第38話 化け狸とギャル、告白しあう

「おー! 何に使うのかよく分かんないけど、光るプラスチックの輪っかがあるぜー! よし、タヌキチ、買おう!!」

「心得た! すみません! この店で1番良く光るヤツを頂けますか!!」


 宙吉と茉那香の後夜祭は静かに始まった。

 一方で、暗闇に潜む3つの影。


「なかなか良い雰囲気ではございませぬか!?」

「そうね。茉那香にはっぱかけておいたのが良かったのかしら」

「だねー。宙吉くんは高校卒業したら故郷に帰っちゃうよって散々聞かせて来たもんねー」


 タヌキと委員長とネコである。


「それでは、我が主が眠たい事をやっていても、茉那香様からのアタックが!?」

「ええ、充分にあるわよ! 見て! 茉那香が両手を組んでるでしょう? あれってあの子が緊張している時にする仕草なのよ!」


「つまり、どういうことでございますか!」

「茉那香ちゃんが宙吉くんに気持ちを伝える準備が完了してるってことだよぉ!」


 その通りであった。


 宙吉は未だに「茉那香と一緒に毎日過ごす事が出来て、僕はなんて幸せなのだろう。でゅふふ」と呆けた事を考えているが、茉那香は違う。

 彼女は自分の中で宙吉が、タヌキチが特別な事を認識していた。


 そして、その理由についても理解している。



 秋野茉那香は、化け狸に恋をしていた。



「いやー! このよく分からないけど振るとビョーンと伸びる紙の玩具! 意外と楽しいなぁ! 茉那香もやるかい? ビョーンと伸びるぞ!」

「あ、あーね。いや、あたしはいいかな。それよか、飲み物でも買ってキャンプファイヤー見に行かない?」


 ギャルは割と前からにその時を狙っていた。

 好機を待っていた。

 彼女は今日、この時こそが勝負だと決意していた。


 対して、宙吉は。


「ああ! 何回も振っていたらビョーンと伸びなくなってしまった! なんと言う事だ!!」



 このバカタヌキ、今のところ救いようがない。



「玉五郎くん? いいかしら? 宙吉くんも、今日の後夜祭が特別な日だって知っているのよね? 告白の決意を固めているのよね?」

「いえ。多分、思い出のアルバムに1ページ増やすぞ! くらいにしか思っておりませぬ。でなければ、あの方があれほど自然体でいられるはずがございません」


「……バカの満塁ホームランだし」


 3人の不安と心配と絶望をよそに、宙吉と茉那香は屋台で三ツ矢サイダーにかき氷のシロップぶち込んだだけで300円も取る法外な飲み物をゲット。

 それを持って、いよいよキャンプファイヤーへと歩き始めた。


 見たところ、ムードは悪くない。

 むしろ、茉那香が色々と覚悟を完了させているので、良好と言ってもいい。

 宙吉がいつになくバカなのも、いい方向に転がっている。


「宙吉様ぁ! ここしかありませぬぞ!! 男を見せてくだされぇ!!」

「茉那香はすごく真剣よ。あんなにマジメな顔をしたあの子を見るの、私初めてかもしれないわ。お願い、神様! 親友の恋を実らせて……!!」


「……万が一に備えて、手頃な石を拾っておくし」


 5人の思惑が絡み合い、キャンプファイヤーの火柱は高く上がる。

 恋の炎も燃え上がってしまえと思わずにはいられない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あー。あのさ、タヌキチ?」


 思いつめた表情で、茉那香が口を開いた。

 まさかの速攻である。ギャルの距離感の詰め方を我々は甘く見ていたのか。


「うむ。そろそろ来るだろうと思っていたよ」

「へっ!? あ、えと……! そ、そーなんだ!?」


「ブルーハワイ味が気になっていたのだろう? 僕ので良ければ、どうぞ!」

「……あー。うん。あんがと」



 宙吉様、間接キスを自分から申し出る。



 それはそれでかつてないほどのアグレッシブさを見せているが、我々が見たいものはそれではない。

 そういうのは、恋人になってからやれば良い。


 順番を守れ。

 恋のいろはを思い出せ。

 里で散々ギャルゲーに勤しんでいたではないか。


 もはや、選択肢などあってないようなものなのに。


「た、タヌキチってさ。高校卒業したら、故郷に帰るんっしょ?」

「うむ。そうなるだろうなぁ。僕としてはずっと村に住んでいたいけど、家庭の事情があるからなぁ」


「あ、あたしは、さ! その、村も好きだけど、えっと! べ、別の土地に住むのもあり寄りのありっちゃありかなって思ったりしてんの!」

「なんと! 茉那香はやっぱりすごいな! 住み慣れた場所から飛び出そうとは!!」


「だ、たからね? タヌキチの故郷にでも、別にあたしは行ってみてもいい! って言うか、行ってみたい、と言うか。住んでみたいって言うかさ!」

「ええっ!? それはヤメた方がいい! あんなところ、人の住む場所ではない!!」



 バカ寄りのバカな宙吉様。乙女の純情を何度回避するのか。



「……よっし。このくらいのヤツでいいかな!」

「奈絵様ぁ! 後生でございまする! そのように漬物石サイズの凶器を我が主に投げつけないでくださいませぇ!! この玉五郎が代わりに腹を切りますゆえ!!」


「ああ……。神様に祈るなんて、私ったら非科学的な事にすがってしまったわ。肝心な時に頼れるのは自分だけって知っていたのに……!!」


 悲観に暮れるチーム応援団。


 奈絵はネコを被るのをヤメて、巨大な石を持って振りかぶる。

 玉五郎は主が進行形で不祥事を起こしているので、代わりに切腹しようとする。

 美鈴は何もかもを諦めた表情で夜空を見つめていた。



 だが、その時は来る。



 恋と言うものは予測不能な流れ星のようなもので、見よう見ようと空を眺めていてもなかなか現れず、諦めて下を向いた瞬間に瞬くことがあるのだ。


「タヌキチ!」

「うん。どうしたのだ?」


「あたしね、タヌキチに言わなきゃいけないことがあんの!」

「茉那香の言葉ならば、僕は全てを受け止める覚悟があるよ」


「……そっか。タヌキチはいつも優しいね。あのさ、いつだったか、ラインでタヌキチがあたしの事を好きとか何とか言う話でさ、ちょっと変な感じになっちゃったことがあんじゃん? あたしら」

「ああ、懐かしいなぁ」


「なんであの時、さ。変な感じになったのか、理由が分かったんだよね。ってか、ちょっと前から分かってたんだけど、言い出すきっかけがなくてさ」

「ふむ」



「あたし! タヌキチが好きだわ! あたしもさ、いつか誰かを好きになって結婚したりすんのかなーって思ってたけど。全然実感わかないまま高二になってさ。で、気付いたの! あーね、これが恋なんだって!」



 茉那香の瞳は、真っ直ぐに宙吉を見ていた。

 穏やかではないのはチーム応援団。


「いっ、行ったわよ! 茉那香!! が、頑張ったわねぇ……! ずびっ! うぅ……。これが親心ってヤツなのかしら……!」


 美鈴は涙と鼻水でいつもの凛とした表情が行方不明。


「宙吉様ぁ! 自分は信じておりましたぞ!! ついに、ついに本懐を遂げられましたな!!」


 主の長年抱いて来た想いが叶い、感動の玉五郎。


「……まあ、宙吉だったら。茉那香を任せてやってもいいし」


 ここ1番ではネコを被らない奈絵。



「だからね、タヌキチ! あたしはキミが好き! ずっと一緒にいたい!! 卒業して故郷に帰るなら、あたしも連れてって!! 言っとくけど、これガチだから!!」



 宙吉は茉那香の想いをがっちりと受け止めた。

 その上で、彼は彼の仁義を通す。


「ありがとう。僕も茉那香の事が大好きだ。大好きだった、ずっと。命を救われたあの日から」

「……へっ? あの日?」



「僕は宙吉。人間ではない。三珠の山の奥深くに住む、化け狸だ」



 宙吉は決めていたのだ。

 もしも、自分の恋が叶う時がやって来たら。


 その時には、茉那香に全てを打ち明けようと。

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