第29話 化け狸、文化祭準備へテイクオフ
「神様、三珠神社の神様、たった100円の賽銭で願いを聞き届けてくださるのか!!」
宙吉様、いい加減に戻って来てください。
タヌキのアパートにて、どんどん進んでいく文化祭の準備の準備。
準備の準備が整っていれば、準備も整い、本番がより洗練されたものになる。
準備が渋滞しているが、準備とはそれほど大切な事なのである。
さて、衣装の話だったか。
「あー! あたしに名案がありまーす! 聞いて、聞いてー!! 衣装はさー、浴衣をベースにして、ちょっとワイルドな感じに仕立てたらどうよ!? 裾を短くして、ミニスカート風にしてみたりとか!! これはキュートとセクシーの良いとこどりっしょ! ねー、タヌキチー? タヌキチもそー思うよなー?」
「うむ。思うとも! 男の方は、そうだな、適当に柔道着でも着ておこう」
「あんたは茉那香のイエスマンか!」
小声でツッコミを入れる技術を身に付けた化け猫の奈絵さん。
実に良い仕事をしている。
彼女は続ける。今度はネコを被って。
「でもいいんじゃないかなぁ? ウェイトレスなんて数人ずつ交代でやればいいんだし、同じスタイルの子で使い回せば、数も減らす事ができるしー。男の子の方は、うん、服だったら何でもいいんじゃないかなぁって思うのー」
奈絵さん、ネコを被っても隠し切れない野郎への配慮のなさ。
さすがは茉那香・美鈴ガチ勢。
「ってことは衣装も6着くらいあればいいっしょ! あとは、美鈴に任せるってことでー! よろたん、うぇーい!!」
「ちょっと、どうして私なのよ?」
「だって家庭科の成績も学年でぶっちぎりの1番じゃん、美鈴様ってば! よっ、この万能女子!! 一学期の通知表をこっそり見たけど、あたしの5倍良かったし!」
自信満々に鼻を膨らます茉那香。
つまり、自分の成績は1だったと宣言していることにもなるのだが、本人が気付いていないようなのでいらぬ波風は立てずにおくのが賢明な判断である。
バカな娘をそれでも愛そう。
宙吉にとって茉那香が茉那香である以上、どんな変化が起きても気にならない。
「もう。分かったわよ。衣装関係は私がリーダーをします。ただし、デザインは茉那香も手伝ってよね? 私、あなたの言う可愛いが具体的に把握できないことがあるし。それも結構頻繁に。ある程度構想が固まったら手芸が得意な子を集めて一気に仕上げるわ」
「おおーっ! 美鈴ちゃん、頼もしいなぁー。あれ、もしかして、これで問題は全部解決しちゃった感じかなぁ?」
「いや、奈絵さん。残念だが一つ大きな難問が残っている。ズバリ、食材の調達だ。予算の半分を大工の資材と衣装用に振り分けると、正直心もとない。と言うか、かなり厳しい」
「こればっかりは仕方ないわね。メニューの数を減らすとか、サイズで調整するとかでどうにかやり繰りしなくちゃ」
「うぇー? タヌキチの超すごい料理を目玉にしたかったのにぃ……。萎えるー」
せっかく目を輝かせていた茉那香が、シュンとなってしまった。
宙吉は考えた。
「ええい、こうなれば、我が家の貯金を切り崩してでも」と。
貯金なんてないくせに。
「あいや、待たれい、皆の衆! なんちゃってー。あのね、食材ならわたしに任せて! こう見えても、わたし、顔は広いんだぁ。正確にはお父さんが、なんだけど。多分、お父さんの知り合いに声かけて回ったらこのメニューの材料くらい余裕で集められると思うの。しかも、格安でだよぉ!!」
奈絵は、存在感のある胸をドンと張った。
もしかすると、化け猫の繋がりで何かツテでもあるのかもしれない。八百屋のご主人も化け猫であるように、化け猫ネットワークが存在しているのか。
最後に彼女は、「そのかわりー」と、よだれを隠そうとせずに言った。
「今が旬のイワナの塩焼きは絶対メニューに入れて欲しいの! ってか、入れろし!!」
どんな法外な要求をされるかと思えば、存外可愛らしいものであった。
今度は宙吉が胸を張って答える番である。
あと、後半、興奮し過ぎてネコを被り切れていない。
「任せてくれ。腕によりをかけさせてもらうさ!」
港を出て早々に転覆しかけ、今度は横風に煽られたりと波乱万丈な船出ではあったが、ここに来てようやく航路は整い、彼らの山賊喫茶号は軌道に乗った。
こうなればあとは邁進するだけである。
この山賊喫茶を成功に導いた暁には、向こう10年語り継がれる伝説的な文化祭実行委員として、宙吉と茉那香は栄光の名を欲しいままにするであろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
週明けから、早速山賊喫茶の準備は本格化した。
「「おけぇりなさい、親分!」」
「はーい。女子は照れない! もっと自分を解放してみてもらえるかしら。逆に男子は、もう少し抑え気味でお願いできる? それじゃ、まるでカツアゲする不良みたいよ。私たちは山賊がコンセプトの、あくまで喫茶店なの。じゃあ、もう一度。はい!」
「「おけぇりなせぇ、親分!!」」
「あっ、今のはいい感じだったわよ。じゃあ、次、女性のお客様がいらっしゃったパターンね。せーのっ」
「「ご無事でなによりです、姐さんっ!!」」
先に断っておくが、ここは怪しい自己啓発セミナーではない。
目下、美鈴の指揮で作業の手の空いた者を集めて接客指導中である。
文化祭本番まで残り2週間。各々が自分の持ち場で情熱をたぎらせている。
「おい、金城。こんな感じでいいか?」
「ふうむ、かなりいい線ですよ! が、少々作りが荒いところも見受けられます。次はこの先端の部分でしたり、側面に注意して製作してみて下さい」
「ちぇー、厳しいなぁ」
「野中様は飲み込みがお早うございますゆえ、つい口が出てしまいまする。ああ、この灯篭は充分な出来ですから、あとは自分が最終調整をしておきます」
玉五郎の大工班も順調な様子である。
そして、傍から見ていると玉五郎の人のあしらい方と言うか、人の動かし方の上手さに気付く。
褒める、さり気なく注意する、最後にもう一度褒めて次回作に期待を込める。
……完璧じゃないか。いつものダメタヌキはどこに行った。
しかも、それを天然100%、混じりっけなしの素でやっているのが玉五郎の恐ろしいところ。
「お、おう! よっしゃあっ! 次はもっといいの作ってビビらせてやっかんな!」
糸ノコギリ片手に野中くんはさらにモチベーションを高めた様子であり、それを見届けた玉五郎は目を細めて自分の作っていた提灯の出来栄えを確認する。
まるで熟練の職人のようだ。
今日の夕飯は玉五郎の好きなオムライスにする事が決まった。
「「道中お気を付けて、お頭!」」
「いいわよ。せっかく来てくださったお客様なのだから、お見送りも元気良くね! お客様の呼称は、親分、お頭、姐さん、お嬢を使い分けていきましょう。じゃあ次は、お会計のパターンいくわよ。さん、はいっ!!」
「「へへっ、すいやせんねぇ、お嬢」」
「はい、そこ、いやらしく言い過ぎない! 特に女性のお客様を相手にする時はセリフには野蛮さを、態度には礼節を心がけてね。男子は一歩間違えると通報されかねないから、要注意よ」
「「はいっ、親分!!」」
「誰が親分よ! ヤメなさいよ! 私はただの学級委員長なんですからね!」
このように美鈴と玉五郎の活躍によって、2年の教室から匂い立つ熱気は筆舌に尽くしがたいものとなり、今や学校中の注目の的となっていた。
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