第25話 化け狸とギャル、文化祭実行委員になる
10月も下旬になれば、朝晩はグッと冷え込むようになってくる。
タヌキたちのアパートはすきま風が自由奔放に吹き荒んでおり、世の中もいっそこれ程風通しが良くなれば閉塞感の漂う世界情勢にも吉兆が訪れると思われた。
ちなみに壁を突き破っている木には柿の実がなり始め、玉五郎は大喜びである。
確かに味は絶品と言うに相応しく、柿から得られる栄養分も無視できないが、今すぐ壁を塞いでくれるならこの先1年間柿を口に出来なくとも一向に構わないと宙吉は語る。
晩秋を迎える時分でこの寒さなのだから、本格的な冬を迎えて雪でも積もり始めたらと思うと体中の色んな所が縮み上がる思いであった。
秋といえば、諸君は何を思い浮かべるだろうか。
食欲の秋? そんなことだから今年もまた太るのだ。摂生を心がけよ。
スポーツの秋? プロ野球が終わってしまうのに、何たる言い草か。
性欲の秋? 恥を知れ。
読書の秋……は、ここで強い否定をすることが憚られるので止めておく。
学生にとって、秋とは文化の季節。
とどのつまり、来月に行われるは文化祭。名を三珠校祭と言う。
年に一度しかない学生のお祭りである。
噂では、三珠村中の住人だけに留まらず街からも多くの人が訪れるという。
宙吉よ、これを満喫せずに何とする。
「はい。それではうちのクラスの文化祭実行委員は、田沼くんと秋野さんに決まりました。みなさん2人を中心に助け合って、最高の文化祭にしましょう!」
司会進行の美鈴を挟んで立つのは、宙吉と茉那香。
クラスメイトたちからの惜しみない拍手を浴びながら、彼の魂は昂ぶった。
さあ忙しくなってきたぞ、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇
三珠高校に宙吉が編入して来てから1ヶ月と少々。
諸君、驚くなかれ。
初めに躓きこそしたが、定期的に三珠ラジオに出演しているかいもあって、宙吉はクラス内ひいては学校内で一定の地位を築くに至っていた。
今回の文化祭実行委員という大役もクラスメイトからの推薦によるものであり、これは自分のスクールライフが充実を見せ始めていることを意味すると気付いた宙吉、人知れず武者震いをする。
「それで、去年はどのような出し物があったのかな?」
放課後、早速作戦会議である。
机を二つくっつけて、それを囲むように宙吉と茉那香、美鈴と奈絵、ついでに玉五郎もいる。
まずは仲良し5人組の中で案を数件に絞り込み、それを後日のホームルームの時間で煮詰めていく方針となったので、宙吉が最初にすべきことは昨年の状況把握であった。
なにせ、文化祭と言うものの存在は知っていたが、それがどのように行われるかはタヌキにとっては未知の世界。
となれば先人の知恵である女子お三方の話を聞くのが最も早急かつ、賢明な知識の収集であると彼は確信したのであった。
「おー! 聞いちゃう!? あたしらが1年生の時はさ、演劇をしたんだよねー。奈絵が主演で! ちょー盛り上がったし! 評判もなかなかだったんだぜー。このワガママボディを惜しげもなく忍者の衣装で見せるとか、幸せな男たち……!!」
「そうそう、奈絵ったら張り切っちゃって。あ、その時の動画、私ちゃんと録ってるわよ。あとで見せてあげるわね」
「ヤメてぇ! あれは若気の至りだったんだよぉ! 動画は消してよぉ! お願いしますぅ! そして、わたしはもう2度と舞台には立たないからねー!!」
珍しく顔を真っ赤にして狼狽える奈絵を見るに、近いうちにその動画は絶対に拝見すると心に決めて、宙吉は話を進めた。
「じゃあ、今年は演劇以外……と。茉那香は何かやりたい事ないのか?」
「あたし!? ほんじゃね、ナイトプール喫茶!」
「いますぐ手配しよう!」
「ヤメなさい、田沼くん。茉那香も純情な少年を弄ばないの!」
「たっはー! ごめんよ、タヌキチぃ! んじゃ、定番だけど、喫茶店とかいいんじゃん? メイド喫茶とか! フリフリの可愛い服着て接客しようぜぇー!!」
なるほど。メイド喫茶。
宙吉はノートに書き込む。
「何て言うか、本当にド定番って感じね。私は飲食店だったら、たこ焼き屋さんとか良いと思うのだけど。お好み焼きでもいいわ。実は私、粉物が好きなの!」
たこ焼き屋に、お好み焼き屋。
「ええー。食べ物屋さんは回ってなんぼだよぉー。それに地味だし。わたしはもっとパーっとしたのがいいなぁ。……お化け屋敷とかどうかな! ウチのクラスならすっごいクオリティのお化け屋敷が絶対できると思う!」
まあ、化け物が3人もいるから本気を出せば卒倒するお客がわんさか出るだろう。
お化け屋敷が立候補。
「自分も飲食店に興味がありまする。ここは、三珠村らしさを全面に押し出すのはいかがでしょうか。その名も、山賊喫茶! ふふふ、これはウケますよ、絶対に!!」
いつになく自信満々の玉五郎。
「さ、山賊……? それってバイブス上がる? うぇーいってなる?」
「そもそも、山賊って人から物を奪う人のことよね? それって、すごく矛盾してるような」
「名前からしてむさ苦しいよねー。わたしたち花の女子高生なんだよぉ」
既に非難轟々だが、まあ一応書き留めておこう。山賊喫茶。
それからも、射的屋、クレープ屋、映画制作、カレー屋など、忌憚のない意見が飛び交い、その中から五つに候補を絞り込んでホームルームへ持ち込むことに決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、2日後。
「え、えーと。そ、それでは、うちのクラスの出し物は、山賊喫茶に決まりました?」
宙吉は困惑気味に投票の集計結果を口に出し、最後には疑問形となってクラスに発表した。
なにゆえこのような事態になったのか。
ひとえに、投票システムの妙であったとしか言う他ない。
今回、最終案を決める投票は毎回最下位になった案を棄却していき、最後に残った物を採用すると言う方法で行われた。
持ち込まれた企画案は、メイド喫茶、たこ焼き屋、お化け屋敷、映画製作、山賊喫茶。
今にして思えば、どうして最終候補に山賊喫茶が紛れ込んでいるのか。
不自然極まりないではないか。
宙吉が記憶を掘り起こすと、どうせ通る訳がないと数合わせで適当に選んだ気もするが、そんな忌まわしい記憶は思い出さない方が良い。
まず、準備の難易度的に厳しいだろうと思われた映画製作が脱落する。
次にお化け屋敷が脱落し、奈絵が唇を噛み締めた。
さらにたこ焼き屋が戦線を離脱し、美鈴の涙で濡れた。
残ったのは、メイド喫茶と山賊喫茶。
どちらも内容的に大差はなく、コンセプトの違いのみが争点であった。
先にメイド喫茶派の大将である茉那香がメイド服の素晴らしさと可愛らしさ、それを利用していかに集客へ繋げるかを熱く語った。
次いで、玉五郎が山賊喫茶の魅力を力説する。
珍妙な服装、荒々しい接客、豪快な料理。
聞いているだけで目眩がした。
続いて行われた決選投票。
もはや結果は明らかであり、投票用紙の無駄遣いであろう。
誰もがそう思ったはずだ。
この一件から私たちが学ぶべきことは、時として人は片方が露骨に優勢を誇る選択を前にすると天邪鬼になってしまうことがある、という事実であろう。
2票差で山賊喫茶が勝ち残った瞬間に、宙吉は痛感した。
タヌキたちの文化祭への船出は激しい荒天に見舞われることとなった。
だが、決まってしまったものは仕様がない。
投票で物事を決めると言うことは、そういうことなのである。
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