第23話 化け狸、お昼の放送のパーソナリティーになる

 月曜と水曜と金曜は、昼休みに楽しみがある。

 茉那香たちとのランチタイムだろうと予想した諸君には、残念賞を進呈しよう。


 勿論、ランチタイムも楽しいのだが、そこに一つ、あるスパイスが加わることで食事の会話はさらに弾むとは、宙吉の弁である。


『こんにちは。三珠ラジオの時間となりました。お相手は、放送委員2年、山室美鈴です。今日も、みなさんの食事に彩を添えられたらと思いますので、最後までお付き合い下さい。それでは最初の1曲をどうぞ』


 教室のスピーカーから、男子生徒の耳を蕩けさせる癒し系ボイスが流れ始める。


「おおー! 美鈴のラジオ今日も絶好調じゃん! 一緒にランチできないのは寂しいけど、親友の声が学校を支配していると思うと、アガるぜー!! ねー、タヌキチ!」

「週に3日もやっているのだから本当にすごいな。僕には、とても務まりそうにないよ」


 弁当箱の卵焼きを口に放り込みながら、宙吉は感嘆の息を漏らした。

 今日の卵焼きの仕上がりは抜群で、茉那香に1つお裾分け。


「でも、このラジオ、美鈴ちゃんも楽しんでやってるみたいよぉ? 将来の夢は、ラジオのパーソナリティーだもんねー。この歳で将来のビジョンをしっかり持ってるとか、凄いなぁ! わたしも見習わなくちゃだよー」


「あーあー! 奈絵、それ内緒だって言われてたのにぃ! ヤバしー! 美鈴、約束破ると怒るぞー!! あたし知ーらない! 美鈴に怒られても助けなーい! なぜなら、怒った美鈴は怖いから! ドヤぁ!!」


 奈絵は「し、しまったし!」とネコの被った猫の毛皮が飛んでいく。

 どうにか我に返って「今の、聞いてないよねぇ?」と宙吉と玉五郎に確認した。


「うむ。確かに聞いたな」

「ええ、はっきりと伺い申しました」


 タヌキたちが即答すると「お前ら、覚えてろし」と奈絵は少しだけ爪を伸ばして見せた。

 茉那香は「あはははっ」と楽しそうなので、宙吉は八つ裂きにされても本望だった。


 その後、「秋に食べたくなるもの」と言うお題で募集されたアンケートの結果を、自分の考えを交えて上手くトークに絡めていく美鈴の妙技を耳にしながら、今日も今日とて楽しい食事を堪能するタヌキなのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから数日経って、宙吉はホームルームが終わり帰り支度を整えていると比良坂先生に声をかけられた。

 以前に先生とは「ご飯のお供に最高の漬物」について熱い討論を繰り広げ、その際に「今度私が漬けたくあんを分けてあげよう。腰を抜かすぞ」と言っていたので、いよいよそのたくあんのお出ましかと彼は腰を抜かす準備をしていたが、違った。


 だったら何の用かしらと思案していると、今度は美鈴が2人の所へやって来る。

 先生に「お待たせしました」と頭を下げるのを見て、宙吉はさらに困惑した。


 比良坂先生はそんなタヌキの肩を叩いたかと思えば、

「なに、取って食べようという訳じゃないさ。山室がお昼にやってる放送を知っているよな?」

 と聞いてくるので、彼は勿論イエスと答えた。


 タヌキが取って食われなくて良かった。


 比良坂先生は続ける。


「実は、私が放送委員の担当教師で、山室と2人で放送内容を考えたりしているんだけど。やっぱり、週に3度もやっているとネタも尽きてくる。分かるだろう?」


 再び同意を求める比良坂に対し、タヌキはまたもやイエスと答えた。


 そうしたらば、美鈴がいつになく食い気味な勢いでズズイと宙吉の正面へと移動し、パンと手を合わせた。

 彼はネコだましを喰らった力士のように、目をパチクリする。


「田沼くんにお願いがあるの! 私と一緒に放送委員、やってくれない?」

「うむ。美鈴さんの頼みなら! っていや、いやいやいや! 美鈴さんのあんな素晴らしい放送に、僕が加わるのか!? そんな馬鹿な! しかも、何のために!?」


 とりあえず場の勢いで拒否権を発動させた宙吉を、2人が論理的に攻め立てる。


「実はなぁ、山室は放送委員を1年の時からやってくれていてな。だから、もう1年半、彼女がお昼の放送を続けているんだなぁ」

「素晴らしいことじゃないですか。僕はいつも楽しみに聞いていますよ」


「田沼くんは、転校してきたばかりだからそう思ってくれるのよ。実際、他の生徒のみんなは飽き初めているの。特に、二学期になってからそれが顕著で。投稿も少なくなってきて、このままじゃ三珠ラジオ存続の危機なのよ」


 美鈴の放送にかける情熱がありありと伝わってきて、次にどの言葉を発したものかと悩む宙吉。

 結局、「でも、なんで僕が?」と、取られ方をしくじればやんわりと前向きに検討しているような文言が口をついてしまい、結果、彼は盛大にしくじった。


「田沼くんだからなのよ! こんな小さくて、何もない村にやって来た転校生! しかも、私たちの代は女子生徒の比率が高いから、注目度も抜群だと思うの! 田沼くんって、よく見ると顔も整ってるし。それにそれに、放送映えするいい声をしているわ! そんなあなたが三珠ラジオのパーソナリティーに加わってくれたら、たちまち大人気間違いなしよ!!」


「そうだぞ、田沼。学生時代は生涯に一度だけ。そんな大切な時間に、貴重な体験をせずに何とする。しかも、今ならモテモテになれる可能性大。こういう格言もある。男なら、ぶっこんでいけ」


 この時の宙吉は思い出すも無残なほどアホであった。


 清楚で美人な上、癒し系ボイスの持ち主である美鈴に散々褒められ、褒め倒され、比良坂の「男ならぶっこんでいけ」と言う、どこの誰が言ったのかすら分からない格言を間に受けて、舞い上がってしまっていた。


 転校初日、自己紹介で軽くやらかした事実の汚名を返上するチャンスかもしれぬとも思ってしまった。


 諸君も覚えておいて損はない。

 この手の話は一度でも濁流に飲まれると、もはや助からない。


 ある者は壺を買わされ、ある者は英会話教室に通うことになるだろう。

 健康になれる浄水器を押し付けられ、聞いたこともない外国人の絵画を抱え込まされる。


 そしてある者は大して面白い事も言えないし人に自慢できる趣味もないし実は全然美声の持ち主でもないのに、ラジオパーソナリティーになるのである。


 完全に一時の気の迷いであった。

 「一度くらいなら、まあ、引き受けても……」と、つい言ってしまった後は、嵐の中帆を張った間抜けな漂流者もかくやと思われるほど、とんでもないスピードで濁流に飲み込まれた。

 冬眠から覚めたばかりのリスでももう少し利口であろう。


 宙吉は自分が恥ずかしかった。


「じゃあ、週明けの月曜日、よろしくね! 一緒に頑張りましょう!!」


 狸の里一番の秀才が我を取り戻したのは美鈴と固い握手を交わした、まさにこの瞬間なのであった。

 秀才の後に(笑)と付けて差しあげようか。

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