第3話 化け狸、ギャルと再会する
翌朝、登校前に丸川さんと出会った
「どうです、若様。新居の住み心地は! 住めば都と申しますし、慣れれば快適ですよ!」
2人のアパートの壁には、柿の木がぶっ刺さっている。
ちなみに、狸の里の彼らの住まいは大手の建設メーカーに勤める化け狸が造っており、各家には電気が通り、液晶テレビとゲーム機、冷暖房などが完備。
少なくとも、壁は綺麗に塞がっている。
「丸川さん。あなたもここに住めばいい。都でしょう?」
宙吉が皮肉たっぷりに返事をすると、丸川さんは縁起の悪い呪いの言葉を聞いたように、そそくさと立ち去って行った。
多分、大じじ様の差し金だろうと宙吉は察していた。
古狸たちは、未だに人里に迎合すべきではないと古い考えを持っている者も多く、恐らくそんな派閥に配慮した結果のあばら屋なのだろうと彼は納得する。
「それにしてもさすがは宙吉様! 人の服がよくお似合いですぞ!」
「そうか? 玉五郎もなかなか堂に入っているぞ。とても狸とは思えない」
「宙吉様には及びませぬが自分も『
『
化け狸にとっては必須教養科目。
これができないと、里からは一歩たりとも出る事ができないしきたりになっている。
「さあ、宙吉様! 参りましょうぞ! 高校は待ってくれませんぞ!!」
「高校は待ってくれると思うがな。時間だよ、待ってくれないのは」
タヌキたちのハイスクールライフの幕が上がる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「えー、と言う訳で、今日からこのクラスに仲間が2人増えることになりました。田沼くんと
三珠高校は各学年1クラスの編成になっており、二年生は宙吉と玉五郎を除くと24人である。
内訳は男子生徒6人に対して女子生徒18人とかなり偏っているが、人口の絶対数が少ないのだからそういうこともあるだろう。
そして流れるような説明で彼らを紹介したのが担任の
眼鏡をかけたいかにも仕事の出来そうな男性で、どこかの俳優のように整った顔をしている。
さぞかし生徒に人気の先生だろう。
「ああ、ええと、田沼です。早く皆さんと仲良くなれると嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします」
黒板に名前を書いたら、挨拶は短く簡潔に。
宙吉の愛読書『今日から分かる、挨拶マナー講座』にそう書いてあった。
「おっ、なんだか転勤してきたサラリーマンみたいだなぁ。おじぎも最敬礼とは、田沼くん、既に係長クラスの風格を感じるよ。先生より偉いのは間違いないな」
「恐縮です」
宙吉と比良坂先生のやり取りを見ていたクラスメイトが、一斉に吹き出した。
「あははっ。田沼君、ウケるー」
「よろしくなー。男子生徒が増えて、嬉しいぜ」
「こんな田舎の村に来てくれてありがとー」
完璧な手ごたえを感じる宙吉。
スタートが肝心の新生活で、彼は見事にロケットスタートをやってのける。
これは休み時間が忙しくなりそうな予感を彼が持つのも無理からぬことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ホームルームが終わり最初の休み時間がやって来て、クラスメイトは世にも珍しい過疎化の進む村にやって来た転校生に夢中であった。
これはこれは、誰も彼もがしゃかりきボーイにしゃかりきガールである。
「ねえねえ、金城くんって前いた学校で何かやってたの? 腕とかすっごい逞しいねっ」
「それに、なんだか頭も良さそうだよね。さっきの自己紹介とか、超笑えたしー」
「おい、女子、ちっとは遠慮しろよ。金城、困ってるだろ」
本当に、大賑わいで困ってしまうだろう。
——玉五郎が。
確かに先ほどの玉五郎のスピーチは、聞くものの興味を雪崩のように持っていくだけのパワーがあった。
それはもう、直前にほんの少しだけ口を開いたどこぞの係長の存在を軽くかき消してしまうくらいに。
「ちょっと力こぶ作ってみてー。わぁ、すごーい!」
「お前、運動部に興味ねぇか? 実はバスケ部の人数が足りなくてよ」
「あ、わたし、お菓子あるよー。食べて、食べて」
まったく、聖徳太子でもあるまいし、一度にこれほどの勢いで話しかけられては対処しきれないだろう。
——玉五郎が!!
トイレにでも行こうと宙吉は席を立った。
まったく尿意も便意も催してはいないが、なんだか自分が居た堪れなくなり彼は静かに廊下へ出た。
こんな状況をぼっちと言うのだが、それを彼に伝えるのは余計なお世話だろうか。
「おーい! おーい!! ちょい待ちなってー! つか早歩き! 校則を守りつつ速さまで追求すんなし! ふぃー。やっと追いついた!」
この時、2発の弾丸が宙吉のハートを撃ち抜いた。
まず、こんな転校初日にぼっち拗らせて、エアトイレに向かう切ない背中の係長に声をかけてくれる稀有な女子がいてくれた事実に。
次弾が重要。
その金髪で長いサイドテールを揺らす過疎化の進む高校に不釣り合いな女子が、ギャルが、宙吉の恋をした相手だった。
もちろん、幼少期と姿は違う。が、その優しい表情。
気遣い上手で困っている者を放っておかない態度。
なにより、穏やかな瞳が、元から優れている化け狸の脳を活性化させた。
「き、君は! 君は!! 僕の!! あああ!!」
「うわっ、どうしたん? 落ち着けー。あー、もしかして、あたしの恰好気に入らない感じ? やー、いいんだよ、ギャルって好き嫌い分かれるからさー」
「違う、違うんだ! 僕は! 僕は!!」
「幼少期から、ただ君に会うためだけに生きて来た」と言いたいのに、あまりにもその瞬間がやって来るタイミングを選んでくれなかったため、宙吉は口ごもる。
「あー。はいはい。自己紹介ね! あたし、
「いや、僕は」
しっかりしろ、宙吉。
お前、さっきからほとんど喋っていないじゃないか。
「田沼ー。ちゅーきちー。……よし! 君をタヌキチくんと呼ぼう! そんで、茉那香ちゃんと微妙に変だけどキラキラネームじゃない同盟を結成だ! いえーい!!」
「あ、ああ! 今日から僕は、タヌキチだ!!」
茉那香の命名は、実に本質をとらえていた。
まさに化け狸に相応しいあだ名を一撃必殺でスナイプするとは、お見事な腕前。
こうして、宙吉だかタヌキチだか分からない男は、彼女と再会した。
恋物語を始めるためには、まずその好機に弱いところから直していこう。
人と化け狸の、今のところ一方通行な恋は、いびつな形でスタートする。
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