第34話 ギャル、化け狸をデートに誘う

「茉那香は休憩をすると良い。朝から働き詰めで、明らかに疲れが見える」

「ええーっ!? マジで言ってんの!? 平気だってー。まだ、全然、全然、ぜーんぜん余裕なんですけどー!!」


 力こぶを作ってアピールする茉那香であったが、その手は食わない宙吉様。

 約2ヶ月の間彼女を観察し続けている彼は、もはや茉那香ソムリエとしての地位を欲しいがままにしていた。


 ちなみに、鼻息荒くこのような事を口にすると変態臭がたちまち溢れ出し、下手をすれば事案に発展するので注意が必要である。

 話が逸れたが、茉那香に必要なのは休息であると言う話をしたかった。

 そして僕は断じて変態ではないと宙吉様は申しております。


「ここは田沼くんの言う通りにしておきなさい。あなたの事で彼が判断を誤ったことはないと思うし、私から見てもちょっと張り切り過ぎている風に見えたもの。実行委員になったからって、全部を背負わなくてもいいのよ」


「ぶーぶー。……分かったぁー。じゃあ、あたしはちょっとだけ休憩するー」

「ふふっ、素直でよろしい」


「それでは、美鈴様もご一緒に休憩に行かれてはいかがですかな?」

「えっ、いいわよ、私は」


「いやいや、美鈴さんだってずっと全体に指示を飛ばしていたから体力を相当使ったはずだよ。それに、茉那香1人で休憩させても寂しいだろうし、一緒に少し校内を見てくればいい」


 美鈴は少し考えてから答える。


「そうね。分かったわ。じゃあ、お言葉に甘えて。と、言いたいところだけどお断りします!」

「ええっ!? 今の流れで!? ぼ、僕は何か失礼な言い方をしてしまっただろうか!?」


「ふふっ。田沼くんは本当にステキな人ね。あなただって実行委員としてずっとクラスを引っ張って来ているじゃない。だったら、休憩するのは茉那香と田沼くん。それが筋ってものじゃないかしら?」


「うぐっ……。何と言う正論。言い返せない。だが、僕が抜けると店が回らなくなるのではないか? 美鈴さんは接客メインだし、玉五郎はおにぎり製造マシーンだし。奈絵さんは運動量だけは人一倍だけどミスが多いし」


 玉五郎と奈絵が声を揃えて言った。


「宙吉様は我らを過小評価されておりまするぞ。この玉五郎、主のためならばこの程度の修羅場、くぐり抜ける用意などとうにできております」

「奈絵ちゃんだって頑張るよぉー! でも、その前にイワナの塩焼きだけ食べさせてほしいなぁー! そしたら、茉那香ちゃんと宙吉くんの分も頑張れると思う!!」


 宙吉は考える。

 彼らの厚意を無下にするのは簡単だが、それは果たして正解なのか。

 時に非情な選択を迫られるのが世の常だが、文化祭でそのような決断を迫られるとは。


 高速回転するタヌキ脳。

 そこに待ったをかけるギャルが1人。



「タヌキチぃ! 文化祭デートしよーぜー!! ねね、いいっしょ?」

「はぁぁぁぁぁぁん!! 美鈴さん、奈絵さん、玉五郎! 後はお任せした!!」



 タヌキ脳は恋愛脳に支配されていた。

 もしかして、宙吉の知能は思ったよりも高くはないのではないか。


 彼の恋物語も終盤に差し掛かって来たと言うのに、なんだか切ない考察が牙を剥く。


 とは言え、願ってもない茉那香との文化祭デート。

 これは張り切らない訳にはいかない。


 そのためには、一度山賊喫茶の事は記憶から消すのが最善策。

 宙吉は茉那香と手を繋いで、デートと言う名の桃源郷に旅立って行った。


 残された3人は語る。


「まったく。あの2人を見ているとやきもきしちゃうのよね。じれったいと言うか、お互いに好き同士なんだから、早くくっ付いちゃえば良いのに」

「だよねぇー。わたしも美鈴ちゃんに全面的に同意だよぉ。宙吉くんにここぞの度胸があれば、この文化祭でカップル成立もあり得るのにねぇー」


「お二方は宙吉様の心模様をご存じだったのですか!?」


 乙女2人は、不満そうな顔をした。

 理由は彼女たちが直接述べるらしい。


「女の子のセンサーを甘く見てはダメよ? 女の子にとって、甘いものと甘い恋は大好物なんですから! それが親友のものとなれば格別よ!」

「そうだねぇー。茉那香ちゃんはとってもいい子だし、宙吉くんもまあまあいいタヌ……人だから、この恋は実って欲しいなぁー」


 3人の気持ちを知らずに、茉那香と宙吉は校舎の1階から攻めていくらしかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 タヌキチ、茉那香コンビはとりあえず1年生の教室へと向かった。


「茉那香せんぱーい! クレープ食べていってくださいよー!!」

「おー! じゃあ売り上げに貢献してやるかー! タヌキチも食べるっしょ?」


「もちろんだとも! 甘いものならば大歓迎!!」

「あーっ! 田沼先輩! ラジオ、いつも楽しく聴いてます! 茉那香先輩とデートですか!?」


 茉那香が「ちょ、やめなー! 先輩をからかうんじゃないしー!!」と満更でもない表情を浮かべる。

 その隣で宙吉はクレープの種類を吟味するのに余念がない。



 気付け、タヌキ。今、完全にフラグが立ったのに。



 結局2人は「特盛クレープ」と言う、三珠村の林檎や梨を使った大きいサイズのクレープを購入した。

 そこは違う味を買って、お互いに食べさせ合いっこしたりしないのかと思われる諸君は、恋愛に精通している。

 恐らく、これまでも多くの愛を育んできたのだろう。


 だが、このタヌキは自分で勝手に愛を育むタイプであり。こっちのギャルも見た目は派手なのに中身は純情少女のため、そのようなカップルカップルした行為を思い付きもしない。


 なるほど、美鈴と奈絵がやきもきする理由が分かる。


「いやぁ、実に美味い! これは素晴らしい!!」

「ねー! うましー!! リンゴがシャリシャリしてて、生クリームと合うよねー!! おりょ? タヌキチ、頬っぺたにクリーム付いてるぞー」


「あ、これはお恥ずかしい。よし、取れた」



 なにゆえ君たちはクリーム拭いてあげたり、それをペロりと舐めて照れ合ったりと言うスタンダードから離れていくのか。



 美鈴と奈絵は勘違いをしていた。

 宙吉と茉那香を2人きりにしたら、勝手にくっ付くだろうと思っているが、それは誤りである。


 この2人はお互いにピュア過ぎるため、誰かが背中を押す程度では何も起きない。

 背中を押して押して、どう足掻いても離れられないレベルに接近させて、ようやく何かが始まるのだ。


 その証拠に、クレープをたいらげたタヌキとギャルは「よーし! 次はグラウンド見て回ろうぜー!」「うむ! 心得た!!」と、数々のフラグを全てへし折って文化祭を満喫しようとしている。


 それはある意味では正しいのだが、実のところ間違いだらけなのである。

 特に宙吉。


 狸の里から研修で村に滞在できる期間は高校卒業までと決まっている。

 ならば、もうこの文化祭で茉那香とカップルにならなければ、肝心の愛を育む期間がどんどん失われていくのだ。


 金銀財宝よりも貴重な今と言う時間を無為に浪費するのは、狸の里一番の秀才にあるまじき愚策。

 この文化祭が終わるまでにはその事実に気付いてくれる事を願ってやまない。


 一方、宙吉が不在の山賊喫茶。

 そちらはそちらで、ピンチを迎えていた。

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