第21話 化け狸、通りがかりに化け猫を助ける

 商店の連なる道へ向かうルートはいくつかあるが、村の大通り以外は鋪装されていない。

 緑も遠慮なしに茂っているので人通りも少ない。

 特に女性や子供、高齢者は、少しくらい遠回りでも表通りを行くべきだろう。


 タヌキたちは獣の化け物らしく、鋪装されていない近道をチョイスした。

 そんな宙吉に話しかけて来る小動物が一匹。


(これは、これは、タヌキの兄さんじゃないですか)

「ん?」


 見ると、先日の野良イタチがいた。


 彼ら化け物も、四六時中動物の声が聞けるかと言えば、そうではない。

 それぞれの波長や霊紋にこちらのチャンネルを合わせてやって、初めて意思の疎通が可能となる。

 つまり、宙吉はそこにいるイタチとのチャンネルを切っていなかったので、すれ違いざまにもヤツの声が拾えたと言うお話。


「言っておくが、今日は何もやらんぞ」


 宙吉の言葉を聞いて、イタチは露骨にガッカリしてみせる。

 ここに茉那香がいたならば、すぐさま食べ物をどっさり用意するであろう。

 しかし残念なことに、宙吉は彼女ほど慈愛に溢れてはいないし、ついでに言えばこのイタチの事を別に好きでもない。


 しょげていたイタチだったが、そう言えばと一つ手を打ち再び宙吉に声をかける。


(今日は、耳よりな情報があるんですぜ。化け狸の兄さんにとって、面白い話なのは保証します)

「……まあ、聞くだけ聞いてやろうか」


 どうせ綺麗なメスのタヌキを見たとか、そんな事だろう。

 あいにくと彼は普通のタヌキに恋慕の情など抱かない。


 だが、玉五郎はワンチャンある可能性も捨てきれない。

 その場合は、涙を呑んで従者の未来へと手を振る構えであった。


(その竹林の向こうで、化け物が倒れてましたぜ。多分ありゃあ化け猫じゃなかったですかねぇ。どうです? 気になりませんか)


 そう言われて耳を澄ますと、「助けてくれぇ」と言う悲痛な叫びが聞こえるではないか。

 しかも声の主は八百屋の主人のものだとすぐに気付く。


 彼はいつも買い物の時に、化け物同士の縁だと言ってオマケしてくれる気のいいおじさんである。

 悲鳴の質から察するに、かなりの危機的状況に陥っていると思われた。


 宙吉は受けた恩にきっちり報いる男である。

 何より村での化け物同士の助け合いは重要な案件であり、種族が違えど同じ括りのタヌキとネコとキツネは性根の悪い者を除いて良好な関係を築くのがベスト。

 ならば、次に取るべき行動はとうに知れている。


「よく教えてくれた、イタチ! 今度礼にソーセージ食わせてやるから、そのうち家に来ると良い! 方向は、こっちで合っているな?」

(へい、間違いございやせん。兄さん、お気を付けてー)


「よっし。行くぞ、玉五郎」

「承知!! 自分が先に行って様子を見て参ります!!」


 タヌキが2匹、ネコのために雑木林を駆ける。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 現場に着いた時には、既にクライマックスであった。

 八百屋のご主人がうつ伏せで倒れ伏しており、先行した玉五郎が応急処置を施していた。


「これはいけない! ご無事ですか、ご主人!」

「ぐっ……。ああ、タヌキの坊ちゃん。これはお恥ずかしいところを。痛たたたっ」


「動かない方が良いです。玉五郎、どんな様子だ?」

「自分も専門家ではないので断言致しかねますが、林道から滑落されたようでございますな。背中と腰を強く打ったそうです。それから、足も腫れておいでですゆえ。下手に動かさぬが上策でしょう」


 八百屋の主人は「キノコと山菜を採りに出かけてきたところ、うっかり坂を転げ落ちてしまった」と言う。

 かつて幼い頃にまったく同じシチュエーションを茉那香に救われた宙吉であるからして、これは捨て置けない。


「ううむ。どうしたものか。僕たちで運ぶにしても、下手に動かして傷が悪化でもすれば目も当てられない」

「自分でしたら担いでお宅まで運べますが?」


「それがまずいと言っている。僕たちは素人だぞ。特に、化け狸と化け猫は同じ化け物だが、それは大きな括りであって、体の構造は違うと聞く」

「えっ、そうなのでございますか!?」


「お前、本当に座学がまったく生かされていないな。里で何を学んでいたのだ」

「陽炎型なる女子の見分け方についてならば、大じじ様から学びましたぞ!!」



 何をしているのか、里の最長老よ。



「ああ、そうか! いるじゃないか、僕たちに化け猫の知り合いが!!」

「えっ、そうなのですか!?」


「同じリアクションを使い回すなと思ったが、お前は知らなかったか。ご主人を見ていてやってくれ。僕は電話をかける」

「拝承つかまつりました! ご主人、傷は浅いですぞ! 頑張れ、頑張れ! 自分には何もできませぬが、頑張れ!! あと、宙吉様にオマケで春菊を差し上げるのはヤメてくだされ!! 自分はあの葉っぱが苦手ですゆえ!! 頑張れ、頑張れ!!」


 玉五郎が不埒なエールを八百屋の主人に送る。

 だが、怪我人が意識を失わないように何でも良いから話題を持ち出して注意を引くのは対処として正しかったりする。


 玉五郎、無自覚のファインプレーであった。


 それから20分後。

 彼女がやって来た。


「宙吉ー!? どこだしー!? いたらなんか気功波みたいなの出せー!!」


「出せる訳ないでしょうが!」

「えっ!? 宙吉様、気功波を撃てないのでございますか!?」



「逆にお前がどうしてそんな事ができるのかを僕は知りたい」

「大じじ様に仕込まれましたゆえ! 上空に撃ちます。ふんっ!!」



 それは見事な気功波だった。

 宙吉は愛読書のドラゴンボールでしか見た事のなかった気功波に感動し、同時に「今度から玉五郎を叱る時は加減しよう」と誓ったと言う。


「あー! いたし!! よっと! 奈絵さん参上!」


「いや、良かったよ連絡がついて」

「やー。ホントね。って、麦畑のおじさんじゃん! 怪我してたのっておじさんなの!? 待ってて、すぐ治すから!!」


「すごいな、奈絵さん! 治癒術が使えるのか!?」

「はぁー? 使える訳ないし。学校でのわたしのキャラでもの考えないでくれる? こっちが素なの。こんなノリのヒーラーなんていないし」


「あの、宙吉様? 奈絵様は化け猫なのでございますか?」

「ああ、そうなんだよ」

「うわ、教えてあげてなかったの? ひどー。冷血タヌキって今度から呼ぶし」


 その後玉五郎はいじけて、夕食のデザートにプリンを貰うまで口を利かなかった。

 意外と面倒くさい従者である。


「おーい! 父ちゃーん! こっちだしー!!」

「はぁはぁ……。奈絵、先陣切るのはいいが、父さんを置いて行くな。本末転倒じゃないか」


 宙吉は奈絵の父に挨拶をした。

 いじけている玉五郎の分もした。主も大変である。


「なるほど。怪我は多いが程度は浅い。ここで治癒術による手当てをして、診療所へ向かおう」

「おお、素晴らしい手際の良さですね!」


「でしょー? うちの父ちゃん、村の獣医だし! 動物から化け物まで誰でも治しちゃうんだし!!」

「よし。これで移動させられる。お若い化け狸さん、この度は助かりました。発見が遅れていたら大けがに繋がっていた。同胞を救っていただき、感謝します」


「いや、よして下さいよ! 当たり前の事をしただけですから!!」


「ほう。次世代の狸の里の未来は明るそうですな。それでは、我々は失礼しますよ。またどこかで。狸の若様」


 奈絵も手を振って去って行った。

 玉五郎を引っ張り起こして、機嫌を取るべく商店でプリンを買う。

 クリームの乗っている良いヤツだ。


 帰宅後に気付く、奈絵の父親の言葉。

 彼は宙吉の事を「若様」と呼んでいた。


 つまり、宙吉の正体に気付いていると言う事。

 案外食えない御仁である。

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