第5話 化け狸と初めての昼休み

 翌日。宙吉そらよしと玉五郎は高校生として授業を受ける。


 1時間目は現国。

 宙吉は学んできた知識で難なく問題を回答して見せた。


 2時間目は日本史。

 歴史の授業など化け狸にとっては基礎教養。

 小テストは満点だった宙吉。


 3時間目は選択科目の音楽。

 茉那香まなかが「タヌキチも一緒に歌おー! 青春は歌ってなんぼっしょ!」と謎の文句で勧誘してきたため、宙吉は秒で「心得た!」と返事をした。



 ちなみに、ここまでの3時間の授業。玉五郎は全て居眠りしていた。



 4時間目。体育。

 種目はバスケットボール。

 三珠みたま高校は生徒が少ないため、行える種目も限られる。


「宙吉様ぁ! こっちに、ヘイ、ヘイ! ヘイでございますぞ!!」

「僕もフリーなのだが。まあ、良いか。ほら、行ったぞ」


「宙吉様から託されたこのボール! 命に代えても輪っかに通して見せまする! そぉぉぉい!!」


 玉五郎は見事なダンクで得点を決めた。


金城かねしろくん、すごくない!?」

「マジかよ、すげーヤツだぜ、お前! ゴリラダンクじゃんか!」

「ぶっちゃけ、アリだよね、金城くん! 顔も良いし! 運動できるし!!」


 相変わらず、謎の愛され力を発揮する玉五郎。


 マジメに授業を受けているのに、「田沼くんはアレだよね、ザ・係長!」とか女子に言われるのは、いささか納得がいかなかった。


 だが、そんな宙吉の不満を吹き飛ばす涼風が吹く。


「タヌキチ! ナイスパス! 周りが見えてるよー! いいじゃん、カッコいーぞー!!」

「……ふっ。玉五郎、見事なダンクだった。お前は三珠高校の柱になると良い」


 宙吉の精神構造は、実にシンプルなものだった。

 茉那香に褒められるなら、玉五郎が寝ていようがスラムダンクしていようが関係ない。


 彼にとっては、茉那香が全て。

 10数年ぶりの彼女との再会を前にしたらば、少々の不公平など平らにならして見せるのが宙吉の懐の深さ。


 考えは浅いのに。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「宙吉様、購買でパンを買ってまいりました!」


 昼休みを心待ちにしていた宙吉と玉五郎。

 もちろん、趣はそれぞれが違う。


 玉五郎は人間の食に関して興味津々。

 タヌキは極めて雑食であり、何でも食べる。

 それは裏返すと、とりあえず食べられるものがあれば何でもは求めない事になる。


 玉五郎は狸の里で日々、仲間の化け狸が育てている野菜などを食べていた。

 選択肢が5つくらいしかなかった彼の食生活が、急に無限に広がるものだから、これはもう黙ってはいられない。


「おつー。タヌキチ。お昼食べよ! おー! これはまた、買い込んだね!」

「秋野様! よろしければ、おひとつどうぞ!」


「あたしはお弁当あるから大丈夫! あんがと、玉五郎くん!」

「秋野さんはお弁当派なのか! 自分で作るとは、素晴らしいな!」


「うんにゃー。あたしのママが作ってるよ? つか、あたしの事は茉那香でいいって!」

「うぐっ。いや、しかし、女子おなごの名前をそう気安く呼び捨てになど!」


 茉那香は「にっひひー」といたずらっぽく笑う。


「あー。そーなんだ? じゃあ、あたしもタヌキチのこと、タヌキチって呼んであげなーい!! ずっと田沼さんって呼ぶから!」

「はぐぁ……っ!! あき、の……ま、ま、まな……。茉那香! 茉那香と呼ぶから、僕を他人のように扱うのはよしてくれ!!」


「ふっふー! 素直でよろしい! てか、2人遅いなー。なにしてんだろ?」

「2人とは?」

「あーね。あたしら仲良しトリオだからさー。親友の2人もタヌキチたちと仲良くなって欲しいじゃん? ほら、5人組ってアイドルとか戦隊モノの定番だし!」


 噂をしていると、メガネの似合う黒髪の美少女がやって来た。


「ごめんなさい。職員室へ行っていたものだから。と言うか、茉那香ってば、そんなにグイグイ行ったら転校生の2人に悪いんじゃない?」

「そんなことないしー。だって、あたしとタヌキチ君はもうジャズってるし! ねー?」


「間違いなく、僕と茉那香は友達だ。ジャズっている。完全にジャズっている」


 宙吉と言う名のタヌキチは断言する。

 と言うかもう既に色々とややっこしいな、君は。


「ならいいのだけれど。あ、ごめんなさい。私は山室やまむろ美鈴みすず。よろしくね、田沼くん、金城くん」

「美鈴ぅー。タヌキチだよぉー」


「私は茉那香みたいに一気に距離は詰められないのよ。少しずつ仲良くなっていくの。いいわよね、田沼くん?」

「もちろんだとも! 人付き合いも多様性の時代だからな!」


 美鈴が「あら、田沼くんステキな考え方ね」と言い終わったタイミングで、教室のドアが乱暴に開けられた。



「茉那香ちゃん! 美鈴ちゃん! 事件発生だよ! チョココロネが、ない!!」



「おー。どしたん、奈絵なえ。落ち着けー」

「落ち着いていられないよぉ! チョココロネだけならまだしも、コロッケパンも焼きそばパンもない!! コッペパンしかなかったぁ……。はっ!!」


 奈絵が見つけたのは、宙吉の机にうず高く積み上げられたパンの山だった。


「田沼くん……信じてたのに……。三珠高校のギルティを犯すなんて……」

「タヌキチ! この普段はぼんやりしてるのに、食べ物が絡むと豹変する食欲モンスターが橋本はしもと奈絵なえ! あたしに負けずワガママボディっしょー?」


 宙吉は胸のボタンを余計に開けている茉那香の胸元を咄嗟に見て、すぐに目を逸らした。

 その速さは化け狸の中でもトップクラスだったという。

 無駄に化け物の力を使うなと言いたい。


「玉五郎、橋本さんに分けてあげなさいよ。こんなに我々だけじゃ食べきれないだろうに」

「いえ! 自分ならギリギリイケるかと愚考致します!!」


「本当に愚行を愚考するな。橋本さん、申し訳ない。そのようなルールがあったとは知らずに、失礼した。どうか、好きなパンを受け取って貰えないか。それでこの件を水に流してくれると助かるのだが」


 奈絵の心臓がトゥンクと弾んだ。

 そんなしょうもないことでハートを脈打たせるな。


「田沼くんはいい人だぁー。じゃあ、チョココロネと、焼きそばパンと、コロッケパンとー!」

「橋本様! それはあまりにも強欲と言うもの! あなたには、こちらのコッペパンを差し上げまする!」


「それ、わたしが買って来たヤツじゃん!! 分かった! 金城くん、パンのドラフト会議だよ!!」

「承知! 意味は分かりませぬが、受けて立ちましょうぞ!!」


 宙吉の楽しい初めての昼休みは、こうして始まった。

 奈絵と玉五郎の不毛なドラフト会議は、第4回選択選手まで続き、いらない子扱いされていたコッペパンも無事に奈絵軍に入団する事が叶ったのだった。

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