第22話 化け猫、鍋パーティーを主催する
日曜日。
宙吉は朝から飲まず食わずの断食を敢行していた。
修行僧にでもなるつもりなのだろうか。
「宙吉様! お茶漬けでも召し上がられませぬか? 永谷園のヤツでございますぞ! 先日買って来たよく分からないメーカーの味がしないものとは違いますぞ!!」
「うるさい! 今僕に食べ物の話をするでない!!」
宙吉だって、腹は減っている。
何なら、お茶漬けどころか塩を振った白米だけでも良い。
とにかく食べられるものならば何にだってかぶりつきたい。
だが、それはできない。
今朝の事である。
奈絵から電話がかかって来たのだ。
彼女は「八百屋の麦畑のおっちゃんがさ、宙吉たちにお礼したいって言って、野菜をどっさり持って来たし!」と告げる。
宙吉は「お気持ちだけ受け取っておくよ。僕たちも見返りが欲しくてやった訳ではないから」と紳士らしく断った。
続けて奈絵は「そうなの? せっかく今晩、茉那香も呼んで鍋パーティーしようと思ってたのに。じゃあ、宙吉は欠席ねー」と言った。
その後の宙吉の狼狽え方と、土下座をしながら電話口に向かって「どうか僕をその輪に加えて下さい」と懇願した様は、あまりにも見るに忍びなかったので諸君の脳内で補完して頂きたい。
結果、彼はそれからずっと断食モードに移行している。
茉那香と同じ鍋がつつける。
その事実は宙吉の心を羽毛のように軽くした。
そうなると、最高のコンディションで臨まなければならない。
空腹は最高の調味料とかつてローマ帝国の哲学者が言った。
その言葉を宙吉は知らなかったが、感覚的に察知して最高の調味料の生成に取り掛かっていた。
愛はタヌキを哲学者に変えるらしかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「御免ください! 自分は金城玉五郎と申します! 主の宙吉様に代わり、ご挨拶を致します! 生まれは狸の里ですが、今は三珠村に住まう我ら、種族は違えど志は」
「黙れ!! どんだけ大声で言っちゃいけないこと言ってるんだし!! 茉那香が先に来てたらどうするんだし!! バカ! バカ五郎!!」
「なんと、これは失礼を! なればこそ、我ら狸の志を見せする所存!!」
奈絵は玉五郎に玄関脇にあったポリタンクを被せる事で、被害の拡大を防ぐ。
そして、バカ五郎の主を探す。
「や、やあ。奈絵……さん……。今日は、お招き、ありが……とう……」
「あんたが付いていながらバカ五郎がフリースタイルでバカやってるからどうしたのかと思ったら。ホントにどうしたの?」
宙吉は事情を奈絵に話した。
茉那香と初めて同じ釜の飯を食べるとあっては、最高のコンディションに仕上げる必要があったと。
息も絶え絶え、彼女に告げた。
「あー。従者もバカだったら、主もバカだったし。もう良いから入って。わたしも外で素の喋り方したくないし!」
「奈絵様! 前が見えませぬが、自分はこのままお招きされても!?」
「いいわけあるか!! バケツを取ればいいし!!」
「奈絵……さん……。僕は、もう……。自力で……歩けそうにな、い……」
「もうヤダ、このバカタヌキたち。変に気を利かせてやるんじゃなかったし」
茉那香が奈絵の家にやって来たのは、バカタヌキを無事に収容してから5分後のことだったらしい。
何と言う九死に一生。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおおーっ! すごっ! なにこの豪華なお鍋! あたしの知ってる鍋じゃない!! 写真、写真!! ほらぁ、タヌキチもスマホで写真撮っときなって! 思い出だよ!」
「心得た!! 鍋を様々な角度から撮影すれば良いのだな!?」
宙吉様がさり気なく復活しております。
奈絵の父親が「若様の志に感動したので、ひとまず点滴を打ちましょうね」と、応急処置を施したのだ。
好きな女子とご飯食べるために点滴打つところまで疲弊するとか、意味が分からない。
「バカぁ。こーゆうのは、料理の写真撮ったら次は自撮りっしょ! ほれほれ、タヌキチぃ! こっちに寄って! 顔が見切れててウケるんだけど!!」
「え、いや、しかし! これ以上近づくと体が!!」
「大丈夫! あたしが支えてあげるから! おっ、いい感じー! 撮るぞー! 笑って、タヌキチ! スマイル!! はい、チーズケーキ!! あはっ、ちょーいい写真撮れた! タヌキチにも送るねー!!」
田沼宙吉、鍋を食べる前から感無量であった。
スマホを買って良かったとも思ったし、八百屋のご主人を助けて良かったとも思った。
人生とは全てが繋がっているのだと悟った彼は、ワンランク上のタヌキへと己を昇華させていた。
「そろそろいいかなぁ? うん。お肉もお魚もお野菜も、全部火が通ってる! じゃあ、食べようかー!」
奈絵さんは今日もしっかりネコを被っている。
器用な化け猫に乾杯。
なお、美鈴は親戚の集まりがあるとかで今回は欠席。
とても残念そうだったと言う。
「ほれ、タヌキチ! このイワシのつみれ食べた? ちょー美味し!!」
「いや、まずは野菜から味わおうかと」
「何言ってんの! 育ち盛りの男子なんだから、肉とか魚食べなって! じゃあ、ほらあたしのつみれ1つ分けたげる!! 良い感じに冷めてるから! はい、あーん!!」
「はぁはぁはぁ……!! あ、あーん!!! ふひひ、これは美味!」
やり取りを眺めている奈絵。
無言で鍋と白米を食べる機械になっている玉五郎に聞いてみたい事があった。
「玉五郎くん。君のご主人様って、もしかしてバカなのかなぁ?」
「今頃お気付きになられましたか! 宙吉様は割とバカになりまするぞ!!」
「特に色恋が関わると、自分と同じレベルの知能まで下がります!」と、サケの切り身をムシャムシャ食べながら付言した玉五郎。
事の深刻さを察したのは、奈絵だけであった。
この恋はこれ以上後押しできないかも、とも思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
楽しい食事は瞬く間に過ぎて行った。
締めのうどんまでガッツリ堪能した4人は、お腹をポンポンと叩いて満足気。
宙吉と玉五郎が腹をポンポン叩くと正体がバレるのでヤメた方が良い。
「茉那香と一緒に食事ができるなんて! それも、学校以外で!! 今日は僕にとって最良の日だ!! 僕が総理大臣だったら、今日を祝日にする!!」
祝日が増えるのは歓迎なので、宙吉は頑張ってタヌキ初の総理大臣を目指して欲しい。
「ちょっ! 待って! あんまこっち見んなー!!」
「どうしてだ!? まさか、僕が先ほどあーんして貰った時に息を荒げたのが不快だったのか!?」
自覚はあったのか。
甚だしく不快だった。
「ちがっ! うわっ、がぶり寄ってくんな! 女子はご飯食べた後に体見られんの嫌なの!! うー、失敗したぁー。タヌキチもいるんだったら、こんなピッチリした服着て来るんじゃなかったぁ」
「美味しそうにご飯を食べていた茉那香は最高に可愛らしく、今もそれは変わらないが?」
「ば、バカぁ! ホント、タヌキチってそーゆうとこある! ……でも、ありがと。なんかよく分かんないけど、タヌキチにそう言われるとね、ちょい嬉しいかも」
そのやり取りを見ていた、奈絵と玉五郎。
「奈絵様。これが人の世に言う、ごちそうさまと言うヤツでございますか?」
「あんたが上手いこと言って締めるんだ? まあ、どうでも良いし」
それでは、ごちそうさまでした。
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