第6話 化け狸、歓迎される
「おーし! みんな揃ったし!
目をハテナにして2人がそれを見つめていると茉那香がニッコリと笑って、「歓迎って言えばコレでしょ! 2人も、持って、持ってー!!」と催促する。
言われるがままに缶を持つ化け狸コンビ。
「三珠村に、ようこそー!! あたしたちの出会いに、かんぱーい!!」
茉那香の元気の良い一声で景気よく缶どうしをぶつける。
宙吉と玉五郎の歓迎の儀が執り行われたのだ。
その事実に気付いた宙吉、うっすらと目に涙を浮かべる。
彼は、自分が死ぬ時の走馬灯には平井堅の『ノンフィクション』を流して、大サビのところでこの瞬間を映し出そうと心に誓う。
「ちょい、タヌキチ? え、泣いてんの? やばっ! もしかしてコーラ苦手だった!?」
「い、いや。嬉しくて。僕は、幼い頃から友と呼べる者が少なかったから……。何と言うか、感極まってしまった。醜態を晒して申し訳ない……!」
すると、茉那香と美鈴と
「なんだよぉー、タヌキチぃ! あたしたち、もう親友じゃん! 寂しいこと思い出して泣くくらいなら、これからあたしたちで何するか考えるのがマストっしょ!」
「ええ。私で良ければ、末永く仲良くさせてちょうだい」
「わたしも! 田沼くんたちからは仲間みたいな気配を感じるもん!」
「奈絵は金城くんと食いしん坊コンビ結成確定だもんねー! そりゃシンパシー感じるわー! ……で、金城くんは何してるん?」
「いえ、このこぉらなるものが、口の中で爆ぜまして! もしや毒ではないかと勘繰っておるところでございます! 皆様もお気をつけてくだされ!!」
「玉五郎……。それは健全なジュースだから、黙って飲んでくれぬか」
それから、宙吉は夢を見ているような時間を過ごした。
人間と友になり、同じ卓を囲んで食事をとり、隣には茉那香が笑っている。
彼がこの景色をどれだけの時間望んでいただろうか。
うっかりとするとまた泣いてしまいそうになるので、玉五郎が買ってきたあんぱんをかじる。
ことのほか甘く感じたのは、どういう事情か。
それを我々が考えるのはいささか無粋である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夢を見る時間は短いのがこの世の
あっと言う間に昼休みは終わろうとしており、5時間目の数学の授業が大口を開けて待ち構えていた。
「そだそだ! タヌキチ、タヌキチ! あと、金城くんも! ラインのID交換しよー! で、グループチャットすんの! いい考えっしょ? にっししー」
「あああああっ!!!」
「宙吉様!? やはり、こぉらの毒が!?」
宙吉、その場に崩れ落ちる。
これから彼が沈痛な面持ちで何を思っているのかを説明しよう。
ちなみに、コーラは爽やかな炭酸と弾ける甘みが癖になる至高の飲み物であり、世界中で愛されている旨をここで声を大にして伝えておく。
宙吉は研修の準備を熟考に熟考を重ね、完璧にしたつもりでいた。
しかし、とんでもない見落としをしていた事にここに来て気付く。
いくら寂れた村だってこの令和のご時世なら携帯電話の電波くらい飛んでいるだろうに、なにゆえ自分はスマホを用意しなかったのか、と。
高校生の必須アイテムではないか。
化け狸とは言え、彼も皆も同学年。
同世代の者との交流は、きっと彼を成長させてくれるはずだ。
スマホがあれば、茉那香の悩み事だってすんなり聞いてやれるだろう。
ああ、自分の間抜けさが憎いと、宙吉は己を呪った。
「……もしかして、田沼くん。携帯とかスマホを持っていないの?」
現実を受け止められずに正月を過ぎてカチカチになった鏡餅のように硬直したまま動かない宙吉を見て、美鈴が真意をそっと汲んでくれた。
彼は思った。乗るしかない、このビッグウェーブに。
「実は、恥ずかしながら」
「マジで!? じゃあ、前の学校では友達とどうやって連絡取ってたん!? 伝書鳩!?」
茉那香さん、惜しい。
化け狸は必要に応じて、念を飛ばして会話をする事ができる。
化け物なのだから、そのくらいはむしろやってもらわないと困る。
だが、素直に「実はテレパシーの類を利用しておりました」などと言おうものなら、電波に乗れない電波くんの汚名を着せられる事は必定。
「えー? この情報社会を生きる若者として、スマホなしとか、それはないんじゃないかなぁ! 絶対変だよ! ……うん、ない。それは絶対ない!!」
ほわほわしている女子の奈絵にまで激しい追及を受ける宙吉。
どうしたら良いのか。
「そうだ、玉五郎、助けてくれ」と、彼は従者の様子を見た。
「いや、しかし、このこぉらなるもの、意外と! うむ、美味でございますなぁ!!」
まだコーラを飲んでいた玉五郎。
とっくに炭酸は抜けているのではないか。
炭酸抜きコーラなのか。ほう、大したものなのか。
「やめなさいってば、茉那香も奈絵も。田沼くん、困っているじゃない。世の中には、スマホを持たなくても不自由しない高校生だっているのよ」
再びやって来た美鈴さんの助け舟。
これを逃すと、もう次はないだろう。
宙吉はビッグウェーブに飲み込まれて、海の藻屑となるかどうかの瀬戸際にいる。
乗りこなすしかない。
とにかく勢いをつけて、えいやとサーフボードに乗り移るのだ。
「興味は前からあったのだが。僕に使いこなせるか不安で。それに、元々友達も多い方じゃないゆえ、これまで機会に恵まれなかったのだよ」
宙吉、会心の大ジャンプ。
「イエス、アイドゥー!!」と絶叫したい気持ちを抑えるのに苦心する。
我ながら完璧な言い訳だと彼は確信した。
咄嗟に考えたとは思えない整合性。
取って付けたにしては余りある合理性。
即座に堅牢な城門を理論武装で作り上げた己の手腕に、思わずため息が出た。
「そっか……。タヌキチ、友達いないんだ……」
そして、その城門がぶっ壊れた。
茉那香の心からの哀悼の意が、宙吉の心を貫いた。
確かに狸の里での生活を思い返しても友と呼べるのは隣でようやくコーラを飲み干して満足気なバカ狸だけであり、彼女の指摘は真理を突いていた。
だが、世の中は実に良い
悪いことがあれば、そのうち良いことがやって来る。
ある意味、悪いことは良いことの予兆であり、悪いことが起きたことを喜ぶことが人生を深く味わうためのコツなのではないかと識者は語る。
「そんじゃあさ、放課後みんなでスマホ買いに行こう! 街まで出れば色々選べるしさ! 何事も挑戦だぞ、タヌキチっ! 分かんないとこがあったら、あたしが教えるし! そんで、スマホを使いこなしてみんなでグループチャットでお喋りすんの! きっと楽しいよー!!」
まさに、地獄に垂れてきた蜘蛛の糸であった。
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