第36話 化け狸、何やら決意する
東出先輩の占いコーナーにて、相性を視てもらう宙吉と茉那香。
当然のようにガタガタと震える宙吉。
それを見て「落ち着けー。タヌキチぃー」と笑う茉那香。
だが、彼女も実は結構緊張していた。
ここだけの話である。
「ふーむ。なるほど、なるほど。だいたい分かったよ!」
水晶に手を乗せただけで人間の相性が分かれば苦労しないが、それが意外と本質を突くものだから、世の中から占い師と言う職業はなくならないのだと思われる。
「2人の相性はね、とっても良好! マックのポテトとバニラシェイクくらいの鉄板だね!」
「お、おおー! 聞いた? タヌキチぃ! あたしら最強だってさー! うぇーい!!」
「う、うぇーい! うぇーい!! ウェーイ!!!」
嬉しそうに顔をほころばせる茉那香。
延長戦で一本勝ちを決めた柔道選手のように両手を挙げる宙吉。
「ただし! ちょっと待ちなされ、お若い2人! お姉さんにはまだ視えたものがありますぞよ!」
急にキャラを作って来た東出先輩が、占いのおかわりもあるよと告げる。
今度も何か良いものが飛び出してくるのかしらと考えた宙吉様、迷わずに食いつく。
タヌキの雑食性があだとなった瞬間である。
「そっちの彼! タヌキチくんだっけ? 君は何か茉那香ちゃんに隠し事をしておるなー?」
「ふぐぉっ!?」
「ちょ、タヌキチ!? なんかすごい勢いで汗かいてない!?」
東出先輩のピンポイントアタックが宙吉の心臓を貫いた。
彼女はさらに続ける。
「今後も良好な縁を育みたいのなら、早いところ秘密を暴露した方が良いって出てるね」
「あば、あばばばばば。ばばんばばんばんばん」
「た、タヌキチ!? おーい! 戻って来いー!!」
どうにか占いによるメンタル攻撃を耐え忍んだ宙吉。
諸君は「いや、耐えられてないでしょうが」と思われるかもしれないが、気を失っていないだけで宙吉にとっては快挙であった。
茉那香が先にテントから出る。
フラフラと宙吉もそれに続くが、東出先輩が忘れ物があるよと彼に告げる。
「大丈夫。その秘密で2人の縁が途切れる事はないからさ。頑張ってみな? と、先輩は先輩っぽい風を吹かせてみる。頑張れー!!」
宙吉は「は、はひぃ」と肯定なのか否定なのかも分からない返事をしてテントを出た。
東出先輩は誰もいなくなったテントで呟く。
「タヌキとギャルの恋とか、成就しなくちゃダメだからね。大丈夫だよ。私のお母さんもタヌキだからさー」
もちろん、その言葉が宙吉たちの耳に届くことはない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「大丈夫かー? タヌキチ、ちょっと休む? あたし、膝枕してやってもいいぜー?」
「えっ!? あ、ああ、いや! 大丈夫だ。ちょっと、一時的に新陳代謝が活性化しただけだから。もう大丈夫。何の問題もない」
宙吉は考えていた。
本当に茉那香との縁があるのならば、自分はどうしたいのかを。
答えはとっくに決まっていた。
それは彼が村にやってくる前から、村に出るために修行を始めた時から、いや、宙吉が茉那香に初めてであったあの瞬間から、既に用意されていた答えである。
少しだけ考え込む宙吉。
そして、彼は何やら決意をする表情になった。
「あー! おにーさん! 茉那香姉もー!! やほー!! 小梅だよー!!」
このタイミングでの小梅の乱入は、むしろ宙吉にとって良いタイミングだった。
決意をしても、すぐに決行する訳ではないからである。
ワンクッション置くには、宙吉と茉那香、どちらにとっても気の置けない妹分の小梅はまさに願ってもない逸材。
宙吉はこの偶然を三珠神社に感謝した。
「おー! 小梅じゃんか! なになに? 遊びに来てくれたん!? やばっ! マジいい子だし!」
「えへへー! ウチね、お友達いっぱい連れて来たよー!! でもねー、みんなが迷子になっちゃったのー!! 困るよねー!!」
「そうか。つまり、小梅が迷子になったんだな」
「おにーさん! そーゆう逆説的な考えって、ウチは良くないなーって思うの!!」
宙吉と茉那香は顔を見合わせて笑う。
今はこの小さな梅の花に付き合う事にしようと。
◆◇◆◇◆◇◆◇
宙吉と茉那香の間に挟まる小梅。
「わー! 見てー! りんご飴売ってるー!! ねーねー、おにーさん! りんご飴だよー!! あの林檎ねー、うちで採れたヤツなんだよー!!」
「よし、分かった。僕が御馳走しよう。茉那香も食べるよね?」
「おーっ! タヌキチ、太っ腹じゃん! じゃあ、ゴチになりまーす!!」
りんご飴の屋台はバスケットボール部が運営していた。
宙吉が「すみません」と声をかけると、応対したのは同じクラスの井上くんだった。
「田沼か! ごめんなー、クラスの喫茶店手伝えなくて!」
「ああ、いいよ、いいよ。ちゃんと準備の仕事を他の人より多くこなしてくれたじゃないか。だから当日は部活の方に顔を出すと言う約束だった。謝ることはないよ」
「くーっ! お前ってホントいいヤツ!! 茉那香とデート中か! よし、りんご飴好きなだけ持ってってくれ!! ここはオレの奢りだ!!」
「良かったねー、タヌキチぃ? 可愛い茉那香ちゃんとデートしてたおかげでりんご飴ゲットだぜー? こんな彼女が欲しくなってきただろー?」
「まったくもってその通り! もしも茉那香と恋人に慣れるならば、僕は死んでもいい!!」
「ちょっ、や、やめなー!! なにマジに返してんの!? は、はずいっしょ!!」
宙吉は、三珠村に来て何度思ったか既に分からない感想を胸に抱いた。
「恥じらいのあるギャル、いい……」と。
「ちょっとー! おにーさん! 茉那香姉も! ウチの事を忘れたらダメだよー!!」
「これは失礼した。じゃあ井上くん。とびきり上等のりんご飴を小梅に!」
「あいよ! つーか、吉岡さんとこの小梅ちゃんじゃねーか! 林檎ありがとうございますってお父さんに伝えといてくれ! こりゃ、なおさら金なんて取れねぇよ!! はい、バスケ部伝統のりんご飴! 3つ!! お待ちどう!!」
井上くんからりんご飴を受け取って、それを3人並んでベンチに腰掛け味わう。
芳醇な林檎と飴と言うチープな飾りつけが見事にマッチしていて、その味は素晴らしかったらしい。
「やばっ! これマジ美味しいんだけど!!」
「うむ。本当に美味しいな。これだけで店が開けそうだ」
「えへへー! でしょでしょー? この林檎ね、ウチもお手伝いしたんだよー! 傷がつかないように袋かけるの! 大変なんだからー!!」
宙吉と茉那香はしばらく小梅の可愛い自慢話に付き合った。
「あー! みんないたー!!」
それから15分ほどすると、小梅の友達が彼女を探しているところに遭遇する。
こうなるのを予想して、見通しのいい場所のベンチに座ったかいがあったと宙吉は頷いた。
「じゃあ、ウチ行くねー! おにーさんと茉那香姉、まったねー!!」
「ああ、気を付けて。あまりはしゃいで転ばないように」
「うんー! 分かったー! あ、あのね、2人ともー!!」
「んー? どしたん?」
「結婚式する時は、うちの神社でお願いしますってねー! おとーさんが言ってたー!! じゃあねー!!」
小梅のよく響く声は、周りにいたお客の注目を集める。
その中心には、宙吉と茉那香。
「そ、そろそろ戻ろっか? ほら、多分美鈴たちが困ってると思うし!」
「そ、そうだな! そうしよう!!」
お互いに照れてはいるものの、取り立てて否定もしない2人。
寄り添って校舎に戻っていく姿は、なるほど結婚を控えていると言われても不思議ではない様子であった。
こののち、山賊喫茶のお料理頭領と看板娘の帰還をもって三珠高校2年生クラスはどうにか無事に文化祭を完走するに至る。
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