タヌキは化けるが嘘はつかない ~幼い頃に命を救ってくれたあの子と幸せになりたい。あ、ちなみに彼女はギャルになっていて、僕はしがない化け狸です~
第8話 化け狸、乙女に翻弄されながらもスマホをゲットする
第8話 化け狸、乙女に翻弄されながらもスマホをゲットする
玉五郎は早々と機種代金0円の旧式ではあるがトークアプリなど最低限の機能は使用できるスマホに決め、粛々と手続きを進めていた。
宙吉も玉五郎も身分は高校生。携帯電話の契約には保護者の承認が必要である。
大じじ様を呼ぶわけにもいかないので、丸川さんに叔母ということになってもらい、電話にて許諾を得ることにしようとここまでの道中で話し合っていた2匹のタヌキ。
玉五郎の作業が滞っていないところを見ると、どうやらそちらの問題は解決しているように思われた。
「じゃあ、タヌキチに決めてもらえばいいじゃん! ねー、タヌキチっ!?」
「そうね。使う本人が選ぶのなら、文句も出ないでしょうし」
「そうと決まれば、バシっと決めていいんだよぉー」
こちらの問題の解決はまさにクライマックスへと向かっていた。
あちらを立てればこちらが立たずと言うが、今回のケースは三角錐のような様相を見せており、1つの柱に過剰な力を加えるとたちまち崩れ去ってしまうであろうことは容易に想像がついた。
宙吉だって、彼女たちが自分のために不毛な争いをしてくれている間に、どうにか3人それぞれを立てるべく折衷案はないかと模索し、熟慮の結果これしかないと言う結論を絞り出していた。
タヌキを絞れば鍋の出汁以外にも知恵だって出てくるものなのかと、彼は感動したと言う。
そうして選び抜いたアイテムを手に、ショップのお姉さんの「お兄さん、モテモテですねぇ」と言う冷やかしを全身に浴びせられつつ、どうにか念願叶い宙吉もスマホデビューすることと相成った。
彼は思った。
「いや、我ながら良くやった。いささか足元がフラフラするが、それも止むなきことである。僕の事を思ってくれる3人全員を満足させられて本当に良かった」と。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うんうん、やっぱりカワイイじゃん! そのタヌキのストラップ! やっぱ、タヌキチって言うからにはタヌキだよねー!! タヌキチ、うぇーい!!」
まず茉那香の主張を、「とびきりファンシーな、おおよそ宙吉のような無頼漢には似合わないであろうストラップを付ける」と言う策でクリアした。
ストラップは茉那香のチョイスで、奇しくも人を模している狸がタヌキのキャラクターを模したストラップを付けると言う実に不思議な顛末となったが、笑顔の彼女を見るとこの選択は間違っていなかったようである。
そして、ピンクの自撮り棒も抜かりなく購入した。
「これでいつでも写真が撮れるぞー! 撮り放題だぜー」と、興奮気味の茉那香は可愛らしいのだが、果たして「僕は僕などと言う被写体を積極的に撮影したいと思うだろうか」と彼は自問する。
答えはすぐに出てきたが、それをゴクリと飲み込んだ。
実に苦々しい味がしたそうな。
「ええと、次はこれね。ああ、それから、このアプリも外せないわ。こっちも絶対に便利だから、マストね、マスト! この最初から入っているヤツのこっちとこっちはいらないから消すわね。あ、いけない! 田沼くん初めての場所なんだから、ナビアプリはよく選ばないと!」
続いて最新式のスマホを購入し、その生まれたてであられもない中身のカスタマイズを美鈴に全て託すと言う手法で彼女を納得させる。
今は帰りの電車の到着を待っているのだが、この調子だと村に戻る頃にはとびきり洗練された使用感抜群のスマホが彼を待っているだろう。
スマホも初めて触れてもらえる指がタヌキのかさついたものでなく、清楚な乙女のものであることに感涙しているに違いない。
そして一度知ってしまった乙女の指を忘れられず、その後タヌキにスッスとタップされる度、望郷の念で再び涙する日がすぐに来るだろうが、あいにくとそこまでの事情は汲んでやれない。哀れ、スマホよ。
「くぅーっ。これだよぉ、これぇ! この無骨な感じが、いかにも男子って感じー!! いいよぉー! ステキだよぉー!!」
最後に奈絵の案件であったが、これは流石に彼も苦労をした。
複雑に考察を重ねすぎた結果、一周してバカみたいに簡単なセリフを吐くことになった。
「この店で一番頑丈で、胸ポケットに入れておいたら命拾いしそうなスマホケースを下さい」とショップのお姉さんにオーダーしたところ、嘲笑されるのを覚悟していたのに呆気なく「こちらでよろしいですか」と、まるで鉄板のようなケースが店の奥から出てきた。
思わず、「ここで装備していくかい?」と尋ねられるのを宙吉は覚悟した。
3人の知恵の輪のように入り組んだ要望を全て取り入れた、夢のスマホが誕生した瞬間である。
正直なところストラップが大き過ぎて結構恥ずかしいし、今をときめく話題のアプリを使いこなせるとも思えない。
スマホカバーは体を動かす度に角がいたるところに刺さりそうである。
そんな、ちょっと目を瞑るのに苦労するであろう難点をちらほら見かけるこの有様はその筋の識者の間でも議論が絶えないこと疑いようもない。
だが、それでも彼女たちが自分のために意見を出してくれた事実は有り難く、このスマホを我が子のように大切にしようと決意する宙吉であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夏に比べると、9月の日暮れは早い。
夕焼け空に染まった雲を眺めながら、宙吉の生涯において現時点で間違いなく暫定トップであろう実に忙しなくも充実した一日。その終わりを感じる。
それは明日からも、きっと目まぐるしい日々が続いていくだろうと言う確信めいた予感も共に連れて来ていた。
「おーい、電車来たぞー! 早く、早く、タヌキチっ! 置いてっちゃうぞー!!」
彼を呼ぶ茉那香の金髪が、西日を反射させキラキラと光る。
思わず見惚れている化け狸。
「それは困る。今、行くよ」
もう少し彼女を眺めていたいと宙吉は思ったが、そんな訳にはいかない。
満足するまで良いよと言ったら、それ多分一生かけても足りないヤツではないか。
彼は、みんなが待っているワンマン列車に乗り込む。
動き始めた車窓に映る今日の思い出は、宙吉の普段は険しい顔を自然と緩ませた。
「おーっ? どしたん? さては、茉那香ちゃんとのお出掛けが相当楽しかったなぁ? このこのぉー。カワイイヤツめー!」
「本当に楽しかった。僕はこんなに刺激的な1日を過ごしたのは初めてだ。ありがとう、茉那香!!」
「ばっ、バカじゃん! なに真顔で言ってんの! も、もー。マジでウケるんだけど、タヌキチー!! そんなん、これから毎日刺激的過ぎて死んじゃうっしょ!」
宙吉のストレートな感想は茉那香にとっても新鮮な刺激だったらしく、キラキラした金髪に隠れてよく見えなかったが、彼女の頬は赤く染まっていたとか。
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