第39話 ギャル、にんまりと笑う
「へっ? タヌキ? えーっと? あーね、タヌキチにかけたジョーク?」
「いや、僕は化け狸。人の姿に化けているが、茉那香とは生き物としての種類が違う」
茉那香は右を見て左を見て、上を見たら下を見る。
それでもまだ見るべきところはないかと探し、最終的に宙吉の目を見た。
彼女は知っていた。
自分の好きになった男が、ここ一番でしょうもない嘘をつかない事を。
そんな彼だから、自分は好きになったのだと言う事を。
宙吉はゆっくりと話し始めた。
「茉那香は覚えているだろうか。君が幼い頃に、1匹の死にかけていたタヌキを助けた事を。僕は覚えている。乾き切って涙も出なくなっていた僕の口に、水筒で水を飲ませてくれた君の事を」
「……あーっ! えっ、嘘っ!? なんでタヌキチがそのこと知ってんの!? あの時、パパとママと3人だけだったし。ってか、そもそもそんな昔の事、ピンポイントで覚えてるっておかしくない!? ……えっ? マジで?」
宙吉は静かに頷いた。
「あの時に助けてもらったタヌキ。それは僕だ。ようやくお礼が言える。本当にありがとう。茉那香がいなかったら、僕は多分死んでいた。命は助かっても、心が死んでいただろう。こうして誰かを好きになれたのも、君のおかげだ。本当にありがとう」
「へっ、えー、あー、……うん」
返す言葉に困る茉那香。
鶴の恩返しでもあるまいし、目の前にいる男子高校生が急に「あの時助けて頂いたタヌキでございます」などと語りだしたら、それはもう困惑するだろう。
「僕はあの時から、ずっと茉那香の事を好きでいた。もちろん、命を救われたからと言うスタートだったが。ずっと君の事を見ていた。中学生になって髪を染めた時も、少しずつ口調が変わっていく過程も。ははっ。まるでストーカーのように見ていたんだよ。草陰に潜んでさ」
「そう、なんだ。……うん」
「君はどんどん魅力的な女の子になっていった。僕などが恋心を抱くのは恐れ多いほどに。だから、せめて君の近くに行って、君の幸せの助けになれたらと考えるようになった。それがようやく叶い、僕は里から出て来た。二学期の初めの事だ」
「……うん」
いつの間にか、告白した茉那香が宙吉の告白に聞き入っていた。
2人の間には後夜祭の喧騒も届かない。
キャンプファイヤーの薪が爆ぜる音だけが、時おり響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……玉五郎くん。聞きたい事があるのだけど」
「お待ちくださいませ! 自分もよもや、このような展開になるとは思わず!! お待ちくださいませ!!」
「玉五郎くん? 何してくれてるのかなぁ、君のご主人様は? これ、わたしもとばっちりだよねぇ? もうどうしようもないよねぇ? んー? 玉五郎くん?」
「な、奈絵様ぁ! 自分も想定外の事態ですので!! 宙吉様もゆえあっての行動だと思いますれば、自分もそれのお供をするのが従者の務め! いや、ちょっ、奈絵様! まずは胸倉をお掴みになられるのをおやめくださいませぇ!!」
チーム恋の応援団。
彼らにとっても、この展開は予想外。
特に奈絵は穏やかではない。
この話の流れ的に、どう考えてもこの先もネコを被っているのは親友たちへの裏切りになるからである。
恐らく、隠そうと思えば隠せるし、それを茉那香も美鈴も裏切りだとは言わないだろう。
彼女たちの心根は山の湧き水のように清らかである。
だが、事ここに至ればもう、それは奈絵の心境のみの問題であった。
宙吉が自分の恋心を捨てて身を晒した以上、奈絵が取り得る選択肢は既に一択。
彼女の心根もまた、雪解け水のように澄んでいたのである。
「申し訳ございませぬ。自分は化け狸でございまする。ただ、奈絵様の事は許して差し上げて下さいませ!! このお方だけは!!」
「や・め・ろー!! もういいし!! と言うか、わたしの告白を勝手に告白すんなし!! ……美鈴? ごめん! わたしもこいつらと一緒で人じゃないんだ……」
「あら、そうだったの?」
「……えっ? ごめん、軽くない!? 化け猫だよ、わたし!?」
美鈴は「ふふっ」と笑って、答えた。
「三珠の伝承って本当だったのね。小学生の頃に習うじゃない? 化け猫と化け狐と化け狸のお話。だから、驚いたけれど。それと奈絵が私の親友である事と、何か関係あるかしら?」
「み、美鈴ぅ……! やっぱり、やっぱりわたしの親友は最高の親友だし!!」
「ようございましたなぁ! 奈絵様!! 美鈴様はまっこと清きお心の持ち主で!!」
「……なんか、元凶の従者のあんたに涙流されると、それは違うと思う」
美鈴は感動の一幕を「その話、後でいいかしら!?」と叩き斬る。
彼女の反応がだいたい全ての正解である。
奈絵の親友は種族の違いで想いを違える人間ではない。
奈絵の親友は美鈴ともう1人いる。
つまり、そう言う事なのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そっか。タヌキチ、辛かったね? 今まで、嘘ついてるって気にしてたっしょ? タヌキチの性格だかんねー。鉄板で、茉那香に申し訳ない! とか思ってたっしょ? あ、今のタヌキチのモノマネ、似てた? にししー」
宙吉の目の前にいるギャルは、にんまりと笑っていた。
「いや、茉那香。僕は化け狸で。君は人間で」
「んー。それって、そんなに大きな問題? あーね。寿命とか系の話? それは確かにあるっちゃあるねー。先立たれるのヤだもん。ちなみに、化け狸って何歳まで生きるん?」
「えっ? いや、まあ個体差はあるが、だいたい70から、長くても110くらいかと……」
「なんだー! ちょっと人より長生きなだけじゃん! じゃ、あたし健康に気を付けるねー! 運動しっかりしてー! 野菜いっぱい食べてー! あとはなんだろ? あーね、タヌキの秘術みたいなのも勉強するぜー!!」
「いや、茉那香! 僕は人間じゃないのだが!?」
「……うん? それとあたしがタヌキチの事を好きなのって、関係ある?」
宙吉は言葉を失くした。
茉那香の構築した理論は鉄壁であり、どんな反論も意味をなさないと理解したからである。
自分の好きになった人は、こういう人だったと思い出したからである。
「……それでは、僕は茉那香の事を、好きでいても良いのだろうか?」
「やばっ! そだそだ、まだタヌキチの返事聞いてなかったじゃん! はっずー!!」
茉那香は手を出して「さあ、タヌキチ! どうぞー」と笑顔のまま彼に言葉を促した。
宙吉だって男である。
ここまでお膳立てしてもらってなお、逃げ出すような生き方はしていない。
彼は差し出された手を握ると、少しこわばった表情で応えた。
「僕は。僕も、茉那香の事が好きだ。ずっと好きだった。これからも好きだ。多分、いや絶対に。何度生まれ変わっても。この魂がある限り、ずっと君を想う」
茉那香は化け狸の手をキュッと握り返して、したり顔で言った。
「じゃ、あたしら両想いじゃん! それなら、付き合わない理由なくない? 言っとくけど、ギャルの想いは重たいかんねー? もう逃げらんないよ? にっししー」
宙吉は天空に舞い上がっていく火の粉を眺めて、目を閉じる。
これまでの生涯を思い出すために。
これからの未来を思い描くために。
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