第40話 タヌキは化けるが嘘はつかない

 あれから4年半の時が流れていた。

 時間の前には人も化け狸も平等であり、その流れは時として愛する者を分かつ。


 宙吉は三珠村にまだ住まいを構えていた。

 そこに茉那香はいない。


「いらっしゃいませ! ああ、奈絵さん! マジ久しぶりなんだけど!」

「おっすー。つーか宙吉、その微妙にギャルっぽい喋り方ヤメろし。なんかね、イラっとする! あと3日前に来てるし」


「はははっ。申し訳ない。ご注文はいつものヤツで?」

「もち! イワナの塩焼き定食! 山賊焼きも追加! 山椒多めでちょっと冷ましてから持ってきて!!」


「かしこまりました! 少々お待ちください!!」


 ここは定食・タヌキ亭。

 田沼宙吉の現在の城である。


 彼は、高校を卒業したのち1度タヌキの里に戻り、茉那香との仲を認めさせようとしたが大じじ様にキレられたため、逆ギレして絶縁状を叩きつけたのち里を出て来た。



「もうひ孫が生まれるまで帰りません! 精々長生きして下さい!!」

「お主こそ! 月に1度はメールをするがいい! 体には気を付けろ!!」


 絶縁とは。



 さて、三珠村には空き地なんて配って歩くほどある。


 化け物ネットワークで奈絵の父親のツテを頼り、土地をタダ同然で譲り受け、化け猫と化け狐が総出で協力をして食事処を作り上げた。

 そこで料理の腕を振るうのが宙吉の選んだ生き方。


「お待ちどうさま。こっちは新メニューなんだけど、試食してもらえるだろうか。柿のゼリーなのだが」

「まーたそうやって女子力高めてくるしー。あんたが作ったんだったら美味いに決まってんじゃん! ……はむっ。ほら、美味いー!!」


 お客は村に住んでいる者ばかりなので、店は繫盛していない。

 だが、その日暮らしができて、少しだけ貯蓄に回せるほどの稼ぎがあれば、それで宙吉は満足だった。


「申し訳ございませぬ! 自分としたことが、遅れ申した!」

「おそーい! 玉五郎、そーゆうとこだし!」


「奈絵様、まことに申し訳のうございまする。ですが、見て下され! こんなに大きな林檎が実りましたぞ! 先ほど小梅様のところに寄って頂いてきました! 美容に良いとのことですゆえ、奈絵様の可愛らしさに磨きをかけられたらと!」

「ば、ばか! そーゆうこと言うなし! ……ばかっ」


 おわかりいただけただろうか。


 奈絵と玉五郎は交際している。

 玉五郎も高校卒業と同時に里に戻ったのだが、そこで宙吉と大じじ様の大乱闘スマッシュタヌキーズに巻き込まれ、なんだかよく分からないうちに彼は里を出ていた。


 やる事がないので三珠神社を頼り、農業の手伝いをしながら生計を立てていたところ、高校卒業してニートになっていた奈絵とバッタリ再会。

 お互い地に足が付いていないと言うマイナスな面が良い塩梅にマッチしたらしく、気付いたら付き合っていた。


「宙吉様、野菜と果物を収納しておきますぞ! お代はきっちりとお支払いしておきましたゆえ、ご安心めされよ! 小梅様がテニスの大会間近とあって、今日も三珠神社は賑わっておりました!」

「そうか。小梅にも柿ゼリーを差し入れてあげよう。口に合うと良いのだが」


 そんな事をやっていると、入口の扉が勢いよく開いた。

 続けて、ダダダダッとさらに勢いよく駆け寄ってくる影が宙吉に迫る。



「タヌキチぃー! 帰ってきたぜー!! 寂しかったかー? この寂しがりタヌキめー!! 茉那香ちゃんは寂しかったぞ、こんにゃろー!!」



 宙吉の胸に向かってダイブしてくる茉那香。

 それを受け止める宙吉。ずいぶんと逞しくなったものだ。


「まったくもう。人に運転だけさせて、着いたら着いたで先に行ってしまうのだから、本当に困るわね。そんな事でこの先やっていけるのかしら」


 続けて、美鈴も店に入って来た。

 2人は来春、大学を卒業する。


 美鈴は村役場に就職する事が決まっている。

 そして茉那香は——。


「タヌキチ、聞いてー! 内定先の上司がさー。なんかあたしの事、エロい目で見てくんのー! もーありえなくない? このご時世にだぜー?」

「玉五郎。人を殺める覚悟はあるか?」


「ええ……。ご自分でなさってくださいませ。自分も奈絵様の面倒を見なければならないのですぞ? 人を殺めている暇などありませぬ!」

「あなたたちが人を殺す殺さないって言い合っていると、なんだかリアリティがなさ過ぎて逆に怖いわね。言っておくけど、身内だからって忖度しないわよ? すぐに警察に引き渡しますからね」


「たははー! ごめんて! タヌキチと会えない時間が続いてたからさー。ちょびっと嫉妬させてやろーって思っちったー!」

「なんだ! そうだったのか! 僕なんて嫉妬心の塊のようなものだから、わざわざ煽らなくともその上司は定年退職するまで恨み続けるさ!」


 茉那香はタウン誌を出版する会社に就職の内定が決まっていた。

 「三珠の情報を発信していくぜー」と理想に燃える彼女を見ていると、街からギャルの情報を村に運んでいた高校時代を思い出して少し感慨深くなる。


 みんな、それぞれに成長しているのだ。


「宙吉ー。おかわりもらえる? 炊き込みご飯で頼むし。サービスしてー」


 ただし、成長の先に成功が必ず待っているのかと言えば、それは断言できない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 定食・タヌキ亭も閉店時間になり、茉那香を除いた3人は帰って行った。

 玉五郎も今は三珠神社の境内にあるプレハブ小屋に住んでいるため、宙吉と寝食を共にしてはいない。

 お互いに恋人ができたのだから、袂を分かつのも道理である。


「ねーねータヌキチー! あたしさ、来年の春から社会人じゃんかー!」

「うむ。実にめでたい! こんなに嬉しい事はない! 茉那香の大学は隣の県だったからな。これからは気軽に会えると思うと、心が躍るよ!」


「うひゃー。やっぱガチってそーゆうの言われると照れるー! あたしら付き合ってもう5年近くになるのに、なんかその辺は全然慣れないねー」

「それはそうだとも! 僕はまだ、茉那香の事を独り想っていた時間の方がずっと長いからな! 愛情のストックは充分に貯まっている!!」


「あ、あのさー。タヌキチが良ければだけど、ね? 春が来たら、さ。一緒に……住んでみたりしちゃっても、あたしは別に構わないと言うか!?」

「なんと! ……では、僕が2年前から準備していたものが役に立つ!!」


「ん? なになに? 同棲待ちだったってこと? タヌキチぃー! タヌキだなぁー!!」

「実は、常に肌身離さず持ち歩いていたのだ。……これを受け取ってくれないだろうか」


 宙吉が取り出したのは、安いドラマで男優が求婚する時に必ず持っている小道具。

 だが、彼にとっては安くても大切な愛を伝えるための小道具。


「えっ、やばっ! なにこれ、指輪じゃん!! えっ、どゆこと!? なに、2年前からこれ用意してたん!?」

「正確に言うと、茉那香の二十歳の誕生日からずっと懐で温めていた。茉那香の生活が安定したらと思っていたのだが、妙なタイミングになってしまったな!」



「……。まだ、聞いてないんだけど」

「うむ? 指輪のお値段だろうか?」



「バカっ! その、アレ!! プロポーズの言葉!! 言わせんなぁ、恥ずかしい!!」


 そう言えばそうでしたと、今日も宙吉はとぼけた顔をする。

 多分、この男はこの先もずっとこの調子で茉那香を困らせるのだろう。


「秋野茉那香さん。この宙吉。いや、タヌキチはここに誓おう。この先何が起きようとも、ずっと君の傍に僕はいる。……結婚してください」

「……ずるいよね、タヌキチってさ。タヌキは人を化かすって、あれマジじゃん」



「そうだな。しかし、タヌキは化けるが嘘はつかない」

「なにそれー。ウケるんだけど!」



 宙吉は短く答えた。


「愛の告白です」

「……もー。早速化かされたんだけど。多分ね、ずっと化かされたまま、おじーちゃんとおばーちゃんになるんだろうね。ずっと一緒だぜー、タヌキチ!!」



 とある山間に小さな村がある。

 名前は三珠村。


 そこでは、人と化け物が共存している。

 時々、恋に落ちたりもする。


 きっとこれから何百年経っても、それは変わらない。




 ——完。

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