第27話 化け狸の住処に女子が来る
「やあ。みんな、こんにちは」
宙吉は爽やかな昼下がりにお似合いの爽やかスマイルで彼女たちを出迎えた。
暑い日に飲む三ツ矢サイダーのようにフレッシュな彼の笑顔は、きっと廃れた部屋の印象をも明るくしてくれるだろう。
「な、なんだか、とっても趣のあるお部屋ね……」
美鈴が若干引きつった笑いで部屋の感想を述べた。
50年の歴史をありありと刻んだこのアパートをどうにか褒めてあげなくてはと言う彼女の気遣いが感じられ、宙吉の涙腺が緩んだ。
「うわぁ! このアパート、人が住んでたんだね! 外観はボロボロだけど中も結構ボロボロだね! にゃっはは、宙吉くんにとてもよく似合ってると思うよぉー!」
少し前の美鈴の努力が一瞬で灰燼に帰す瞬間であった。
余りにも直截な奈絵の意見に、宙吉の涙腺は決壊した。
オブラートで包めば何を言っても良いわけではない。
あと奈絵さん。後半の笑い方にネコがはみ出しております。
「えー! いいじゃんか! あたしはアガるんだけど! なんかさ、秘密基地みたいでワクワクするじゃん! それに埃とか全然落ちてないし! さてはタヌキチ、普段から綺麗にしてると見た! 女子力高いぞー、タヌキチぃ!!」
茉那香は宙吉の涙を枯渇させる気だろうか。
今も昔も彼女は彼にとって天使であり、女神であり、この世の全てであると再確認した。
「ささっ、お三方、中へどうぞ」
玉五郎がやって来て、3人を出迎える。
「わぁー! すごい、部屋の中に柿がなってる!! 美味しそう! とっても美味しそうだよぉ!!」
「さすがは奈絵さん。そこにはすぐ気付くのだな。さすが、食い意地アンテナの受信力高いなぁ」
「……宙吉? あんた、茉那香のえりまきの素材になりたい?」
「奈絵さん、すごいな。小声でよくそこまで相手を追い詰められるね?」
静かなディスり合いは、宙吉の完敗で幕を閉じた。
そもそも幕が開くまでもなかった。
「この柿、味は絶品ですよ! 早速剥いて差し上げましょう。……宙吉様が」
玉五郎の指示に従ったみたいで癪だったが、宙吉はお客人たる麗しき女子3人にお茶とお茶請けの柿を出すため、台所でせっせと準備に取り掛かる。
このような作業、宙吉にとっては造作もない。
「さあ、柿をどうぞ。それから、日本茶で良かったかな? 奈絵さんは何となく熱いものダメっぽい気がしたから、牛乳を用意したよ」
「おおーっ! タヌキチ、皮剥くの上手い!! あむっ! そして柿もうましー!!」
「本当、美味しいわ。あと、奈絵が猫舌だってよく知っていたわね。2人って意外と仲が良いのね。気付かなかったわ」
「バカ吉! 配慮が美鈴の推理フィルターに引っ掛かってるし! あと牛乳アリガト!!」
「これは僕とした事が。おかわりもあるよ」
しばらく柿を摘まんで世間話に花を咲かせる仲良し5人組。
茉那香は特に柿の味を気に入ったようであった。
「うまー! つか、ここに住んだら毎日この柿が食べ放題かぁー。あたし、引っ越してきちゃおうかな! 空き部屋だらけっぽしいさ! ねー、タヌキチ!」
「茉那香ったら。あなた、1人で生活するのは無理でしょう? 部屋の掃除だって私が定期的にしてあげているのに」
意外な事実に宙吉の耳が起動する。
彼の耳は茉那香についての情報は絶対に聞き漏らさない構造になっている。
「そうなのですか? 意外ですなぁ。茉那香様にも、そのような一面が!」
良いぞ玉五郎。もっと突っ込め。
いつもは邪険にする玉五郎のオフェンスファウルを今日は応援するタヌキの若様。
「確かに意外だな。普段からヘアスタイルなどバッチリ決まっているので、部屋もさぞかし整っているのかと思っていたのだが。いや、でもそこがまた茉那香の魅力とも言える。掃除ならば、僕に言ってくれればいくらでもしてあげるのに」
そして自分では良い感じのセリフを吐く宙吉。
どうした、今日の君はなんだから悪玉菌の気配がするな。
「言っておくけど、茉那香の部屋、すごいわよ。脱いだ服なんかはそのまま放ったらかしだし。服だけならまだしも、下着まで出しっぱなし。それに、読んだ本は置きっぱなし。他にも、アクセサリーは床に散らばってるし、この前なんか付けまつ毛を踏んだのよ?」
「わぁーっ!! やめろー、美鈴ぅ!! あたしの部屋の話は今しなくてもいいじゃんか!! 下着って言っても、使用済みじゃないし!? 言っとくけど、洗ったヤツをその日の気分で選べるように置いてあるだけだかんね!! 勘違いしないでよね!!」
思わぬお宝情報が飛び込んできて、タヌキチの野郎はにんまり。
やっぱり「恥じらいのあるギャル。良い」と静かに2度頷く。
「そんなことより、ほれ、今日集まったのはあれじゃん! あれだ……」
急に元気がなくなった茉那香の心中を、皆が察する。
「じゃあ、話し合おうか……」
一気に重い空気が部屋に降りてきた。
出来ればずっと楽しいお喋りを続けていたかった。
これは全員の一致した意見であろう。
山賊について話し合いの場を持つと言う、負けイベントが口を開けて待っている。
◆◇◆◇◆◇◆◇
確実に難航すると思われた会議であったが、よもやの展開を見せていた。
その中心にいるのが玉五郎だと言うのだから、これはただ事ではない。
「実は、昨夜のうちに調べてみたのですが、実際に山賊を模したお店があるようなのです。みなさん、ご覧になって下さい」
その店はまるで山の中にある山賊の隠れ家そのものであった。
周りを囲む提灯や幟は、まるで山賊が己の力を誇示するような力強さを感じさせ、要所に見せる竹細工や吹流しはどこか気品を感じさせられる。
山賊とはただ野蛮なだけではなく、豪快で雄渾無比。
それでいて誇り高くも優雅な存在であると、見ているものに印象づけるだけの根拠がそこにはあった。
これまで漫然としたイメージしか持っていなかった山賊が、急に身近に感じられる。
当たり前のことながら、このような超絶クオリティを我々で再現するのは無理であろう。
しかし、出来るところを模倣すればある程度の雰囲気は出せるのではないか。
「でかした! 玉五郎! 今宵はお前の好きなハンバーグを作ってやろうではないか!!」
「ははっ! 宙吉様、そして皆様のお役に立てたのならば、この玉五郎恐悦至極に存じます!!」
なにやら、希望の光が射し込んで来た。
こうなれば、一気に役割分担についてまで足を伸ばすのが定石か。
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