第30話 ギャル、山賊ウェイトレス姿で化け狸のハートをぶち抜く

 田舎の噂の足は速い。

 ならば、学校の中だってそれは同じである。


 1年生は「2年の先輩たちが何かヤバイことをおっぱじめたらしい」と口々に語り、3年生は「我々の教室の下から地鳴りが聞こえる。マジヤバイ」と慄いている。

 ちなみに、アラビア語では父親の事を「ヤバイ」と言うらしく、「マジ ヤバイ」で「お父さん、僕は行きません」という意味になるそうだ。


 これは、先日、宙吉がトリビアの泉の傑作選という確かな筋から得た情報である。

 諸君も明日、友達に得意顔で言ってみよう。

 ただし、ウケなくともタヌキのせいにしてはならない。


「うぇーい! お待たせー、タヌキチぃ! つか、見て!! このステキ衣装!! 出来立ての山賊風ウェイトレス服、着てみちったー! へっへー、似合う? 似合うっしょー? おー? どうよ、タヌキチぃ!!」


 こういう時、なんと言えばいいのか。


「ヤバイ。マジヤバイ。ヤバイ、ヤバイ。マジヤバイ。ヤバイ。ヤバイ」


 宙吉はアラビア語でお父さんと連呼する。

 これには隣にいた奈絵さんもネコの毛皮を脱がざるを得ない。


「鼻の下が伸びてるんですけど、宙吉? ってか、どこ見てるし」


「ば、バカを言っちゃいかんよ、君ぃ! 僕のどこが伸びていると言うのかね、君ぃ!?」

「いや、声でかっ! わたしの小声の意味! テンパり過ぎてキャラが崩壊してるし。あと、早く感想言ったげて。茉那香もポーズ取ったまま恥ずかしそうにしてるし」


 奈絵の指摘通り、茉那香は片足を上げたポーズで静止している。

 割と恥ずかしそうであり、宙吉は思った。

 「恥じらいのあるギャル、良い」と。


 お前はそればっかりだな。


 いや、しかし、これは。

 宙吉は、冷静に茉那香の姿を見つめた。


 浴衣の袖や裾をわざとギザギザに加工し、ペンキで汚したデザインは山賊というコンセプトに見事なマッチングを見せている。

 それは良いのだが、それ以上に見せているものがあるので、宙吉はかくの如く慌てふためいている。


 ストレートに言えば、短く切られた浴衣の裾から伸びる茉那香の健康的なおみ足がタヌキの両の目を捉えて離さない。

 いかんぞ、これはいけない。

 タヌキのイメージ低下に繋がってしまう。


 宙吉はさらに考えた。

 僕がチラチラと盗み見るのならば良しとしよう。

 しかし、こんなあられもない姿の茉那香を公衆の面前に晒すなど、あってはならない。

 彼女のことをいやらしい目で見る男を、片っ端からでぶっ飛ばしてしまうだろうから。


 ……玉五郎に頼んで。


 ここで宙吉、少しばかり脳が働き始める。

 そうとも、君は感想を求められていたのだ。


 視線を脚から茉那香の顔に戻すと奈絵の指摘通り、可愛くポーズを取ったもののこの先どうすればいいのとタヌキに訴えかけてくる瞳がそこにはあった。


「良いと思う。すっごく、大変に可愛らしい。いや、普段の茉那香も可愛らしいのだが、これはもう持ち点3割増は間違いないくらい可愛い。……ただ。……ただぁ!!」


 再びタヌキの視線は顔から胸へ、胸から腰へ、そして脚へ。

 下の方に降りてゆく。


 宙吉は脳内で警鐘を鳴らし散らかしていた。


 ええい、何と説明すれば、彼女にこの衣装の危険性を伝えられるのか。

 彼女は自分の魅力について無知過ぎやしないか。

 余りにも無防備である。男はみんな狼なのだ。


「およ? なんか視線が。あーね! もしかして、丈が短すぎるってこと?」


 以心伝心、ここに成る。


 そして、それは茉那香がタヌキの卑下な視線に気付いた事を意味していると知り、宙吉は咄嗟に両の目を覆った。


 「違う、違うのだ。確かに僕も男の端くれ、狼である。狼狸である。しかし狼である前に、僕は紳士である。真摯に紳士であろうとする事を、どうかこの行動で察して欲しい」と、心の中で叫ぶにはあまりにも長いセリフを吐き出した。


「う、うむ。いささか、刺激的過ぎやしないかと。その、茉那香に悪い虫が寄ってくるのは非常に避けたい事実であり、ともすればそれは——」


「もー。タヌキチは心配性だなぁ。つか、マジメか! へーき、へーきっ。だって下は、ほらっ!! 見てみ、これっ!!」

「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 茉那香が何の前触れもなく浴衣の裾を捲るのもだから、宙吉の魂は悲鳴をあげ、現実の宙吉も悲鳴をあげ、心臓は32ビートで脈を打ち血圧の急上昇で視界が歪んだ。


「いや、宙吉、落ち着け。つーか、見てみるし。あんたの想像してるようなエッチでスケベなリアルはそこにないし。て言うか、普通男と女の立ち位置も逆だし。宙吉の悲鳴なんか聞いても、誰も何の感慨も持たないし。むしろ、不愉快だし!!」


 なにもそこまで言わなくとも。

 ネコの毛皮をキャストオフしている奈絵さんから散弾銃のように浴びせられた悪口は、宙吉のか弱いメンタルに容赦なく穴を空け、結果、先ほどの衝撃と合わせるとこれ以上傷つくことはない程に彼のハートはボロボロになった。


 意を決して、タヌキは薄目を開ける。


「あっ、やっと見てくれたじゃん。へっへっへー! これ履いてるから、大丈夫なんだよねー! つか、下に履いてるとは言え裾を捲ったままなのは恥ずかしいんだぞ! タヌキチぃ、まったく、早く見てくれなきゃなんだけどー。世話の焼ける子なんだから、困るんですけどー」


 少しばかり頬を染めた茉那香。

 視線を恐る恐る下げてみると、短い裾の下には短パンのようなものがあり、エロダヌキが危惧していた「他の男に安安と見せてはならぬ物」は完全にガードされていた。


「な、なるほど。それなら、ああ、うむ。納得だ。ああ、いや、僕が言いたいのは、天真爛漫な茉那香は大層魅力的なのではあるが、時には少し落ち着きを……。いやいや、そうではなかった。とにかく、その短パンは女子全員必ず履いてもらうようにしよう。うむ」


「宙吉、これスパッツだし。短パンって、おっさんか!」


 タヌキがダメすぎるので、未だに猫かぶれないネコさん。


「何でもいいんだ! とにかく、スパッツは必須装備だ!! 玉五郎! すぐに書面にして教室中に張り出すのだ!!」

「ははっ! かしこまりました! 我が主の命令とあらば、それが喩えどれほどしょうもなかろうとも、この玉五郎、神明に誓ってやり遂げて見せまする!!」


「あと、茉那香はむやみに脚を見せないように! もういっそ、僕のいないところではジャージ穿いててもらえるとありがたい!!」


「あははっ、りょーかい、りょーかい! それにしてもタヌキチはストイックですなー。ジェントルマンだぜぇー。あたしは君のそういうところ、とっても素敵だと思うのだよー!」


 身に余る言葉を茉那香から賜り、タヌキの意識は再び朦朧とした。

 あと、宙吉は「自分の前ではむしろその衣装で!」と言っているので、言うほどジェントルタヌキではない。


 気付け、茉那香。

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