第15話 化け猫、化け狸と和解する

「もう分かった。やっぱりあんたはわたしにとって、茉那香にとって、危険な存在だ! 火の粉が大火事になる前にここでわたしが消すしかないし!!」

「ちょ、まっ、待ってくれぬか! 話の続きを、聞いて!!」


 奈絵の爪が凄まじく鋭利な凶器に変化して、宙吉めがけて襲い掛かる。

 彼は冷静に状況を推察した。

 このままでは誤解を解く前に、自分の体が解体されるだろう。

 それは出来れば避けたい。だって、絶対痛いじゃないか。


「くっ。致し方ないっ!! とりゃあ!!」


 説明しよう。

 これは化け狸に伝わる秘奥義、その名も『丸くなる』。

 体を丸くする事で防御力を上げ、さらに敵からの攻撃を当たりにくくする効果のある術だ。


 ちなみに、人の姿でそれをやってもただの間抜けである。

 ただただ切ないだけの、化け狸必殺技の1つである。


 そして、残念なお知らせである。

 奈絵さんに慈悲はなかった。


「うぎっ!? だ、いだだだたっ! がふっ!! へぇんっ!!」


 彼女の爪で引っ掻かれて悲鳴を上げて、痛みから後ろにすっ転びながら悲鳴を上げて、最後に宙吉の体に当たって後ろに飛んで行ったブランコが狙いすましたかのように彼の後頭部に本日2度目の直撃をした結果、合計で3度の悲鳴を上げた。


「……なんで反撃してこないのさ? あんただって化け物なんだから結構やるでしょ?」


 奈絵さん、そうじゃない。

 宙吉は下手をすると普通のタヌキよりも弱く出来ている。


「僕は、せっかくできた友達を傷つけたくないだけだよ。里にいた頃から、ずっと友達が欲しかったのだ。それに、こんな事をするために研鑽を重ねてきた訳ではない。茉那香に、彼女に恩返しをするために力を付けたのだよ!」


 自分の無能をとりあえず棚に上げた宙吉は、包み隠さず本心を吐き出した。

 すると、再びブランコが振り子の運動法則に従って「ただいま」と彼の後頭部にクリーンヒットする。


「はがぁっ!?」


 大活躍するブランコ。

 あまりの間抜け加減に情けなくなって来て、思わず涙が滲んだと彼は言う。


「……はぁ。ホント、底抜けにお人好しだね、あんた。話、聞いたげるし。恩返しってなに?」


 粘り強く交渉のテーブルに独りで座り続けたかいがあったようで、ついに奈絵は刃を納め、隣のブランコに腰掛けてくれた。

 宙吉は、これ幸いと小躍りしながら隣に座り、先ほど彼女に貰った缶コーヒーを一口飲んだ。


「うわっ! ぬるい!! しかも甘い!!」


 中途半端に冷めた甘いコーヒーほど不味いものはないとは、彼の意見である。

 あくまでも彼個人の、個タヌキの感想なので悪しからず。


 そんな彼を見て、奈絵は「ぷっ」と吹き出し、以降の彼女は昨日と同じく朗らかな表情になったのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふーん。ってことは、あんたが子供の頃に助けてくれた人間が茉那香ってこと? で、あんたはその命の恩人を幸せにしてあげたい一心で修行に明け暮れて、やっと見つけた茉那香のために何かしてやりたいと。そーゆうワケ?」


 そーゆうワケであると、彼は首を縦に振る。


「ばっかじゃないの? つーか、バカの場外ホームランだし」

「なんとひどい!!」


 彼の十余年をそんな一言で纏めないで欲しい。

 一応、結構な努力を重ねてきているのだ。間抜けが勝ってはいるけども。

 そしてついに彼は、彼女のバカ番付の東の横綱にまで上り詰めたらしかった。


「まっ、あんたが悪意なんてまったく持ってないってことは認めたげるし」


「分かってもらえたのか! そうとも、僕は茉那香に対して不埒なことをしようなんて穢れた考えはこれっぽっちも持っていない! 僕はとにかく彼女を幸せにしてあげたいのだ。そしてその幸せに僕が介入できたら良いなとは思うが、そうでなくとも一向に構わないのだ!!」


「わ、分かったし。分かったから、そんなグイグイ来んなし」

「おっと、これは失礼した。誤解がなくなった祝いに、これを差し上げよう。僕の自信作だ」


 食べ物を粗末にしてはいけない。

 その一心で、先ほどのいざこざの最中も必死に守っていた袋からパンの耳ラスクを奈絵に差し出すと、彼女は何故か呆れたように息を一つ吐いて、それを受け取りサクサクと食べた。


「なにこれ、うまっ!! あっ。……こほん。まー、実はあんたがわたしのことを待ってる間の様子は、そこにいる猫の目を通してずっと観察してたんだけどね。あと、小梅と楽しそうにはしゃいでるのも見てた。それと直接手合わせしてみた結果、わたしはあんたを認めてあげることにしたし。少なくても、悪いヤツじゃないっぽい。って言うか、間抜けっぽい。こんな間抜けにどうにかされるほど、茉那香はバカじゃないし」


「なにやら酷い言われようだが、とにかく良かったよ」

「んじゃ、はいっ」


「……はい?」


 何度目か分からない宙吉のつぶらな瞳を見て、彼女は強引に彼の手を掴んだ。


「普通に考えて、この手は仲直りの握手でしょ! わたしも最初から喧嘩腰だったのは悪かったし。でも、宙吉が紛らわしいことしたのも悪いし。だから、これでおあいこってことで。そんで、改めて、わたしと宙吉は友達になったってことで!」


「ああ、なるほど。うん。改めてこれからよろしく、奈絵さん」

「朝から力使ったせいでお腹空いたしー! じゃ、わたしは帰るから。宙吉も学校遅刻するなよー。あと、茉那香たちの前で猫かぶってる事をバラしたら、今度は八つ裂きにするし!! じゃあねー」


 そう言うと、奈絵は風のように駆けていくのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 結局一睡もせずに最悪なコンディションで無駄な力を使った宙吉は、緊張の糸が切れたのか、一気に疲れを感じる。

 しかし、今日はまだ週の半ば。学校を休むわけにもいかない。


 疲労困憊の体を引きずって家に帰ると、玉五郎が食パンにジャムを付けて食べていた。


「起きたら姿が見えずに心配しておりましたぞ。朝の散歩でごいざいますかな?」


「……お前は呑気でいいなぁ」

「はあ。まあ、お座り下され。今、パンを焼きますゆえ」


「ああ、これはすまない。ありがとう」


 礼を言ったあとに彼は気付いたのだが、今朝の騒動の原因は昨夜玉五郎がやらかした不用意なメッセージが原因ではなかったか。

 空になっている牛乳パックを手に、宙吉の玉五郎に対する怒り貯金がまた1コイン増えるのであった。


 彼は憤る。

 なにゆえ、僕の分の牛乳を残していないのか。

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