《 第9話 女子のヒーロー 》
1日の授業を乗り切ったジタンは、一度自室へ着替えを取りに向かい、学生寮内の大浴場を訪れた。
脱衣所で制服を脱いでいると……背後から視線を感じる。
「……なんか用か?」
振り向きざまに問いかける。
ロッカーの影からジタンを覗き見ていた女子たちは、全力で首を振る。その顔には怯えが見えた。
「う、ううん。なんでもない!」
「目が合っちゃってごめんなさい!」
慌ただしく服を脱ぎ、逃げるように浴場内へ駆けていく。
クラスメイトに逃げられ、ジタンの背中に冷や汗が流れた。
(やべえ。めっちゃ怖がられてんじゃねえか!)
ジタンが生まれ育ったスラムでは誰かが誰かをボコボコにする光景など日常茶飯事だが、エリート街道を歩んできた女子には刺激が強い光景だったかも。
いじめっ子を撲滅すれば平和な学院生活になると期待していたが、これではルナにとってとても居心地の悪い3年間になってしまう。
(ルナのためにも怖いイメージをどうにかしないとな!)
決意しつつスカートを下ろす。
下着に手をかけると、またもや背後から視線を感じた。
「……」
振り返るが、誰もいない。
気のせいだろうか? まあいい。
一糸まとわぬ姿になるとタオルを肩にかけ、湯気が立ちこめる浴場内へ。
ひとまず念入りに身体を洗い、大きな湯舟に浸かる。
「っかァ~……生き返るぜ……」
ジタンの独り言が響く。
浴場内は驚くほど静かだった。多くの女子がいながら、誰ひとりとして声を発していなかった。
いくつかのグループに分かれ、ジタンをチラチラ見ているのだ。
じっと見つめ返してやると、さっと視線を逸らされた。下手に声かけすると逃げてしまいそうだ。
ならば――
「おう、クロエちゃん! ちょうどいいところに来たな!」
「え、なに?」
「こっち来いよ! おしゃべりしようぜ!」
「……いいわよ。あたしも訊きたいことあるし」
クロエは湯舟に浸かる。
それから、おずおずとたずねてきた。
「あなた……本当にルナちゃん?」
「見ての通りだ」
「たしかに見た目はルナちゃんなんだけど……実力が違いすぎるわよ?」
「本来の実力を発揮したまでだ」
「どうして最初から実力を発揮しなかったわけ?」
「それはほら……あれだ、あれ。いきなり実力を発揮したら注目されると思ってな。わたしは注目されるのが好きじゃないんだ」
おとなしい性格のルナっぽい言い訳に、クロエは納得顔だ。
なるほどね、とつぶやき、探りを入れるように、
「ルナちゃんって……本当にジタン様の娘なのよね?」
「おう! がっつり血の繋がりがある正真正銘の娘だ。クロエちゃんもパパのファンなのか?」
「大ファンよ! 正直言って学院一――ううん、世界一ファンだって自信があるわ! 部屋にもジタン様の写真いっぱい飾ってるし! サインだって持ってるわ!」
「お、おう。そうか」
激変ぶりに、ジタンのほうこそ「本当にクロエちゃん?」と問いたくなった。
それにしても――
「サインって珍しいな。パパ、そういうの滅多にしないんだが」
「あたしのお爺ちゃんがジタン様の知り合いで、特別にサインしてくれたの!」
「知り合い?」
「白竜亭っていう食堂のオーナーよ」
「おー、白竜亭な! そっかクロエちゃん、あの爺さんの孫か! そういやよく孫の自慢話を聞かされたっけ」
「ルナちゃんも行ったことあるの?」
「いや、わたしはないけど……」
「だったらどうしてお爺ちゃんが私の話をしてたこと知ってるの?」
「そりゃ……パパから聞いたんだ。知り合いの孫娘のためにサインしたって」
てきとーに誤魔化していると、女子たちが興味深げにこちらを眺めていた。
クロエと親しげに話す姿を見て、多少は警戒心が解けたはず。
声をかけるならいましかない。
「パパの話に興味あるなら聞かせてやるぞ」
「い、いいの?」
「減るもんじゃねえしな。こっち来いよ」
遠巻きに眺めていた女子たちが、ひとりまたひとりとこちらへ来る。
そして申し訳なさそうに謝ってきた。
「ご、ごめんね?」
「なにがだ? ……まさか、お前らも陰口叩いてたのか?」
「そ、そんなことはしてないよ。だけど、その……」
「バニーニさんが酷いこと言われてるのに、見て見ぬふりしてたから……」
「わたしが助けを求めたか?」
「う、ううん。なにも言ってなかったけど」
「ならいい。わたしも助けを求めてない奴を助けるほどお人好しじゃないからな」
女子たちは安心したように胸を撫で下ろす。
……いま気づいたが、発育格差がすごい。彼女たちに囲まれていると、ひとりだけ子どもが混ざっているみたいだ。
(遺伝的にはルナも巨乳になるはずなんだが……)
栄養バランスには気を遣っている。
ルナも「パパのご飯、美味しいね!」と残さず食べてくれる。
だがルナは小食だ。そのせいで栄養が足りてないのかも。
外見の良さは自信に繋がる。
もっと胸がデカくなれば、ルナは堂々と振る舞えるかも。
ルナを巨乳にするためにも、今日からはがっつり食事をするとしよう。
「私、びっくりしちゃった。いつもおとなしいバニーニさんが、あんなに強かったんだもん!」
「ねっ。私もグレイスくんに酷いこと言われたことあるから、すっきりしたよ」
「なんて言われたんだ?」
「『付き合ってやってもいい』って言われて断ったら『冗談だブス』って」
「うし。わたしがぶっ飛ばしてやる」
「い、いいよもうっ。気にしてないから!」
「そっか。ま、なんかあったら遠慮なく言えよな。あとわたしのことはルナちゃんでいいから。ついでにあらためて名前を教えてくれ」
全員の顔と名前を一致させ、おしゃべりを楽しむ。
みんな英雄ジタンに興味津々らしく、1時間ほど『パパ自慢』を繰り広げる。目をキラキラと輝かせて話を聞いていた女子たちは、しだいに頭をふらつかせていく。
「私、そろそろ上がろうかな……」
「私も。さすがにのぼせちゃうよ……」
「んじゃ上がるか。パパの話はまた明日聞かせてやるよ」
ジタンたちは全員揃って湯舟を出た。
違和感に気づいたのは、脱衣所に戻ってすぐだ。
「……あん?」
「どうしたのルナちゃん?」
「……下着がねえ」
「持ってくるの忘れたの?」
「いや、たしかに持ってきたはずなんだが……」
「あれ? 私の下着がない」
「私のも!」
「わっ! あたしの下着もないわ!」
脱衣所が騒然とする。
18名中、8名の下着がなくなっていた。
ひとりふたりならまだしも、これだけ多くの下着がないとなると――
「下着泥棒が出やがった!」
それしか考えられない。
「下着泥棒!?」
「で、でもおかしいわ。女子以外は入れない仕組みになってるもの」
「そうなのか?」
「ドアに
「だったら女子が盗んだってこと?」
「いや、盗んだのは男だ」
「どうして言いきれるの?」
「わざわざ
「
「服を脱いでるとき、妙な視線を感じたからだ。それに……」
下着を盗まれたのは『可愛い女子』だ。
下着を見ただけでは可愛いかどうかは判別できない。
つまり、この場で女子を吟味して、可愛い女子の下着だけを盗んだのだ。
まあ、それに関しては本人を前にして言いづらいので胸に秘めておくが。
「なんにせよ、下着泥棒はまだ脱衣所内に潜んでやがるぜ」
女子たちが悲鳴を上げ、肌をタオルで覆い隠す。
クロエが身体にタオルを巻きつつ、
「で、でも、どうしてわかるの? とっくに出ていったかもしれないじゃない」
「考えてみろ。湯舟で話してるとき、誰も来なかったし出ていなかかっただろ?」
「そ、そういえばそうね……みんなルナちゃんの話に夢中になっていたわ」
「だろ? 侵入するときは女子にくっついて来たんだろうが、全員湯舟に留まってたんじゃ、出るに出られねえからな」
覗き魔は透明状態で近くにいる。
その説が濃厚になり、クロエは気味が悪そうに周囲を見まわす。
「全員、ロッカーの裏に隠れてろ」
「な、なにをするの?」
「犯人をとっ捕まえてやる」
「……どうやって?」
「
ジタンの周囲に無数の
シュババババ!
壁めがけて放ち、ドスドス壁に突き刺さる――と、
半透明の壁の裏に、全裸男の姿が見えた。
きゃあああああ、と悲鳴が響くなか、ジタンは全裸男へ詰め寄った。すぐさま
ゴン! と壁にぶつかる音。
すかさず駆け寄り、全裸男がいそうな場所を思いきり踏みつけると、ぐに、と嫌な感触が。
「んぎゃああああああああああああああああ!?」
「おらおらおら!」
「んぎいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「早く姿を見せねえとタマが潰れちまうぞ!」
「わっ、わひっ!? わかっ、わかっ!」
断末魔のような声を上げ、
おっさんだった。
クロエがロッカーの影に隠れたままたずねてくる。
「だ、誰だったの?」
「知らねえおっさんだ。こっち来て見てみろよ。動かねえから安心しろ」
「い、行けないわよ。だってそのひと……全裸なのよね?」
「あー、そういうことね。ちょっと待ってろ」
思いきりタマを踏み、ひとまずおっさんを気絶させる。
ジタンは全裸男から指輪を外すと、近くにあったタオルを下半身にかけた。
もういいぞ、と手招きすると、クロエたちが怖々と近づき――
ぎょっとする。
「ロースト先生じゃない!?」
「そんな! 信じられない……!」
「ロースト先生がこんなことするなんて……」
「誰だ? ローストって」
「誰って、『魔族学』の先生よ! 授業も面白いし、優しくて人気の先生だったじゃない!」
「私、先生の授業好きだったのに……」
「ルナちゃんもロースト先生の授業のときだけは楽しそうにしてたよ」
「このクソ野郎が! 信頼を裏切りやがって!」
タオルの上からタマを踏みつけると、ローストが悲鳴とともに目を覚ました。
「ひぎぃ!? 痛い! 痛い!」
「黙ってろ! てめえの
「ま、待て! 頼む! 見なかったことにしてくれ! そ、そうしてくれたら全員を上級クラスに入れると約束するから……!」
「は? なに言ってやがる」
「嘘じゃない! 私は学年主任だ、決定権がある! 上級は無理でも、実力より上のクラスに入れると約束んぎぃ!?」
「てめえみたいな下着泥棒を学院に置いとけるわけねえだろうが!」
「下着を盗むのははじめてだ! つい魔が差してしまったんだ! な、なかなか出てこないから、盗んでしまったんだ……!」
「覗きに関しては常習犯ってことじゃねえか!」
「反省している! ほんとだ! ほんとだ! 下着も返す! 額縁の裏だ!」
クロエが額縁を動かすと、ぱさぱさと下着が落ちてきた。
「こ、これで見逃してくれるか……?」
「見逃すわけねえだろ変態教師が!」
ぐりぐりと股間を踏んでいると、騒ぎを聞きつけた寮母と生徒たちが来る。
壁という壁に突き刺さった氷柱と全裸教師を見て、絶句している。
「こ、これは……いったいなにが……」
「こいつが
「そ、それは本当なのですか!?」
「本当です!」
「あたしたちが証人です!」
「てか全裸で転がってること自体がなによりの証拠だろ」
「わ、わかりました。ロースト先生についてはこちらで処理しますから、みなさんは着替えて部屋に戻りなさい」
バスタオルを腰に巻かせ、寮母は数名の女生徒とともにローストを連れて脱衣所を出る。
ローストがいなくなると、女子たちがへなへなと座りこむ。
「怖かった……」
「気持ち悪かった……」
「ルナちゃん、すごいね。怖がるどころか
「すごく勇敢だね」
「褒めてもらえるのは嬉しいが……これ、退学にならねえよな?」
「なるわけないよ。悪いのは全部ロースト先生だもん」
「なにか言われたら、あたしたちが文句を言ってやるわ!」
この場の全員がルナの味方になってくれるようだ。
クラスメイトとも仲良くなれたし、これなら元の身体に戻ってもルナはつらい学生生活を送らずに済む。
ジタンは気分を良くしつつ脱衣所を出ると、クロエたちと夕食を楽しむのだった。
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