第24話 化け狸、オンエアー

 宙吉は土日を使って、手のひらに人の字を書いて呑み込む練習を繰り返していた。

 そんな事をしていると、あっという間に月曜日がやって来た。


 月曜日は呼んでもいないのにやって来る厄介者だと彼は理解した。

 仲良くするならばやはり金曜日であるとも思った。


 昼休みになると、美鈴によって放送室へと連行される。

 玉五郎は万歳三唱で主を送り出し、奈絵は小声で「頑張れし」とエールを送った。


 茉那香は「タヌキチの声って聞いてて落ち着くって言うかさ、あたし好きだから! きっとみんなも好きになるよ! だから頑張んなって!!」と言って宙吉を鼓舞した。


 前述の2人が何を言っていたのか忘れるくらいには宙吉の士気が高まったと言う。

 そして、いよいよオンエアーの時が来る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みなさん、こんにちは。三珠ラジオのお時間です。週の初めはなにかと憂鬱なものですが、お昼を過ぎればあとたった2時間の辛抱。しっかりご飯を食べて、午後の授業も乗り切りましょう。そして、なんと、なんと! 今日は、新しいパーソナリティを紹介します! 三珠村に突如やって来た、謎の転校生! では、田沼くん、どうぞっ」


 その田沼くんは昨日三珠神社で買った開運のお守りを握り締め、マイクに向かった。

 小梅が「これねー! おススメ! なんか効くんだってー!!」と言っていた。


「こ、こんにちは。ご紹介に預かりました、私、田沼宙吉と、も、申しまひゅ!!」



 彼は開始1分と20秒で死にたいと思った。



 何が開運のお守りだ。

 こんなもの、ただの紙の入った袋ではないか。

 これで開運が訪れるなら、とうに世界から戦争はなくなっているだろう。


 第一声で思い切り躓いた彼に転校初日の苦い記憶が再び襲い掛かる。

 が、三珠神社に当り散らすことでどうにか冷静を保った。


 小梅が悲しんでいると思うので、ヤメてあげて欲しい。


 しかし、それもいつまでもつだろうか。

 里にいた頃、彼はよく子供たちと相撲を取ったが、土俵際の弱さに関して宙吉の右に出るものはいなかった。


「はいっ、素敵なご挨拶でしたー。田沼くんの住んでいたところでは、初対面の時に必ず噛んで相手を笑わせる、と言う習慣があるそうです。かくいう私も、しっかりと笑顔になってしまいました。田沼くん、なかなかのやり手ですねー」


 放送室と教室の距離が近いため、ブースの外では生徒たちの声が聞こえてきたらしく、比良坂先生が手で丸を作った。

 どうやら美鈴の絶妙なフォローの後、「わははっ」と笑い声が響いたらしい。

 タヌキのゴミみたいな失策ですら笑いに変えてしまうとは、美鈴は錬金術師か何かだろうか。


「さてさて、田沼くんは初めて三珠村に来たわけですが、印象はいかがだったのでしょうか。やっぱり、こんな寂れた村に住むことになったから、心細かったりしましたか?」


「あ、いや、えー。知人に村のことを聞いていたので、そんなに不安はなかったです。それに、1人ではなかったので」


「そうですね。同じく2年の、金城玉五郎くんと一緒に転校して来たのでした。お二人は親戚だとか。それから、我が校の保健室のマドンナ、丸子先生とも親戚だと言うのですから、世間は案外狭いものですね」


 丸子先生とは、学校生活における宙吉の後見人である。

 当然彼女も化け狸。


 と、ここで放送ブースの外にいる比良坂先生が、スケッチブックに何か書き始める。

 事前に「まあ気楽に行こう。先生も、カンペを出してサポートするから」と聞かされていたことを思い出し、宙吉は少しばかり元気を取り戻した。

 そののち「丸子先生の秘密を暴露して!」との指示を見て、宙吉の霊圧が消えた。


「丸子先生とは親しい仲だと聞いていますが、田沼くんだけが知る、先生の秘密みたいなものは何かありますでしょうか」


 美鈴さん、カンペに従う模様。


 繰り返すが、丸子先生は学校生活における宙吉たちの協力者であり、里の仲間でもある。

 そんな彼女の秘密を聴衆にぶっちゃけるなど、あってはならない事だ。


 そうとも、あってはならない。


 その時タヌキの目は、再びスケッチブックに書かれた文字を捉えた。

 そこには「男ならぶっこんでいけ」と書かれていた。

 宙吉は論理的に考えた。もうどうにでもなれ、と。


「丸子先生は、若く見えるけど案外アレなんですよ。まあ、あんまり直接的な表現をするとね、アレがナニするので、ここではアレと言っておきますが。秘密と言えるかは分かりませんけど、あの人は男運がないんです」

「ふむふむ。と、言いますと?」


「僕も、彼女の男性遍歴を全て知っているわけではないですが、例えばですね。3年前に付き合っていた男性なんですが。ちょうど交際し始めて1年の記念日に、2人でお祝いをしようと計画してたらしいんです」


「あっ、その言い方だと、何かアクシデントがあったんですね?」


 宙吉は一つ間を置いた。

 続けて、胸の前で手を組んだ。

 神様、仏様、丸子先生様、どうか私をお許し下さい。

 私は、嘘がつけぬ男なのです。

 化け物担当の神が誰なのかは判然としないが、とりあえず彼は先に懺悔した。


「記念日の夕方、予約しておいた街のレストランで待つ丸子先生に彼から電話があったそうなんです。すまない、大事な用が出来て今日は行けそうにない。本当にすまない、と」

「なんだか深刻な雰囲気ですね」


「それで丸子先生は、仕方なくレストランを出ました。けれども、すぐに村へ戻る気にもなれずにブラブラと街をあてもなく歩いたんです」

「さあ、盛り上がってまいりました!」


「すると、とある店から出てくる彼と、ばったり出くわしたそうです。本当に偶然だったと言うのだから、神様も残酷なことをするなぁと僕は思いました。何故なら、その店というのが猫カフェで、あまりにも猫が可愛いから延長を繰り返していた、と」


「ひどいっ! 丸子先生、可哀想!!」


 ネコに負けたタヌキのお話であった。


「ちなみに、彼はその場で丸子先生によって、顔の形が分からなくなるくらいボコボコにされたらしいですよ。みなさんが普段、先生のことをどう見ているかは私には分かりませんが、彼女を怒らせると怖い、と言う知識は持っていた方がいいかもしれませんね。はっはっはっは!」


「思っていたよりもとんでもない暴露話でしたね。先生、元気を出して下さい。それでは、ここで1曲。今日は選曲も田沼くんがしてくれました。フジファブリックで『若者のすべて』をどうぞ」


 曲のイントロが流れ出し、宙吉は「あふぅ」と安堵の息を吐き出した。


「うん。良かったわよ、田沼くん! スタートは緊張していてどうなることかと思ったけれど、初めてとは思えないトークだったじゃない!」


「いや、ははは。まさに勢いで喋った感じだったが、これで良かったのだろうか」


 ブースの外では、腹を抱えて笑いながら親指でグッドのサインを出す比良坂先生。

 その後ろに、悪鬼羅刹の如きオーラを纏った丸子先生が仁王立ちしていた。


 この日の放送は、二学期になってから一番の反響があったそうで、宙吉は以後、週に1度のゲストパーソナリティとして三珠ラジオに出演することとなった。



 ちなみに、放課後になってから彼が丸子先生にボコボコにされたのは、言うまでもない。

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