第26話 化け狸の従者、面倒事を家にお持ち帰りする

 山賊喫茶。

 言葉にすると、荒んだイメージが真っ先に浮かんでくる。


 そもそも、山賊はお茶をするのだろうか。

 人里から金品や食料を強奪し、それらを並べて愉悦に浸りながら肉をバリバリと貪る。

 このイメージには偏見がかなり含まれていることは認めよう。


 だが、この近代国家の日本に現役の山賊は存在していないと思われ、それは欠如した情報を想像で補うべしという事実でもあった。

 少なくとも宙吉の想像上の山賊は、優雅にアフターヌーンティーを嗜みはしない。


 この考え方はなにも彼に限ったことではなかったようで、宙吉が教卓から眺めるクラスメイトたちも困惑顔であった。


 耳を澄ますと「えっ、なんで山賊が残ってんだよ」とか、「いやいや、だって、0票じゃ玉五郎が可哀想だと思って」とか、「ウケ狙いで入れちゃったのよ」と、民主主義の恐ろしさを理解していない発言が聞こえてくる。

 宙吉はそんなクラスメイトを一喝すべく、まず現実を明々白々たるものとした。


「とにかく、決まってしまったので。これからは山賊喫茶をどのようなものにするかについて、議論をしたいと思います」


 待っていたのは、沈黙であった。


 宙吉もクラスメイトを責めるつもりはない。

 「山賊喫茶をどのようにするか」という議題を口にした自分ですら恥ずかしくて居た堪れない気持ちになっているのだから、それをもってデデンと目の前で大風呂敷を広げられても、「ええ……」と戸惑いの声を漏らすのが精一杯のリアクションであろうと考える。


 そうとも、誰も間違ってなどいない。

 これが現実。誰も間違っていないのにあらぬ方向へと進む、これこそが現実。


 現実ならばいつかは向き合わねばならぬ。

 それならば、早いに越したことはない。


「……では、発案者の玉五郎。具体的な構想を聞かせてくれないだろうか」

「お、おー! タヌキチ、ナイス!! あーね! まずは発案者の意見聞かなきゃだわ! あたしとした事がこれはうっかり! やー、タヌキチ冴えてる! 頭いい!!」


 宙吉の重々しくも一応前向きな言葉を受けて、スムージーを作るお洒落な機械を宣伝する通販番組の外国人アシスタントのようなリアクションを取る茉那香。

 彼女も実行委員として、どうにか盛り上げようと必死なのだろう。


 分かる。

 諸君も分かってあげて欲しい。


 指名を受けた玉五郎は背筋を正して立ち上がった。

 彼の挙動には一寸の迷いも感じられず、その場の全員はそんな彼に期待せずにはいられなかった。


 嘘である。


 少なくとも、宙吉は違った。


 彼とヤツは乳飲み子の頃からの仲なのは諸君も既知のとおり。

 その上で宙吉が言うには、玉五郎が自信に満ちている時ほど周囲の期待をことごとく裏切る傾向にあるらしい。


「えー、実のところ、自分にもこれと言ったイメージがございませぬ。ですので、一旦持ち帰らせて頂き、週明けにでも発表させて頂きたく存じます!!」


 胸を張って宣言する玉五郎を見て、宙吉は思った。

 そら、見たことか。その案件を一体どこに持ち帰るというのか。


 どう考えても、タヌキ居城たるアパートにであろう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 土曜日の朝。

 と言うか、早朝。

 下手をするとまだ夜中。


 午前3時に宙吉は部屋の大掃除をしていた。


 以前にも土曜日に掃除をしていたじゃないかと思った者は、記憶力に関して誇っても良い。

 化け狸が保証する。

 その上で、あの時とは本気の度合いが違うのだとタヌキは語る。


 玉五郎が勝手に持ち帰ってきた「山賊喫茶の全容」なる案件を前に、「元にあったところに戻してきなさい」と言うわけにもいかず、宙吉は週末を丸々使ってとんち坊主のポーズで天啓が降ってくるのを待つ所存であった。


 恐らく、相当に孤独な戦いを強いられるであろう。

 なにせ、玉五郎はこの手の厄介事に関しては本当に役に立たない。

 そう思っていた金曜の夜、と言うか数時間前。


 スマホがピロンと言うので画面を見ると、グループチャットの通知が来ていた。

 その内容を説明すると長くなる上に宙吉が興奮するので簡単に言うが、茉那香と美鈴と奈絵が引き続き知恵を貸してくれるという朗報であった。


 4人で意見を出し合えば、きっと良い考えも浮かぶだろう。

 宙吉は友人に恵まれた。

 感動に震えて独りバイブレーションしていた宙吉に、茉那香が「じゃあ、どこに集まる?」とウサギのスタンプの首を傾げさせたので、どうしたものかと考えた。


 「ならば、我が家はいかがですか?」と表示されたコメントが玉五郎のものであると気付いた時には既に手遅れであり、宙吉は約1カ月ぶりに爆笑するタヌキのマスコット、別名ポ○タに憤慨した。


 このようにくたびれた、下手をせずとも廃屋にしか見えないような場所に、うら若き乙女を3人も招くなど正気の沙汰とは思えない。

 壁の穴からすきま風がびゅうびゅう吹くのは自分のせいではないはずなのに、宙吉にとってその事実を知られるのは酷く羞恥心を刺激される思いであった。


 そこで宙吉はこの提案を阻止すべく再びスマホを持つものの、美鈴と奈絵が手で大きな丸印を作ったスタンプを既に送信しており、既に手遅れ。


 茉那香は「タヌキチ部屋! すっごい興味あるんだけど! つか、あたし男の子の部屋に入るの初めてだし!! うわっ、アガるー!!」と心はもうウキウキウォッチング準備万端の様子で、彼は潔く諦めた。


 「こんなむさ苦しいところで良ければ」と敗戦の言葉とスタンプを送信したのち、ああ、僕はもしかしてグループチャットに向いていないのではないかと、夏の終わりの向日葵のように頭を垂れるタヌキであった。


 その結果、掃除機片手に右往左往している今の宙吉に重なる訳である。

 諸君もご理解いただけたことであろう。


 このアパートにはタヌキが2匹しか住んでいないため、深夜であろうが早朝であろうが、掃除の騒音程度ならいくらでも出し放題である。

 これは不幸中の幸いとも思われたが、せっかくの幸いならもっと規模の大きなものが良かったのにと考えずにはいられない。


 とにかく、今は少しでもこの部屋を清潔にするべく尽くすのみだった。

 いまさら悪あがきをしたところで廃屋がモダンなシャレオツ部屋になる訳でもない。

 それでも宙吉は孤軍奮闘を続け、気付けば朝日が昇っていた。


 ちなみに玉五郎はずっと寝ている。

 彼は従者と言うものの役割をもしかして知らないのかもしれない。


 約束の時間は13時。

 寸分の狂いなく、タヌキたちの住処の呼び鈴が鳴った。


 呼び鈴があったのか、その廃屋には。

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