第37話 後夜祭に全てを賭ける5人のそれぞれ

「玉五郎。僕は今宵の後夜祭で、大戦に打って出ようと思う」

「えっ? 宙吉様!? まさか、昨日の文化祭デートで思いを告げられておられなかったのでございまするか!?」



「えっ? だって、文化祭だろう? 文化の祭りに恋心を伝えるのはちょっと」

「自分でも理解しておる人間の風習ですぞ! 祭と付くものは、すべからく人がつがいになる絶好機だと言うのに! 我が主はなんと情けのない……」



 玉五郎は宙吉と茉那香をデートに行かせた分のツケを支払い、大立ち回りを演じていたというのに。狸の里一の秀才は何をしていたのか。

 だいたい茉那香を見てだらしのない顔をしていただけである。


 むしろ、まだ告白していなかったのかと思うのも当然。

 すぐに玉五郎は動いた。


 美鈴、奈絵、そして玉五郎のみのグループチャットを起動させ、すぐにメルメルとメッセージをしたためる。


『緊急事態でございまする! 宙吉様、昨日告白しておられないそうです!!』


 初めて見るテレビにがぶり寄りしていたタヌキの若者が、いつの間にか主をハブってスマホで相談とは。

 タヌキは極めて順応力に優れた生き物だが、どうやら化け狸もそうらしい。


 まず、奈絵が反応した。


『どういうことなの? 宙吉くんはもしかして、バカなのかなぁ?』


 このグループに美鈴がいなければ、その短い言葉のあとに宙吉をディスる罵詈雑言が20行くらい続いて、だいたいの者は途中で画面スクロールを諦めるだろう。

 美鈴はどこにいても誰かを助けている。

 見上げた学級委員長。


『これは私も予想外ね。茉那香はピュアなところがあるから大丈夫かしらと思っていたのだけれど。玉五郎くん? 宙吉くんってピュアな感じ?』

『プリキュアに変身できるくらいにはピュアでございまする』


 大じじ様の座学を熱心に受けていた玉五郎。

 サブカル分野において、もしかすると主の宙吉を超えてしまったのかもしれない。


『これはアレだねぇ。わたしたちが動くしかないよぉ。このまま放置しておいたら、多分あの2人卒業するまでずーっと、友達以上恋人以上の親友とか言う訳の分からないものになるよぉ!!』


 奈絵のメッセージに美鈴が納得するウサギのスタンプを貼り付け、玉五郎も爆笑するポンタのスタンプを貼り付けた。

 物語の幕が近いからか、ついに伏字なしで現れたな、ポンタめ。


『分かったわ。ここは3人でどうにかしましょう。玉五郎くんは宙吉くんに気付かれないように、なるべく自然な感じで後夜祭になったら彼を孤立させて。いい? 中途半端じゃダメよ? 完全なぼっちにするの!』


 美鈴さん、何やら恐ろしい計画を立て始める。


『分かり申した! この玉五郎、全身全霊をもって、主をぼっちに致します!!』



 宙吉が聞いたら泣きそうな決意である。



『じゃあ、わたしたちは茉那香ちゃんの担当だねぇー。茉那香ちゃんも見た目は超派手なのに、色恋沙汰になると全然だもん。これは苦戦が予想されるよぉー』

『そんな事言ってられないわよ! お互いが明らかに好き同士なのに、それがカップルにならないなんて! こんな非効率な状況、とてもじゃないけど見過ごせないわ!!』


 効率重視の美鈴さんに火が付いたようである。

 こうして、仲良し5人組は二分された。


 背中を全力で押しまくる側と、ほんわかと後夜祭を楽しみにしている側である。

 これは、大変な戦いになりそうだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おお! これが後夜祭か!! 噂にたがわぬ、なかなかどうして豪華じゃないか!」

「そうでございますな」


 後夜祭の会場にやって来たタヌキコンビ。

 宙吉はグラウンドの中央で火柱を上げているキャンプファイヤーに目を奪われていた。


 他にも、グラウンドをぐるりと一周するように、様々な屋台が並んでいる。

 三珠村だけではなく、今は街に住んでいる元村民も協力していると言うのだから、村祭りよりも派手だと言うのも納得であった。


「それにしても、女の子たちは遅いな」

「女子には準備がございましょう。私服で参加して良いとのお達しですゆえ、きっとお召し物を色々と思案されておられるのでは?」


「なるほど! 玉五郎もすっかり女心が分かるようになって僕は嬉しいよ!」

「宙吉様は成長しませ……なんでもございませぬ」


 確かに、スタート地点は違っていた。


 宙吉は既に人間の女子について物心つくと同時に研究を始めており、村に来てからがよーいドンだった玉五郎とは差がついて当然。



 今問題にしているのは、その十数年の差がわずか2カ月半で埋まった点である。



 悲しいかな、我らが宙吉様の成長度は低かった。

 カタツムリの方が速く進んでいるのではないかと思いそうになるほどに歩みが遅い。


 だが、宙吉は主として尊敬できるタヌキであり、玉五郎も事ここに至ればもはや是非もなし。

 全力で主の恋を応援して、大じじ様には共に叱られる所存である。

 最近は潜水艦型の艦娘がお気に召しているらしいので、手土産は決まった。


「おーい! やー! ごめん、待ったー? なかなか服が決まんなくてさー!!」

「だから言っているじゃない。部屋をきちんと片付けなさいって」

「まさかスカートを探すのに3人で1時間もかかるなんてねぇー」


 仲良し5人組、ここに集結。


「よっしゃー! 思い出作るぜー!! ねー、タヌキチっ!」

「もちろんだとも! 祭なんて久しぶりで、僕はワクワクが止まらないよ!!」


 楽しそうに語り合う宙吉と茉那香。

 それは、美鈴、奈絵、玉五郎ら3人の『恋の応援団』ミッションスタートの号令でもあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「まずは自分にお任せ下され! 宙吉様をぼっちにしてご覧に入れます!!」

「よぉし、頑張れ玉五郎くん! わたしは応援してるよ!!」

「ここで失敗すると、今後の計画に大きな支障が出るわよ。玉五郎くん、責任重大だけど、任せるわね!」


 玉五郎はシュタタタッと主の元に駆け寄り、計画通り事を運ぶ。


「宙吉様、少しばかりいとまを頂戴してもよろしいでしょうか!?」

「うむ。構わないけど、どうした?」


「野中くんが腹痛を起こしまして! 自分はその看病にと!!」

「大変じゃないか! 僕も行こう!!」

「えっ!?」



 玉五郎、主の慈悲深さを見誤る。



「い、いえ! それには及びませぬ! ちょっとだけ痛いそうなので! 痛くなさそうでちょっとだけ痛いような気のする腹痛らしいので! むしろ大事にすると野中くんも恐縮してしまいまする!!」


「そ、そうなのか。分かった。行っておいでよ」

「ははっ! 恐縮の極み!!」


 玉五郎、大役を果たす。

 ならば、次は美鈴と奈絵の番である。


「おりょ? 美鈴も奈絵も、どこ行ったんだろー? さっきまでそこにいたのに。ははあ、さては奈絵が開幕ダッシュ決めて、お腹が痛くなったなぁ?」


 美鈴と奈絵は策を弄するまでもなく、普通にエスケープしていた。

 子供の頃から三珠高校の後夜祭に来ている彼女たちにとって、特別なイベントには変わりないがずっと一緒にいなければならない程に神聖なものでもない。


「仕方ないねー! タヌキチ、一緒にその辺から回って見よっ! 初めての後夜祭を茉那香ちゃんが案内してやるぜー!」

「それは願ってもない! 是非お願いするよ!!」


 こうして、お膳立ては整った。

 あとは宙吉様。あなたの気持ち次第です。

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