《 第3話 父の贈り物 》

 その日の昼下がり。


 エトワール魔法学院の闘技場――その隅っこに立ち、ルナは憂鬱そうにしていた。



「ではこれより模擬戦を行う! 知っての通り、お前たちは再来月に振り分け試験を受ける! 試験の結果によって、上級・中級・下級に振り分けられるのだ!」



 待ちに待った振り分け試験が近づき、クラスメイトはやる気満々といった様子。


 ただひとり、ルナだけは違う。


 入学初日は希望に目を輝かせていたが、いろいろあって心が折れてしまったのだ。



(もうお家に帰りたいよ……)



 ハグを迫ってきたり、頭を撫でてきたり、一緒に風呂に入ろうとせがんできたり、雷が鳴ると「怖くないか?」と寝室に来る父がとても恋しい。


 ちょっとだけ鬱陶しいと思った時期もあるが、父はいつだってルナの味方になってくれた。


 事情が事情なので悩みを打ち明けることはできないが、大好きな父と一緒にいると心が安まる。 



(早くパパに会いたいよ……)



 明日と明後日は休みだ。なるべく長く一緒にいたいので、放課後すぐに学院を出ることにしている。


 暗い顔で帰らずに済むように、今日の模擬戦を上手く切り抜けないと――



「ではさっそく2人組を作るように!」


「えっ!?」



 思わず声が出てしまった。


 咄嗟に口を塞ぐが、注目を浴びてしまう。



「どうしたバニーニ? 質問があるのか?」


「い、いえ、その……ありません……」


「ならばチームを組め!」


「は、はい……」



 返事をしつつも、ルナはチームを組めない。


 なにせルナには友達がいないから。


 それに――



「おい、さっさとペア作れよ!」


「無茶言うなって。バニーニみたいなザコと組みたがる奴はいないっつーの!」


「それもそっか! こないだこいつボコボコにされてたもんな!」



 男子たちが意地悪を言う。


 なにか言い返したいが、なにも言えずにいた。


 ルナが弱いのは事実だし、下手に口答えするとあとで酷い目に遭わされるのは経験済みだから。



「なにをしているバニーニ。早くペアを作らないか」


「え、ええと……」



 不安げにあたりを見まわすが、全員ペアを作っている様子。


 クラスメイトは20人、誰か1人があぶれることはないはずだが……



「パロマ・ルージュさんが欠席してます」



 クロエ・クロムエールが言った。


 話したことはないが、名前だけは知っている。いつ話しかけられてもいいように、入学初日に全員の顔と名前を一致させたから。


 まあ、無駄な努力だったけれど。



「では誰か、バニーニともペアを組んでやれ。……誰かいないのか?」


「せんせー、バニーニはいいから授業始めてくださーい」


「そうですよ。どうせバニーニと組んだペアは負けるんですから」


「ペアを探すだけ時間の無駄ですって」



 男子たちがこっちを見てニヤニヤしている。ルナが泣くのを期待している様子。


 と、クロエがため息をつき、



「仕方ないわね。あたしが組んであげるわ」


「あ、ありがとう、クロムエールさん……」


「長いからクロエでいいわ。あと、お礼とかいらないから。そのかわり手を抜いたら承知しないわよ」


「わ、わかってる……ちゃんと準備してるよ」



 指輪型の魔導具マジックアイテムには、四つの魔石がはめこまれている。


 ひとつの魔石で発動する魔法は1種類だが、四つの魔石で発動するのは4種類ではない。各魔石に流す魔力配分を調整することで、魔法は変化するのだ。


 たとえば風と氷を組みあわせる場合、風系統へ多く魔力を流せば冷風を放つ氷風アイスストーム、氷系統へ多く魔力を流せば氷柱を放つ氷槍アイスランスといった具合に。


 そして魔石の数が増えるほど魔法の難易度は跳ね上がる。魔力配分を誤れば魔法は発動しないから。



「あら、四つも魔石をつけてるのね。あたしでさえ三つなのに」


「う、うん。作戦があって……」



 1年生には授業用に30種類の魔石が支給され、そこから組み合わせを考える。


 ルナは接近戦が苦手なので放出タイプで戦うつもりだ。目眩ましもかねて雷系統の魔法を軸に戦闘する。バリバリと音が鳴るので威嚇にもなる。


 もちろん防御魔法シールドについても考えている。一番頑丈なのは土系統の防御魔法シールドだが、視界が塞がれてしまうため半透明の氷系統を使用する。氷壁アイスウォールには水と氷の魔石が必要だ。炎系統とは相性が悪いけど、溶けた氷を上手く活かせば感電が狙える。


 魔力の調節が難しいものの、風系統と氷系統と雷系統を組みあわせることで、眩く輝く氷槍アイスランスを放つことも可能だ。



「作戦があるのは立派だけど、あなたに四つの魔石を使いこなせるわけ?」


「う、うん。イメージ通りにいけばだけど……」


「イメージと実戦は違うわよ」



 言われなくてもわかっている。


 魔石に流す魔力配分は知識として身につけているが、実戦となると話はべつだ。


 一瞬の油断が命取りの戦闘中に繊細な魔力コントロールを行うのは至難の業なのだから。



「とにかく、この勝負ぜったいに勝つわよ」


「う、うん。頑張る……」



 楽しい学院生活を送るためにも、活躍して汚名返上しなければ!



(……ううん。ただ活躍するだけじゃだめ。わたしがふたりを倒すくらいの大活躍を見せないと)



 入学早々の実技テストでは活躍できたが、クラスメイトにがっかりされた。ルナは英雄の娘で、両親ともに世界的な有名人で、クラスメイトはジタンの英雄譚を聞いて育った世代なのだから。ちょっと魔法を使えるくらいじゃだめなのだ。


 毎日がっかりされるたびルナの評価は落ちていき、いまでは『ザコ』だの『無能』だの『裏口入学』だのと罵られる始末。



(わたし、友達がほしい。みんなみたいに楽しく学院生活を送りたい!)



 だからこそ、今日こそはカッコイイところを見せたかったのだが――



     ◆



「全然だめだった……」



 放課後。


 学生寮の部屋に戻ると、ルナはベッドに突っ伏した。


 試合開始と同時に集中攻撃を浴び、防御魔法シールドで防ぐので手一杯。


 怖くてぎゅっと目を瞑り、気づいたときにはクロエが攻撃されていた。


 雷魔法で戦おうとしたが、クロエに当たるかもと思うとなにもできず、けっきょく彼女がひとりで倒してしまった。



「クロエさん、すごかったな。クロエさんがパパの娘だったら、みんな幻滅しないんだろうな……」



 以前、男子に「本当は血が繋がってないんじゃないか」と言われたけど、事実なのかもしれない。


 だって、実力も外見もジタンには似ても似つかないから。


 ジタンには「パパに似なくてよかったな」と言われたが、強面に生まれたかった。そうすれば自信を持って『わたしはジタン・バニーニの娘だ』と思えるから。



「……お家に帰ろう」



 ルナはカバンを手に部屋を出た。



「ちょうどいいところに来たわね。バニーニさんに届け物よ」



 学生寮を出ようとすると、寮母に呼び止められる。その手には小包が。



「わたしに……ですか?」


「ええ。ジタン様からですって」


「パパから……」



 帰省すると伝えたのに、なぜわざわざ贈り物を?


 わからないけど、帰ったらお礼を言わないと。列車の時間が迫っているので小包をカバンに入れ、そのまま学生寮を出る。



「おっ、バニーニじゃん」



 そして近くを通りかかった男子たちに呼び止められた。


 模擬戦の相手チームだ。


 ルナは男子が苦手で、ことあるごとにバカにしてくる彼らのことはもっと苦手だ。


 なにを言われるかわかったものじゃないので、ルナは気づかないふりをして素通りしようとしたが――



「おい! 無視すんなよ!」



 足を引っかけられ、転んでしまった。


 膝を擦りむき、血が流れる。



「ど、どうして酷いことするの?」


「お前が嫌いだからだよ」


「わ、わたし、なにもしてない……」


「ザコは存在するだけで迷惑なんだよ」


「お前みたいなのがいると学院の評判が下がるんだよ。どうせ下級クラスなんだから退学したらどうだ?」


「つーかさっきの模擬戦さ、なんでさっさと倒れねえんだよ。おかげで負けちまったじゃねえか」


「ザコのくせに張り切ってんじゃねえよ」


「……」


「どうした黙りこんで? 反論するなら言ってみろよ」



 言い返したい。


 できることなら怒鳴ってやりたい。


 だけど、できない。


 いま口を開けば、そのまま泣いてしまいそうだから。


 泣いたらますますバカにされてしまうから。



「もう行こうぜ。ザコの相手するだけ時間の無駄だ。それより鍛練しようぜ」


「だな。次こそクロムエールの奴をボコボコにしてやる」



 男子たちが談笑しつつ去っていく。


 ルナはこぼれ落ちそうな涙を拭い、ズキズキと痛む脚を引きずって、学院をあとにした。

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