《 第6話 父と娘のなりすまし計画 》

 ミルキーを見送ったあと。


 ジタンはチョコレートケーキを切り分け、ルナの皿に載せた。


「いっぱい食べていいからな!」


「ありがと。でも、いまはケーキの気分じゃないよ……」



 大好物のチョコレートケーキを前にしながら、ルナはため息をつく。


 中身はルナだが、見た目はジタンだ。


 憂鬱そうな自分の顔を見ていると、こっちまで気分が沈んでしまう。


 かといって、娘の前で顔を曇らせるわけにはいかないが。


 これ以上ルナを不安がらせないためにも、明るく振る舞わなければ!



「心配ないって! パパがなんとかしてやるから!」


「なんとかって?」


「なんとかはなんとかだ。だからルナは安心していつも通りに過ごしてくれ!」


「いつも通りなんて無理だよ……だって、パパの身体になってるもん。これじゃ学院にも行けないよ……」


「ありのままを説明すりゃいいだろ。『指輪をはめたらパパになっちゃった、てへ』ってな感じで」


「信じてもらえっこないよ。身体を入れ替える魔導具マジックアイテムとか聞いたことないもん。それにパパが教室にいたらみんな授業に集中できないし、そもそもパパの身体だと魔導具マジックアイテムを使えないし……」



 魔力も魔力回路も肉体に宿るのだ。ジタンのわずかな魔力回路ではエクレール魔法学院の授業について行けないだろう。


 これまで通りルナに学院生活を送らせるには、やはり元に戻る必要がある。望み薄だがミュセルに連絡を取り続けつつ、ミルキーが元に戻る魔導具マジックアイテムを開発してくれるのを待つしかない。


 が、すぐには無理だ。入れ替わりの魔導具マジックアイテムは高度な代物なのだから。元に戻る魔導具マジックアイテムも、同じくらい高度な技術を必要とするに違いない。



「明後日の夕方に家を発つ予定だったよな?」


「うん。それまでに元に戻れるかな……?」


「さすがに厳しいだろうな」


「だよね……。だったら、しばらく休もうかな」


「そりゃまずいだろ」


「どうして?」


「休み続けたら友達が心配するじゃねえか。ほら、クロエとかパロマとか……あとは忘れちまったが、いろんな奴と仲良くなれたって言ってただろ?」


「そ、それは、その……まあ、言ったけど……でも、この身体じゃ登校できないよ」



 そうは言うが、なんとかして学院に通わせたい。


 気が弱く、引っ込み事案で、英雄の娘だからと遠慮され、これまでルナには友達がひとりもいなかったから。


 魔法学院で気のあうクラスメイトと出会い、やっと友達ができたのだ。学院に通う3年間、友達と楽しく過ごしてほしい。


 だったら――



「演技しようぜ!」


「演技?」


「パパはルナを、ルナはパパを演じるんだ」


「それって……パパがわたしのふりをして登校するってこと?」


「そういうことだ。じゃねえと留年しちまうからな。そうなりゃ友達と離れ離れだ。みんな悲しむだろうぜ」


「悲しみはしないと思うけど……」


「悲しむって。友達なんだからさ。おまけにルナは可愛いんだ。男子だって寂しがるだろうぜ。……恋人はいないんだよな?」


「い、いないよ! 恋人なんて……」


「ならいいんだ」



 娘のふりをして恋人とイチャつくなんて嫌すぎる。


 キスをせがまれようものなら殴り飛ばし、破局させる恐れもある。



「とにかく、学院のことはパパに任せろ!」


「その場合、わたしはなにをすればいいの?」


「てきとーに街ブラしてりゃいい。どうだ? パパの提案に賛成か?」


「パパがわたしっぽく振る舞えるなら……」


「よし、賛成だな」


「ちゃんと振る舞えるの?」


「当然だろ。パパはずっとルナを見てきたんだから。ルナの演技なんざ楽勝だぜ」



 自信満々なジタンだが、ルナは不安げだ。


 娘に信用されず、ジタンは少し落ちこんでしまう。



「ちゃんと演じられるんだが……」


「だったら、やってみせて?」


「いいぜ。シチュエーションは?」


「じゃあ……教室に入るところで」



 了解、とジタンは咳払い。


 見たことのない教室をイメージして、がちゃっとドアを開ける演技をする。



「うーっす! おはよー! あー、授業楽しみ! 俺……じゃなくて、わたしの席はここか! どっこらしょ」


「もう違うよ!」


「どこがだ?」


「なんだかおじさん臭いし、わたしそんな大声じゃないし!」


「産声はもっとデカかったぜ?」


「産声と比較しないで!」


「それに小声は苦手なんだよ。逆に演技臭くなっちまうぜ?」


「だったら、まあ……大声はいいけど……その座り方はだめ。脚を開きすぎ。下着が見えちゃうよ」


「パンツ覗き見した奴はぶっ飛ばすから安心しろ」


「なにひとつ安心できないよ!?」


「ま、なるべくお上品さを心がけるぜ。で、授業はまじめに受けるとして……あとは放課後だな。普段なにしてんだ?」


「女子寮で過ごしてるよ」


「具体的には?」


「部屋で読書したり、食堂で食事したり、あとはお風呂に入ったり。できれば目隠しして入浴してほしいけど……」


「んなことしたら転んで怪我しちまうだろ」


「転んで……」



 嫌なことでも思い出したのか。ルナが顔を曇らせ、視線を下に向ける。


 視線を追いかけると、膝に行きつく。


 そこには擦り傷が――



「お、おいルナ! 怪我してるじゃねえか! この怪我どうした!?」


「べ、べつに。ただ転んだだけだよ」


「道の整備が甘いんじゃねえか? よし! パパが責任者に文句を言ってやる!」


「言わなくていいよ! それより共同浴場だから、女子の裸をじろじろ見ないようにしてね?」


「ガキの裸になんざ興味ねえよ。ちなみに入浴の作法とかあんの?」


「普通に髪と身体を洗うだけでいいよ」


「よしきた。全身くまなく綺麗に洗ってやるからな!」


「だ、だからって、変なところ触らないようにしてね?」


「変なところって?」



 ルナの頬がじんわり赤らむ。



「変なところは変なところだよ」


「股間のことか?」


「直接的な表現は控えて!」



 ルナが顔を真っ赤にして怒った。


 これでも直接的な表現は控えたつもりなのだが……。



「恥ずかしがることないだろ。昔は毎日一緒に入ってたんだから」


「昔とは違うの!」


「毛が生えたってことか?」


「もう! さっきからデリカシーなさすぎ!」



 ルナは耳まで真っ赤だ。


 成長している証拠だし、ジタンとしては喜ばしいことなのだが……。



「すまんすまん。まあ、なんだ? とりあえず練習がてら一緒に風呂入るか?」


「いい。ひとりで入るもん」


「いまは入れ替わってんだから恥ずかしがることないだろ」


「心理的に恥ずかしいの!」


「わ、わかったよ。ひとりで入るよ。……でさ、トイレに行っていいか?」


「我慢できないの?」


「我慢は身体に毒だろ。ルナの身体に負担をかけるわけにはいかねえよ」


「……やり方わかる?」


「さすがにわかるって。ルナこそトイレ平気か? パパの身体でちゃんとできるか、見ててやろうか?」


「い、いいよ。ひとりでできるもん」


「ちゃんとひとりでできて偉いなぁ」



 ジタンは背伸びした。


 そして、ルナの頭を撫で撫でする。



「わたしに撫でられてる……変な感じがする……」



 ルナはなんだか気味が悪そうだ。


 撫で撫ででこんな顔をされるなんてショックである。やはり一刻も早く元の身体に戻らねば!


 さておき、話はまとまった。


 この姿で外出するのは抵抗があるのか翌日は家で過ごし、ジタンは不安げなルナに見送られるなか、翌々日の昼下がりに家をあとにしたのだった。

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