第35話 化け狸(主の方)不在の山賊喫茶、大ピンチ

「玉五郎くん! 山賊蕎麦3つと山賊おにぎり5つ!! それから、山賊焼きは2つ!!」

「美鈴様! 自分だけではとても無理です!」


「じゃあ、奈絵! 手伝ってあげてくれるかしら!!」

「ええー!? 無理だよぉ! わたしイワナの塩焼きでいっぱいいっぱいだもん!」


「美鈴様ぁ!」

「はい、どうしたのかしら!? もしかして、めどが立ったの!?」



「山賊焼きを2つ、火加減を誤ったようで丸焦げになり申した! これは自分が美味しく頂くとして、次の山賊焼きまで20分ほどお待ちを!!」

「そんなに待ってたらお客様がお腹いっぱいになるわよ!!」



 失ってはじめて分かる、宙吉の有能さ。

 彼は、厨房をほぼ独りで仕切っていた。

 それも、朝からこの休憩に入るまでの間、ずっとである。


 彼は1度としてミスを犯していないし、オーダーを受けたらどれだけ遅くとも5分以内に全ての注文を揃えていた。


 クラスメイトは宙吉があまりにも普通な顔をして仕事をこなすものだから、「意外と厨房の作業も楽なんだな!」などと考えていたが、それは誤りであった。

 むしろ、最も大変かつ重要な仕事を単独でこなしていたのが田沼宙吉。


「分かったわ! 私が厨房に入るから! ええと、田中さん、佐藤さん、鈴木さん、高橋さん! 休憩から戻って来てすぐに申し訳ないのだけれど、接客をお願いしてもいいかしら?」


 日本の苗字ランキングの上位ランカーたちがちょうど休憩から復帰していた。

 彼女たちが名字で呼ばれて名前かぶりをしないのも、田舎ならでは。

 むしろ、田舎独特の苗字が多いため、王道の苗字が意外とレアなのも田舎あるある。


「分かった!」

「任せて!!」

「美鈴ちゃんのやり方見てたから平気!」

「………………」



 委員長、誰か1人ほどやる気に問題のある子が混ざっています。



 一致団結して危機を乗り切るべく、美鈴が立ち上がった。

 彼女が接客のリーダーをしていたのは、全体を見渡して適切な指示を出せるからであり、厨房の業務に支障があるためではない。


 彼女は宙吉が桃色の国に旅立った今、2年生クラス随一のお料理マスターである。


「玉五郎くんはもうおにぎりだけ握っててくれるかしら! 奈絵はイワナの塩焼きのオーダーが1つしか入っていないのにそっちに夢中にならないで!! お蕎麦茹でるくらいなら並行して出来るでしょう? 山賊焼きは私が担当するから!!」


 山室美鈴。普段は一歩引いて調整役に徹する彼女の本気を出す時がやって来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピークを過ぎたとは言え、2年生クラスの山賊喫茶の評判は天井知らずで上がり続けており、街からのお客を中心にある者は物珍しさに、またある者はその魅力的な匂いに釣られて、行列に参加していく。


「高橋さんと佐藤さん! ちょっと入場制限かけてくれるかしら!? これじゃ、お客様を入れても満足なおもてなしができないわ!!」


「わ、分かった! けど、どうしよ? ただ待たせとくのって、お客さんに悪くない?」

「……………」


 佐藤さん、君だったか。

 難局を乗り越えるために、少しで良いからやる気を出してくれ。


「美鈴様、自分がひとつ芸を披露いたしましょうか!?」

「えっ。一応確認するわね? それって、一般の皆様に見せても大丈夫なものかしら?」


 美鈴さんの危機管理マニュアルが玉五郎の一芸に警告音を発する。

 実に精密で正確なセンサーをお持ちで。


 だが、玉五郎も主のクライマックスとあれば、何を置いても助力する構え。

 彼は自信満々に言った。


「大道芸のようなものでございますゆえ、それなりに見れたものではないかと愚考致しまする!!」

「ううー。……うん。仕方がないわね! 超法規的措置として、許可します! 最悪、私が反省文を提出すれば済む話だわ!!」


「ははっ! この金城玉五郎、命に代えてもお客様を楽しませてご覧に入れます!!」


 彼は教室から飛び出し、列の進み具合に不満を覚え始めたお客の前へと躍り出た。

 そして、まずは林檎を取り出しそれを頭上に放り投げる。


「さあさあ、お客人! ご覧くださいませ!! お目汚しを失礼いたしまして! この林檎を!! とりゃあぁぁぁぁぁぁっ!! せい、はぁっ!!」


 玉五郎がジャンプして林檎の周りでシュタタタと素早く動いたかと思えば、林檎よりも先に着地し、皿を構える。

 そこに遅れてやって来た林檎。

 美しく6等分に割れる。


「おおおお! なんだそれ! どうやったんだ!!」

「すごいね、お母さん!!」

「そうね。だけど真似しちゃダメよ。あのお兄さんは特別な訓練を受けているの」


 玉五郎は気功波を撃つ事ができるくらいに化け物よりの化け狸。

 ならば人間が見てギリギリ神業に落ち着く芸など、造作もなくこなせる。


 切った林檎をお客にサービスしながら、さらに同じようにして林檎を目にも留まらぬ早業でカットする。

 今度は皮を残して、ウサギさんにする小憎いサービス付きである。


 この芸が大いに受けて、その間に厨房では美鈴が奮闘し体勢を立て直す。

 どうにかお客を捌く余裕が戻った山賊喫茶。


 今回は玉五郎と、林檎を無償で提供してくれた小梅の親父殿に感謝しなければならない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは桃色の国に出張中の桃色タヌキ。


「おー! 見て見て、タヌキチー!! 相性占いだってさー! やろうぜー! あたしらの相性、見せつけちゃおうぜぇー!!」

「ええっ!? で、でも、もし悪かったら僕、死んでしまうかもしれない」



 楽しそうですな、宙吉様。



 乙女みたいな事を言いながら、結局のところ相性占いを受ける辺りもしっかり乙女、いや失礼、宙吉。

 タヌキとしての誇りはどこに置いて来たのか。

 大じじ様が嘆いているに違いない。


「お願いっしまーす!! おー! 3年の東出先輩じゃないっすかー! 今年も占いやってるんですね! タヌキチとの相性、見て下さーい!!」

「で、出来るだけ良い感じにお願いいたします。お金ならいくらか用意があります」


 東出先輩は遠縁の親戚がイタコをやっているとかで、スピリチュアルな方面に明るいと村で評判の女子であり、だいたい3割5分の確率で予言をすると噂されている。


「茉那香ちゃんとタヌキチくんねー! よしよし、先輩に任せときなさい!」


 その任せとけは「金銭を受け取って八百長する」事の同意でよろしいでしょうかと宙吉は確認したかったが、どうにか紳士としてその欲望を抑え込む。


「じゃあ見るよ。2人とも、両手をこの水晶に乗せてね!」


 茉那香の手の上に、おずおずと手を重ねる宙吉。

 その結果はいかに。


 あと、宙吉様。

 別にお互いの手に触れろとは誰も言っておりません。

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