《 第5話 入れ替わり 》

「なんで俺が増えてんだ!? いや、俺が増えたとかどうでもいい! ルナどこだ! おーい、ルナ!」


「わたしはここだよ!」



 野太い声でジタン(偽)が叫んだ。



「お前は俺だろ! いや、お前の処遇は後回しだ! いまはルナだ! お前も俺なら一緒に娘を捜しやがれ! おーい、ルナ! ルナァァァァァァァァ!」


「だから、わたしはここだって!」



 ジタン(偽)は涙目だ。


 自分の情けない顔を見ていると恥ずかしくなってくる。



「俺のくせにそんなツラしてんじゃねえ!」


「だ、だったら、わたしの顔で下品な格好しないで!」


「俺のどこが下品だってんだ!」


「がに股!」


「あぁ? がに股のどこが下品……うぉっ!?」



 身体が細くなっている!


 いつの間にかスカート姿で、色白の脚がすらりと伸びている!


 おまけに――



「ちんこがねえ! 俺様のたくましい胸も縮んでやがる!」


「……」



 ジタン(偽)の顔が羞恥に歪んでいる。


 巨体をぷるぷると震わせ、そして悲鳴のような声を上げた。



「へ、変態! 変態がいる! 助けてパパ! わたしにそっくりな変態がいるの! む、胸を触ってるの!」


「おいこら! 誰が変態だ! ジタン様を舐めてっとぶっ飛ばすぞ!?」



 ジタン(偽)を見上げて凄んでみせると、きょとんとされた。



「……ジタン?」


「おう。俺様がジタンだ。お前は偽物のジタンだ」


「ち、違うよ。わたし、ルナだよ!」



 今度はジタンがほうける番だ。


 言われてみれば、野太い声ながらもしゃべり方はルナにそっくり。



「……ルナなのか?」


「そ、そうだよ! 見ての通り、ルナだよ!」


「い、いや、見た目で判断していいなら、お前はジタンなんだが……」


「え?」



 ジタン(偽)は自分の手を見て、身体を見て、ぎゃあと叫んだ。



「ムキムキになってる!? へ、変なのがついてる……」


「変なのとか言うなよ」


「しかも声が低い!」


「いまさらかよ」


「わたし、どうなってるの!?」


「ジタンにそっくりになってるぜ。……とりあえず鏡を見に行かねえか?」



 停戦協定を結び、ふたり揃って脱衣所へ。


 鏡の前に立ち、愕然とした。



「俺がルナになってる!?」


「わたしがパパになってる!?」



 ジタンはぺたぺたと頬を触る。


 すると鏡のなかのルナが、同じ動きをしてみせる。


 ……間違いない。



「つ、つまり、なんだ? いま俺の身体を動かしてるのはルナってわけか?」


「う、うん。じゃあ……わたしのなかにいるのは……パパ?」


「お、おう」


「……」


「……」


「なんで入れ替わってるの!? 普通にご飯食べてただけなのに! どうしてパパがわたしになってるの!?」


「お、落ち着けルナ! パパがなんとかしてやるから、とりあえず落ち着け!」



 荒ぶるジタン(偽)あらためルナを落ち着かせつつ、ジタンは思考を働かせる。


 身体の入れ替わりなど聞いたことがないが、超常的な現象を起こすのはいつだって魔導具マジックアイテムだ。


 そして身近な魔導具マジックアイテムらしきものといえば……



「この指輪、魔導具マジックアイテムなんじゃねえか?」


「で、でも魔石はついてないよ?」


「内蔵型かもしれねえぞ。最近は見栄えを気にしてそういうのが流行ってんだとさ」


「パパは魔導具マジックアイテムを使えないんじゃ……」


「使いこなせないだけで、使えないわけじゃねえよ」



 戦闘用の魔導具マジックアイテムと違い、日常生活用の魔導具マジックアイテムは子どもでも扱えるよう簡単な仕組みになっている。


 誰かが魔力を補給してくれれば、あとはスイッチひとつで起動するのだ。



「スイッチとかなかったよ……?」


「そりゃまあその通りだが……仕組みについてはひとまず置いとこうぜ。とにかく、いまわかってるのは、誰かが俺たちの身体を入れ替えるために手の込んだマネをしたってことだ」


「誰がそんなことを……」


「わかんねえけど、俺に恨みを持つ連中の仕業かもな」



 ジタンは多くの悪党に恨まれている。


 ルナと身体を入れ替えることが復讐になるかはさておき、ジタンをうろたえさせるのが目的なら狙いは成功だ。



「うし。ひとまず元に戻って悪党共をボコしてくるぜ」


「元に戻れるの!?」


「指輪を外せばいいだけだろ」


「あ、そっか。……あ、あれ? でもこれ外れないよ!?」


「……んっ。……んんっ! ……んぬぅあおおおおおおおお!」



 全力で指輪を引っ張るが、びくともしなかった。


 力業で外すのが無理となると……



「指を切り落とすしかねえか」


「指を!? ど、どっちの……?」


「そんなのパパの指に決まって……あぁ、けど無理か。この身体はルナのものだし。となると切るのはジタンの指だが……」


「わ、わたしも痛いのは嫌だよ……?」



 指輪をはめた瞬間に入れ替わったのだ。ルナ(ジタンの肉体)の指を切り落とせば瞬時に戻れるはず。


 問題は、一瞬とはいえルナに痛い思いをさせること。


 可愛いルナを痛がらせるなどぜったいにしてはならない。


 となると……



「知り合いに相談してみる。ポケットのケータイ取ってくれ」


「う、うん。はいこれ」


「さんきゅ」



 薄板を受け取る。ミュセルが発明した人類三大発明のひとつ携帯型遠方通信機――通称『ケータイ』だ。


 お互いに魔力をこめた極小の魔石を交換し、それをケータイにはめこみ、指で押すことで、通話が可能となる。


 ジタンは魔力コントロールできないため、本来のやり方だと魔力をこめられないが――人間の肌からは微量の魔力が漏れているため、半日ほど魔石を握り続けることで魔力を付与できるのだ。


 ジタンはとある人物と交換した魔石を押す。


 と、ほどなくして応答があった。



『もしもし? ミルキーっすけど』


「おうミルキー。ひさしぶりだな。俺だ。ジタンだ」


『あ~……ジタンさん? なんか声変わりしてないっすか? 少女みたいっすよ』


「実際、少女になっちまってんだ」


『少女に?』


「しかも世界一可愛い少女にな」



 ジタンは入れ替わりの魔導具マジックアイテムについて手短に説明する。


 するとミルキーは――若くして魔法騎士団・魔導具マジックアイテム開発部門を取り仕切る女は、とびきりハイテンションに叫んだ。



『うおおおお! それマジっすか!? すげえっす! 見たいっす!』


「なら来い」


『いいんすか!? 行くっす! ダッシュで!』



 ぶつっと通話が切れ、1時間ほどで白衣姿の背の高い女が来た。


 ミルキーである。


 本当にダッシュで来たようで、汗だくだ。


 金髪がおでこにべったり張りつき、大きな胸を揺らしながら肩で息をしている。



「ぜはー……ぜはー……お、お待たせっす」


「お水をどうぞ」


「うひゃー!? ジタンさんが優しい!? これ中身ルナちゃんなんすか!?」


「見ての通り、ルナだ」


「いや、見ての通りだとジタンさんなんすけど」


「ルナの可愛さが滲み出てるだろ。いまなら建国祭の美少女コンテストで1位になるだろうぜ」


「ジタンさんならマジでファンの組織票で1位になりそうっすけど……そんなことは置いといて! 入れ替わりの魔導具マジックアイテム、見せてもらっていいっすか!?」



 開発者の性なのか、ミュセルの一番弟子だからなのか。世にも珍しい魔導具マジックアイテムを前にミルキーは大興奮だ。


 ぺたぺたとジタンの指輪に触れ、くんくんと匂いを嗅ぎ、ぺろっと舐める。


 それからレンズ型の魔導具マジックアイテムをかざし、透過して構造をチェックする。



「どうだ? なにかわかったか?」


「具体的な仕組みはわからないっすけど、魔導具マジックアイテムと見て間違いないっすね。しかもこれ、かなり複雑っすよ? 極小の魔石がめっちゃ仕込まれてるっす」


「かなり高度な魔導具マジックアイテムってわけか」


「こんなの作れるの、ひとりしか心当たりないっす」


「ミュセルか……」



 妻がこんなイタズラをする理由に見当はつかないが、これだけ高度な魔導具マジックアイテムを作れるのがミュセルしかいないというのは納得だ。



「連絡はつかないんすか?」


「相変わらずだ。そっちは?」


「全然っす」


「てことは魔力切れを待つしかないわけか?」


「それもどうっすかねぇ。なにせ1粒1粒が小さいっすからね。肌から漏れる魔力で起動し続ける可能性もあるっす」


「現時点で元に戻る方法はわからないってわけか」


「そういうことっすね。なにかわかったら連絡するっす」


「頼む」


「ついでにお肉一切れもらっていいっすか?」


「持ってけ」


「どうもっす! 研究ばっかで昨日からなにも食べてなかったんすよねぇ~」



 研究者という生き物は全員そうなのか、ミュセルもなにも食べずに研究に没頭していた。


 冗談でもなんでもなく、餓死している可能性もある。



「お邪魔しました&ごちそうさまっす~!」



 ミルキーは肉をもぐもぐしつつ家をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る