第14話 化け猫、友達想いがゆえに

「はて、正体とは?」


 宙吉に奈絵を煽る意図はさらさらない。

 彼には本当に質問の意味が理解できていないのだ。


 そんな曖昧な受け答えにイライラしたらしく、彼女の語気は荒々しさを増していく。


「あんた、人じゃないし」


 いきなりの核心をぶっこ抜く奈絵の発言に、宙吉は激しく狼狽した。

 しかし、それを気合で隠しながら、堂々と応じる。

 相手が堂々とくるならばこちらも堂々とせねばと、男の矜持にかける宙吉


「そ、そそそそ、それは、アレかな。僕は人間としてまだまだ未熟だから、一人の男として、みみ、みみみみ、見てあげないぞ、とか言う? アレだろうか?」


 堂々とした態度とは。

 男の矜持とは。

 色々と彼に聞きたいが、今はなにやらクライマックス中。


 我々は静かに見守ろう。


「それで誤魔化せてると思ってるんだったら、アンタ、超の付くバカだ。バカのエンタイトルツーベースだし!」


 どうやら、彼の言い訳は未熟であったようだ。

 そして、彼女のバカの番付に、まだスリーベース級とホームラン級が残っていることが少し嬉しくもあったのだから、確かに彼はバカだろう。


「じゃ、じゃあ、僕はいったい、何に見えると?」

「タヌキ」


 思わず、「ふがっ」と間抜けな声が飛び出した。

 まさか、ここまで的確に言い当てられるとは想定外も想定外であり、宙吉は口をあんぐり開けたまま立ち往生した。


 だが、どうにか今わの際に踏みとどまった宙吉は、最後の反撃に出る。


「ば、ばかを言っちゃいけない。僕のどこに、尻尾があると言うのかね? 目の下にだってクマはないだろう」


 口から勢いよく飛び出した魂をどうにか吸い込んで、ついでに空気も吸い込んで。

 余談だが、田舎の早朝の空気は実に美味しかったらしい。


「目の下、すっごいクマできてるし」

「こ、これは、昨夜の君のメッセージが気になって結局眠れなかったからであり! 寝不足によって出来たクマだ!」


「ふーん。気になったんだ。眠れないほど。普通の人だったら、コイツつまんない事言ってるなーで済ませるような他愛のない文章だったと思うけど? へぇー、気になったの。そうなんだぁー」


 いよいよ言い逃れのできない袋小路に追い詰められている事実を察するに至り、彼の汗腺はエマージェンシーとばかりに汁という汁を吹き出す。

 水も滴るタヌキの出来上がりであった。


「ど、どうして——」


 数秒の間に、どうにか窮地を打開する策を考えたが、絞り出したのは負けを認める言葉であった。


「どうして、僕の事が分かったのだろうか……」


 すると、彼女はあっけらかんと言う。


「だって、わたしもあんたと同じだから。わたしはネコ。化け猫だし」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 奈絵の突然行われた告白に「ふがが」と間抜けな表情で応じた宙吉。


「な、何を、馬鹿な」

「疑うなら、わたしの霊紋れいもん見てみるし。普段は人間と同じ感じに調整してるけど」


 言われるがままに彼女の霊紋を視ると、それは確かに人のソレとは違っていた。

 厳密に言えば、化物のソレであった。


 ちなみに、霊紋と言うのは、指紋の魂バージョンのようなもので、化け物はよく目を凝らすとだいたい見える。


 研修に出るに当たって、村には化け狸以外の化け物も人に混じっているので注意するようにと言い渡されたことを宙吉は思い出す。

 確かに、村には化物が多くいた。


 例えば八百屋の主人もそうだし、その斜向かいのご老人もそうであった。

 彼らも巧妙に霊紋を隠していたが、宙吉にはすぐに見破ることができた。

 逆に、自分は簡単に見破られぬよう留意して霊紋を人のように模していたはずなのだが、これはどうした事か。


「あー、へこまないでいいから。わたし、化け猫の中でもかなり勘のいい方だし。だからあんたも会ってすぐに化け狸だって分かった。お付きの玉五郎も。まあ、この村じゃ化け物が人の生活してても全然不思議じゃないから、別にとやかく言うつもりはなかったんだけど」


 一旦言葉を切った奈絵。

 ことさら鋭い、まるで獲物を狙う猫のような目で宙吉を見ながら続ける。


「わたしの親友の茉那香にちょっかいを出そうってんなら、話は別だし。わたしは物心ついた頃からこの村で暮らしてて、茉那香と美鈴はずっと仲良しなの。正直に答えるし。……あんた、茉那香に惚れてんの? 昨日、妙なメッセージを玉五郎が送信してたけど。……どうなのさ!?」


「ち、違う! 違う、違う、誤解だ!!」


 ここまで来たところでやっと話の筋道がおぼろげながらも見え始め、ならばと宙吉は一際大きな声で彼女の懸案を否定した。


「やましい事がある男は、それがバレそうになったら大抵誤解だって騒ぎ立てる。母ちゃんがよく言ってるし。先月も父ちゃんが今のあんたと同じこと言って、母ちゃんに八つ裂きにされかけてたし」


「それは確かに、奈絵さんのお母上の言うことは正しいかもしれない。そして、同時にお父上には同情を禁じえない。だけど、敢えて重ねて言うけども、これは本当に誤解なんだ」


「また言ったし。……じゃあ、聞くけど。あんたは茉那香の事をどう思ってるのさ?」


 先に言っておくが彼は愚直な男である。

 いかなる状況においても、嘘をつくのは良しとしない。

 その結果己の身にどんな不幸が降りかかろうとも、この信念は曲げずに今日まで生きてきた。


「どう、と言われても困るな。当然のことながら、可愛らしいとは思っている。活発な姿を見ていると元気が湧いてくるし、整ったスタイルは目を惹くし、鈴の音のような声は、聞いていて安らかな気持ちになる。昨日玉五郎にも聞かれたが、好いているかいないかで言えば、当然好きだ。愛していると言っても良い。しかし、僕としては——」


 そこまで言ったところで、奈絵の爪がニョッキと伸びた。

 ほのぼのする擬音とは裏腹に、その爪には「今からお前を引き裂くぞ」と言う確固たる意思を放っており、彼の信念はモニョりと呆気なく折れそうになった。



 宙吉のセリフはここからが大事なところなのに。



 化け物の中には戦いを得意としている者もいる。

 ここで問題なのは、宙吉がその枠にまったく入っていない事であった。


 さらに、奈絵はその枠にガッツリ入っている事であった。

 早朝の澄んだ空気が、ビリビリと震え始めた。

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