第52話 ハッピーエンド?

“毒?やっぱり二人は?”口もとを押さえて、体の奥底から湧き上がるような苦痛、嘔吐感、目眩、そして薄れゆく意識の中で、やはり苦痛で倒れながらも、彼女を何とか助けようとして這いずるアガレスの姿とそのアガレスを踏みつけながら、気持ちの悪くなるような薄ら笑いを浮かべるウァサガの顔が見えた。

「パエラ!大丈夫か?」

 気がつくと、心配気に彼女の顔を覗き込むアガレスの顔が見えた。二人の間に、ワインの入ったグラスが二つあった。思わず、

「陛下!駄目です。」

 思わず目の前のグラスを、叩き落としてしまった。グラスは落ちて、音をたてて割れ、中味が床に流れた。そして、背中に悪寒を感じて振り向くとウァサガがいた。彼女は、パエラの行動に当惑しているようだった。直前の記憶が重なって、思わず彼女の顔を凝視してしまった。

「何か?私の顔が?」

“いえ、何も。”と言おうとしたが、言葉になる前に、

「ウァサガ?誰だ、お前は?ウァサガではないな!何者だ?!」

とアガレスは立ち上がり、パエラを守るように、彼女の腕を取り、自分の後ろに立たせた。

“ウァサガではないわ!”アガレスの言葉を聞き、彼女を改めて見つめてわかった。どこがとかは、わからないが、彼女ではないと感じたのだ。アガレスは、パエラが彼女の顔を凝視した理由がわからず、それに合わせて自分も凝視しているうちに気がついたのだ。その言葉で、パエラもハッと気がついた。“なんで直ぐ分かったのよ?!やっぱりあなた方あやしいわよ!”と頭の隅で思った。後で、散々アガレスにチクチクと追求し、拗ねてみせることになるのだが。この時は、頭の隅に浮かんだことは、棚上げにして、

「彼女は、こんなに下品な顔をしてないわ!それに、なに、この…臭いわよ!」

 今まで分からなかったが、アガレスの言葉を聞いて、改めて見ると、ウァサガとの違いが次々に感じてきた。

「なに、この品のない香は?それにつけすぎ!臭いを隠そうと?それにだらしない着方!何もかも彼女の下手な真似じゃない!」

 まくしたてるパエラに、アガレスは感心した。パエラのウァサガを信じる心の強さに、これだけ彼女のことを知り尽くしているのだからと。ちなみに、パエラの追求は、彼女が先に気がついたから、よく分かったね、というアガレスの言葉で行き詰まって、終わってしまった。

「ふふ…。やはり、愚か者には化けきれないわね。」

 偽ウァサガは小さく笑うと、変化し始めた。最後は、

「魔族?」

「魔獣だって、こんなの聞いたことも…。」

と二人が絶句する物に変わったが、その過程で二人が知っている者の形をとった。

「ブエルの妻?」

 アガレスとパエラは、唖然とすると同時に納得してしまった。

「よく化け物を妻に…。」

「相応かも?…。」

と自分でも訳の分からない言葉を口にしながら、アガレスは化け物妻に向かってテーブルを蹴り上げ、いつの間にか手に取っていたビンと皿を彼女に向かって投げつけた。魔法で、硬度を高め、スピードを加速させた。パエラは素早く駆け、かつ、大声で助けを求めながら、壁に掛けてある剣を取り、アガレスに投げ渡し、自分は隠し戸棚を開け、短銃を出し、火薬を詰め、弾込めをして化け物妻に狙いをつけた。アガレスは剣で、家臣達を大声で呼びながら、化け物妻の数本の腕と長い爪に対して防戦していたが、圧倒されていたものの、パエラの意図を読んで、彼女が短銃の狙いをつけるのを容易にするよう動いた。

 轟音と煙、また、轟音と煙。一瞬視界が遮られ、息が詰まるくらいだった。至近距離、しかも二人の支援魔法が重なり、狙いは完璧、初速も弾丸の硬度も高まっていた。が、化け物妻は大してダメージを受けていないようだった。反撃の衝撃魔法と伸びた腕の先の爪が迫った。かばい合う二人から発した光が、それを弾いたが、今回は二人も飛ばされ、壁にたたきつけられた。

「尊き方々の恨みを今!己の悪行を地獄で悔いるがいい!」

 恐ろしい形相で、笑い声を立てる姿にぞっとしながらも、二人は必死に立ち上がろうとし、かつ助けを叫んだ。

「無駄だよ。私の部下たちが、廊下を、固めているから、ここには誰もたどり着けないよ。」

 諦めろ、というどや顔を彼女がした直後、廊下から多くの足音、怒鳴り声、金属のぶつかる音、銃声が聞こえるようになった。注意がそちらに向くられた隙に、素早く弾込、火薬込めを隠れるようにしたアガレスは、短銃をパエラに手渡し、剣を握った。振り返ると、彼女は直ぐに襲ってきた。アガレスが剣でしばし時間を稼ぎ、その間にパエラがまた発砲した。しかし、直ぐに、また、壁に叩きつけられた。とどめが刺される、と思った時、ドアが蹴破られ、

「陛下!王妃様!」

 ウァサガが飛び込んできた。短銃を握っていたが、彼女には似合わなかった。彼女には、優雅さと知的さが、よく似合う、パエラはあらためて、何故かこの時思った。兵士達が、彼女の後ろから次々と入ってきた。ウァサガは、二丁短銃を放った。彼女は、射撃だけは得意ではなかったが、この時だけは見事に命中した。が、相手は殆どダメージを受けていないようだった。

 グシオンとその側近、そして、勇者イボン、さらにウァサガの夫である近衛隊長セバルを先頭に近衛の精鋭達が入ってきた。

 化け物妻の最初の攻撃は、ウァサガに向けられた。が、それは彼の夫セバルが立ち塞がって、阻止した。彼は、すぐに壁にたたきつけられて気絶したが。

「陛下を!王妃様を!」

 近衛の将兵を率いたウァサガが、アガレスとパエラの壁になり、グシオン達と勇者が化け物妻に相対峙した。

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