになんの用だ?」


「お前に用とかねーよ」


「用もねえのに呼び止めてんじゃねえよ。行こうクロエちゃん」



 グレイスの横を通り過ぎようとしたところ、足を引っかけられた。


 ジタンは手をつき、逆立ちをして一回転。くるっと身を翻し、グレイスの胸ぐらを掴む。



「てめえ、覚悟はできてんだろうな?」


「………………へ?」


「クソが! さっきからどいつもこいつもそれしか言えねえのか!」


「な……ど、え? こ、こないだは転けたのに、なんで……」


「……こないだは?」



 膝の擦り傷を思い出す。


 あのときルナは顔を曇らせ、「転んだ」と言った。


 なにかにつまずいたのだと思っていたが、足を引っかけられたらしい。



「てめえ、この世で一番やっちゃいけねえことをやりやがったな……」


「な、なんだよ。ザコのくせに文句あるのかよ? ていうか手を離せよ。じゃないと痺れさせるぞ!」



 グレイスが脅すように手を見せてきた。


 そこには指輪がはめられている。



「ちょ、ちょっとグレイス! こんなところで魔導具マジックアイテムを使うつもり!?」


「うるさい! こいつが手を離さないのが悪いんだろ!」


「てめえが喧嘩売ったんだろうが! 残りの人生病院で過ごさせてやろうか!?」


「ふ、ふん。お前なんかが僕に勝てるわけなぶっ!?」



 鼻に頭突きをお見舞いする。


 グレイスは鼻を押さえてよろよろとあとずさり、手のひらを見る。


 べったりと血のついた手を見て、わなわなと震えた。



「よ、よくも僕の顔に傷をつけたな!? ザコのくせに!」



 グレイスが指輪つきの手をかざし、ジタンが腹に拳を叩きこもうとしたとき。


 ばしゃ!


 いきなり顔に水がかかった。


 クロエが魔法を使ったのだ。



「ふたりとも頭を冷やしなさい! 校内で喧嘩すれば退学よ!」


「うし。てめえ、いますぐ校外に出ろ。ぶっ殺してやる」


「だ、誰がザコの指示に従うか! この学院じゃ強い奴が偉いんだ! ザコのくせに生意気なこと言うな!」


「だったら校外に出ろ! ボコボコにして力の差を思い知らせてやるからよ!」


「だ、だからザコの指示には従わないって言ってるだろッ! 僕に命令したかったら模擬戦で勝ってみろ!」



 口早に叫び、グレイスは小走りに去っていく。


 クロエは疲れたようにため息をついた。



「まったくもう……。魔導具マジックアイテムを持ってる相手に挑むなんてどうかしてるわよ?」


「クロエちゃんは、わたしを心配してくれるんだな」


「そりゃ目の前で物騒なやり取りされたらね」


「ありがとなクロエちゃん! ――で、わたしをバカにしてるのはこれで全部か?」


「……それを聞いてどうするの?」


「二度と舐められねえようにする。てか、その口ぶりだとほかにもいるのか」


「言えないわよ。揉め事を起こしそうだもの」


「だったら質問を変える。なんでここまで舐められてんだ?」



 気弱なのは認めるが、いくらなんでも舐められすぎだ。


 少なくともルナは弱くない。エクレール魔法学院に実力で合格できるだけの実力は備わっている。


 なにより可愛いのだ。チヤホヤされて然るべきだろうに……。



「それは……ルナちゃんへの期待が大きすぎたからよ」


「わたしへの期待?」


「ええ。あたしも入学式でジタン様と一緒にいるところを見て、ものすごく期待してたから……。ジタン様の娘なら、すごく強いに違いないって」


「そ、そうか……」



 ジタンは頭を抱えたくなった。


 ルナが笑顔で暮らせる世界にするために魔王を葬ったのに、ジタンが英雄になってしまったためにルナは勝手に期待され、幻滅され、いじめられてしまったのだ……。



(なんてこった。俺が英雄になっちまったせいで、ルナによけいな負担をかけちまうなんて……)



 そうとわかれば、ジタンがやるべきことはひとつ。


 ルナが楽しく学院生活を送れるように、舐められないようにすればいいのだ。


 いじめっ子を全員倒せば自然とルナの強さも広まり、まわりの期待に応えることができる。



(まずは模擬戦でさっきの野郎をぶっ飛ばすか)



 そうと決めつつ、ジタンはクロエの案内で女子寮へと向かうのだった。

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