第7話 化け狸、スマホを買いに街へ行く

 茉那香まなかの笑顔が余りにも眩しくて直視できなかった。

 宙吉そらよしは、もし自分が神であれば、世の中で誰が幸せになるべきかを決定するにそのキラキラスマイルだけで充分事足りると確信する。

 彼女の輝く笑顔と慈愛に満ちた言葉は30キロ向こうの狸の里も明るく照らすだろう。


 苦難の道のりだった。

 頼みの玉五郎たまごろうがコーラと初めてのランデブー決め込んだ時は、焼けた餅でも顔に押し付けてやろうかとさえ思った宙吉。


 だが、それはもう過ぎた事。


 茉那香にこうまで言ってもらってまだ眠たい返事をするようでは、それはもう男ではない。

 男の看板を叩き割って焚き火にでもくべるべきだろう。

 そうと決まれば、宙吉はひと呼吸おいて素敵スマイルを携え口を開いた。


「そうだな。そうし」

「それはようございますな! そう致しましょう、宙吉様!!」


 宙吉は怒りに震えた。

 今までだんまりを決め込んでいたお前が、なにゆえそこで締めの言葉を発するのか、と。

 なにゆえ僕のセリフにガッツリ被さってくるのか、と。


 わざとなのか。それならば、由々しき問題である。

 故意でないのなら、ことさら由々しき問題である。


 放課後に楽しみが出来て喜ばしい一方で、今日アパートに帰宅したらまず餅をアツアツに焼こうと心に決めた宙吉だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「着いたぁーっ!! やっぱ街に出るのは面倒だけどさー! この都会感はいいよね! なんていうか、色々アガるしょっ! いやー、座りっぱなしでお尻が痛くなったけどっ!」


 茉那香のテンションは急上昇を見せ、喜びを体現するためか駅の改札前でくるりくるりと軽やかなターンを決めた。


「コラッ。まずは帰りの電車の時間を確認しなきゃでしょう? 1時間半に1本しかないんだから、乗り損ねたら大変よ。それから、茉那香。田沼くんを案内するのが嬉しいのは分かったけど、そんなに飛び跳ねてたらスカートがめくれるわよ。今日は男の子も一緒なんだから。まったく、もう」


 学級委員長美鈴みすずさんの指摘を受けて茉那香はハッとしたのち、「み、見えてない、よね!?」と宙吉を伺いながら恥ずかしそうな表情でモジモジした。

 宙吉は秒で思った。「恥じらいのあるギャル、良い……」と。


「……よしっ。時刻表のチェックも済んだから、タイムスケジュールの管理は私に任せてちょうだい」

「さっすがぁ、美鈴ぅ! 頼りになーるー!!」


「昔から誰かさんは放っておくとすぐに問題を起こすから、私がしっかりせざるを得なかったのよ。猪突猛進な幼馴染を持つと苦労するわ」

「むう、美鈴がいじめるよー。タヌキチぃ?」


 宙吉、あろうことか茉那香の助けを求める潤んだ瞳をスルー。

 どうした。何があった。

 転入2日目で他の女子に目移りとかだけは絶対にヤメて欲しい。


「……んんっ!? この甘い香りは……やはり! あそこにクレープ屋があるぞ」

「ホントだー! よく見つけたねぇ、田沼くん!! よく利く鼻持ってるなぁー。みんな、ここはまず腹ごしらえにしようよぉ! 腹が減ってはなんとやら、だよ! 先陣はわたしと田沼くんに任せて! さあ、田沼くん!!」


「心得た!!」


 甘いものにめっぽう弱い宙吉は、久しぶりに見るクレープの誘惑に打ち勝てなかった。

 奈絵なえと一緒になって、一目散に駆けて行く。

 そんな彼らを見て美鈴さんはため息。


「もしかしてなのだけど……。問題児が増えたような気がするわ。田沼くん、見た目はもっとしっかりしてそうだったのに……。はあ」


「はっはー! まあまあ、ここは女子高生らしくあたしらもクレープを食べようぜー! スイーツに目がない男子ってちょっと可愛いじゃん?」

「仕方ないわね。じゃあ、もう既にクレープを食べている金城かねしろくんはとっても可愛いのかしら?」


「うぇ!? はやっ! いや、さすがのあたしも目で追えないスピードは可愛くないと思うっす」


 宙吉がクレープ屋のメニューを見て、ああでもないこうでもないと思案していると、玉五郎が「こちらは美味しゅうございましたぞ!!」と、フライングレビューを述べる。

 それを参考にして、彼らはしばし甘いものに舌鼓を打つこととなった。


 宙吉は、「ああ、高校生とはなんて楽しいものなのだろうか」と思わずにはいられなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 携帯ショップに入り、スマホを選ぶ。

 いくら持っていないとは言え、基礎知識程度は持ち合わせている宙吉であるからして用途に応じた機種を絞り込むのは早かった。


 あとは数台の候補の中からこれより寝食を共にする相棒を見つけ出すだけであり、これも女子3人の意見を素直に聞くことにより、早々と決断に至る。

 ……はずだったのだが。


「絶対これがいいっしょー! だって、可愛いもんね! 色の種類もたくさんあるし! あとあと、見てみ、タヌキチ! この機種は対応してるスマホケースもすっごく多いんだよ!? 見て、こっちはリボンでしょー。こっちのはウサギさん。あーっと! 茉那香ちゃんチェックぅ! しかも、今ならピンクの自撮り棒も付くんだってさ!!」


 頑なに可愛らしさを最優先すべしと主張する、茉那香。


「なにを言っているのよ。田沼くんは男の子なんだから、可愛いデザインなんて必要ないでしょう? そんなことよりも、重視すべきは機能性よ。……うん、これなんかいいわね。使えるアプリも最初から入っているし、操作も簡単だから初心者にはうってつけよ。スペックも申し分ないし、アプリもサクサク動くわよ!」


 お待ちなさい、使い勝手が一番よとは、美鈴さん。


「何言ってるのー、2人ともぉ。田沼くんは男の子なんだから、可愛いとか使いやすいとか、そんなの全然大事じゃないよぉ! 男の子だったら、一番大切なのは頑丈さだよね! ほらほら田沼くん、これにしときなってばぁー。2階から落としても割れない液晶って書いてあるよぉー」


 いやさ、男は硬派であるべしと奈絵選手。


「可愛いはマストでしょ! 選ばない理由をあたしは知りたいっ!!」

「使いやすくないと不便じゃない! 高いお金払って買うのよ!?」

「これならきっとねー、銃弾だって胸のポケットに入れてたら防げると思うよ!」


 討論は白熱し、収拾を見ない事態となっていた。


 入店した際には頼んでもいないのに最新機種を猛プッシュしてくれた店員のお姉さんも、いつの間にかカウンターに戻って営業スマイルを振りまきながら被害の及ばない安全圏への脱出を成功させており、事態の混迷度合いが垣間見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る