《 第4話 差出人不明の指輪 》

 夕方。


 エトワール王国王都西区の住宅街。


 その一等地に佇む豪邸にて、ジタンは落ち着きなく過ごしていた。



「ちゃんと帰ってくるよな……?」



 今日は愛娘が帰省する日。


 そろそろ帰ってくる頃だが、顔を見るまで安心できない。


 幼い頃は猫を追いかけて迷子になってしまったし、男にナンパされて怖がっていたこともある。


 ルナは「パパ、心配しすぎ」と子ども扱いされて拗ねていたものの、やはり駅まで迎えに行ったほうがいいのでは?



「あ~……けどルナと『子ども扱いしない』って指切りしたしな」



 娘との約束を破るわけにはいかない。


 それにいまから駅に行けば、入れ違いになるかもしれない。


 帰ったとき家が無人だとルナに心細い思いをさせてしまう。


 不安が拭えないまま時間だけが刻一刻と過ぎ、窓の向こうが薄暗くなってきた――そのとき。



「ただいま~」



 可愛い声が玄関から聞こえ、ジタンはそちらへダッシュした。


 そこにいたのは小柄な体つきの、とても愛らしい女の子だ。


 ウェーブがかった色素の薄い髪は肩口まで伸び、色白の肌は透き通っていて透明感がある。



「おかえりルナ!」


「ひゃあ!? 急に出てこないでよパパ……」



 びっくりしたように目を見開き、慎ましい胸に手を添える愛娘。


 すまんすまん、とジタンは朗らかに笑い、



「大きくなったなぁ」


「こないだ会ったばかりだよ? 1週間じゃ変わんないよ」


「ちょっと痩せたか?」


「変わってないってば」


「いいや、痩せたね。パパの目に狂いはない。だっこで確かめさせてくれ」


「やだよ、だっこなんて。もう子どもじゃないんだから」


「ならハグは? ハグはどうだ?」


「ハグもやだよ。恥ずかしいもん」


「じゃあ髪を撫でるのは?」


「それなら……」



 柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でると、ルナはくすぐったそうに目を細めた。


 それからリビングに向かうと、テーブルのご馳走を見てルナは目を輝かせた。



「うわあっ、美味しそう!」


「だろっ? ルナのために愛情こめて作ったからな!」


「魔石はどうしたの?」


「パパひとりだと魔力の補給にすげえ時間がかかっちまうからな。いつもみたいに、近所の奴らに頼んだぜ。っと、そうそう。ケーキも冷やしてるぞ」


「ほんと!?」


「おう。ルナの大好きなチョコレートケーキだ」


「やった! パパありがと!」



 嬉しそうに笑う娘に、ジタンは幸せ心地になる。


 きっと授業が大変なのだろう。進学してからふとした瞬間に暗い顔を見せるようになったが、家にいるときは勉強のことを忘れて楽しく過ごしてほしい。



「今日はひさしぶりにパパと寝るか?」


「パパとは寝ない」


「そっか……」


「でも夜までおしゃべりに付き合ってあげる」


「そっか! そりゃ最高だ!」



 ジタンはルンルン気分で食卓につき、愛娘と食事を始める。


 美味しそうに肉を頬張るルナを見ていると、頬がゆるゆるになってしまう。



「メシはどうだ? 美味いか?」


「うん。わたしの好きな味付けだよ」


「そりゃよかった。向こうではなにを食ってんだ?」


「いろいろ。食堂のメニューは充実してるから、その日の気分で食べてるよ。チキンソテーが美味しいの」


「そりゃ食ってみてえなぁ。んで、学院生活はどうだ? 楽しいか?」


「う~ん。普通かな」


「普通って? もうちょっと詳しく話してくれないか?」


「どうして?」


「パパは学院に通ったことがないから、どんなところか知りたいんだ」


「べつに。ただ魔法の勉強するだけだよ」



 学院生活のことを語るとき、ルナはいつも顔を曇らせる。


 やはり授業について行けてないのだろうか。


 ならば励ましてやらないと。



「授業って、魔導具マジックアイテムを使うんだろ?」


「うん。魔法学院だもん。今日だって使ったよ」


「そっか。さすがルナだな!」


「褒められるようなことは言ってないけど……」


魔導具マジックアイテムを使ったんだろ? すごいじゃねえか!」


「全然すごくないよ。そんなことで褒めるのはパパだけだよ。だって使えないほうがおかしいんだから。……ごめん」


「謝らなくていいよ。パパはこれっぽっちも気にしてないから」



 人類には魔力のほかに、魔力回路が備わっている。


 魔力回路は全身に巡る血管のようなもので、魔力を流すのに欠かせない。


 そして魔力回路が多ければ多いほど、繊細な魔力コントロールが可能となり、より複雑な魔法を扱えるようになる。


 人類の平均は3桁で、エリート揃いのエトワール魔法学院の生徒ともなると4桁の魔力回路がある。


 だが、ジタンの魔力回路は1桁しかない。


 そのうえ魔力回路が極太なのか魔力をコントロールできず、魔導具マジックアイテムを使いこなせないのだ。



「ルナはママに似てよかったな。おかげで魔導具マジックアイテムを使い放題だ」


「使い放題なわけじゃないけど……それより、ママから連絡来たの?」


「相変わらず連絡なしだ。こっちから連絡しようにも反応がないしな」



 妻のミュセルは魔導具マジックアイテム開発の第一人者で、300年先の頭脳を持つと謳われている才女だ。


 天才ながらも性格に難があり、口を開けば魔導具マジックアイテムの話ばかり。


 ルナが5歳になる頃に「発明の旅に出るわ!」と言い残し、以来10年音沙汰なしだ。



「もうママのことは忘れて、新しいひとと付き合ったら? わたしは気にしないよ」


「俺が新しい女を作ったら、ママが帰ってきたとき困るだろ」


「でもママが出ていくとき『今日から浮気解禁です』って言われたんでしょ?」



 事実上の離婚宣言だが、そもそも結婚はしていない。


 圧倒的な力で魔族を狩って生計を立てていたジタンの噂はしだいに知れ渡るようになり、あるときミュセルが現れた。


 希有な体質のジタンを珍しがり、魔導具マジックアイテム開発の実験に付き合わされ、気づけば愛しあう仲になり、ルナが生まれたのだ。


 とはいえ結婚に必要な手続きはしておらず、結婚指輪すら……と、そこでふと思い出す。



「そういや指輪、ありがとな!」


「え? 指輪って?」


「これだよこれ!」


「あれ? その指輪って……」



 ルナはポケットから指輪を取り出した。


 無骨なデザインのシルバーリングだ。



「ペアリングかっ! 最高のプレゼントだぜ!」


「プレゼント? これって、パパが贈ってくれたんだよね?」


「ん? ルナの贈り物だろ?」


「わたしじゃないよ……?」



 ルナは訝しそうに指輪を見る。


 送り主は不明だが、ペアリングは魅力的だ。



「まあいいだろ。もらっとこうぜ。さっそくはめてみろよ」


「わたしはいいよ。なんか気味が悪いもん。それにお揃いの指輪って恥ずかしいし」


「家にいるときだけでいいからさ。それにほら、お揃いの指輪をはめれば親子の絆がさらに深まりそうだろ?」


「親子の絆……。わたし、パパの娘だよね?」



 なぜか不安げなルナ。


 なぜそんなことを訊くのかわからなかったが、ジタンは力強くうなずいてみせる。



「おう! ペアリングをすればますます親子っぽさが増すぜ!」


「……わかった。今日だけだよ?」



 ちょっぴり恥ずかしそうにしつつ、ルナは右手の薬指に指輪をはめた。


 そのとき。



「んぐッ!」


「ひゃあっ!?」



 突如として目の前が真っ白になった。


 瞬間的に意識が遠のき――



「……」


「……」



 意識を取り戻したジタンは、ほうけてしまった。


 目の前に、ほうけた顔のジタンがいたから。

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